第5話。ユニコーンの村で鞠絵について話し合われ取り決められたことと、鞠絵について確認されたこととは。そんな中で鞠絵はとあることに気づく。
第5話です。
「さて。今日は街に出ている者もいないから、あと戻ってきていないのは狩りに出ている者たちだな。誰か、風魔法を使って皆を呼び戻してくれないか。そして大人のうち集まれる者全員が集会所に集まるように伝えておくれ」
「わかりました、村長」
「ザインたちは、キアのこと、そしてマ・リエのことを、そこで村の者たちに話してくれるかね。大切なことだから」
「はい」
「ほれほれ、外に集まっている者たちも、集会所に行った行った」
やがて風魔法に乗せたメッセージを聞いた村人の大人たちが集会所に集まり、そこで鞠絵とキアのことが説明されると、皆は一様に顔を見合わせてそれぞれの意見を述べ始めた。
「どう思うね?」
「キアがたまたま元に戻った時に居合わせただけのよそ者ではないか?どこから来たかも、何の種族かも自分でわからないなんておかしいじゃないか」
「今宵は仕方ないとしても、村に入れておくのは危険じゃないか?」
「しかし只人ではないようだし、何の種族かわからなくても混じりものには変わりないなら、我々と同じではないか?」
「しかしなあ…」
するとザインが手を挙げたので、村長がひとつ頷き「皆の者。ザインの言葉を聞こうではないか」と言うと、村人たちは一斉に口を閉じてザインの意見に耳を傾けた。
「皆さんが不安や不審に思う気持ちもよくわかります。私ももし自分の娘のことでなかったら、なかなか信じる気にはなれなかったでしょう。しかし私たちは子供らの言うことを信じようと思います」
「ほう、それは何故だね?」
「あの子たちの話だと、ヒト型になる時キアが光ったと言っていました。キアのように、ユニコーンになってからだいぶたってからヒト型になった者が光ったとは聞いたことがない。だから、マ・リエという人の力が、何かの形で働いたことは間違いないと思うのです」
「しかし、その光もケリーがめくらましでだまされたのかもしれないぞ?」
するとミシャがやはり手を挙げた。村長が頷くと、彼女はキアを腕に抱いたザインの隣で、ケリーの頭を撫でながら発言した。
「そうかもしれませんが、でも私たちはやはり信じたいと思います。それに、もし本当だったらあのお嬢さん一人で行き場もなくしているのだから、可哀想だと思うし」
「…そうだなあ…」
村長は自らの額の角を撫でながらしばし考えていたが、やがて顔を上げて村人たちに話し始めた。
「ではこうするのはどうだろう。見張りを兼ねて、世話係として誰かについていてもらうというのは。マ・リエがいるのはルイの家のすぐ隣だ。仕事の時はともかく彼に見張っていてもらおう。ルイには私から後で頼んでおく」
するとミシャがまた手を挙げた。
「私も近所ですし、気にかけるようにしておきます。けれど世話係としては女性のほうがいいと思います。空き家の反対隣はシルの家ですし、その娘のサラにお願いするのはどうでしょう。年頃も同じくらいですし」
「なるほど…シル、サラ、どうだね?」
「はい、いいですよ。サラ、いいわね?」
「はい」
「それではお願いする。サラ、ミシャ、頼むぞ」
村長の隣にいた薄い栗色をした髪の女性が手を挙げた。
彼女は村長の奥さんだ。
「二人にはあの娘が何者なのか見極めて欲しいです。ミシャ、まずは年上のあなたがマ・リエのところへ着替えを持って行って、
何の種族との混じりものなのか見て欲しいの。混じりものなら、体のどこかに種族を示す印があるはずだから。私たちのこの角のようにね。せめて種族がわかれば、私たちも安心できると思うわ」
ミシャはわかりました、と頷いた。
「歌で治したというならば、鳥…霊鳥様ではないかと私は思っています。着替えの時に私が確かめてきますね」
「はい、よろしくお願いします」
「それでは解散とする。マ・リエの滞在に不満を持つ者もいるだろうが、しばらくの間は様子を見て欲しい。何かあれば私のところに相談に来ておくれ」
村人たちは村長の言葉に頷き、各々の仕事や家に戻っていった。
「これはここでいいかしら、ルイ」
「ああ、そこでいい。あとそこはもう拭いた。こっちをやってくれ」
「わかったわ」
鞠絵とルイが空き家の掃除をしていると、コンコン、とドアを叩く音がしてミシャがひょいと顔を覗かせた。
「掃除の具合はどう?はかどっているかしら?」
「あっミシャ、さっきはありがとう。こちらは大丈夫です、もうすぐ終わりそうです」
「まあ、堅苦しい敬語なんてやめて。普通に話してちょうだい。寝室も使えそうかしら?」
「えと…そう、ですか?じゃあお言葉に甘えて。…こほん。寝室は少しはたいたら何とかなりそう。まだ陽があるから今布団を干しているの。少しだけでもと思って。他はもう大体終わったところよ」
「それは良かったわ。ほら、貴女の着替えを持ってきたの。掃除の前に用意してあげられなくてごめんなさい。そんないい服のままじゃ汚れちゃうわよね」
「床掃除はオレがやったから、マ・リエの服は汚れてない。空き家といってもついこの間、ここが狭くなったからって引っ越していったばかりだから、埃もあまり溜まってなかったし」
やはり少しばかりむっつりとした表情のルイが、ぼそぼそとそうミシャに説明した。彼はまだ若いから、綺麗な服を着たユニコーンでない女性の鞠絵に恥らいがあるのだろう。
「そう、服が汚れなかったなら良かったわ。必要なら洗濯してあげようと思っていたの。やっぱり、これはいつかあなたの故郷に帰る時のために、大切にとっておいたほうがいいものね」
帰る時、と聞いて鞠絵の顔が曇ったのを見て、ミシャは急いで彼女の元に駆け寄りその背を撫でた。
「大丈夫、記憶が戻ればいつかは帰れるわ、ね?今は心配しないで」
「そう…ね。ありがとう、ミシャ。貴女は優しい人ね」
「そんなこと。ほら、これに着替えましょう?タオルも持ってきたから、体も拭きましょうね。ルイ、手伝ってくれてありがとう。この後は私が引き継ぐから、あなたは畑仕事に戻って大丈夫よ」
「わかった。後は少し拭き掃除や食器洗いが残っていて、ベッドメイクや寝室の片づけがまだなんだ。オレは畑に戻るから、後は頼むよ」
ミシャに対しては割とすらすら喋るのね、と鞠絵は思ったが黙っていた。
それじゃ、とルイが出て行くと、ミシャは台所に行ってタライを持ってきて、家の外にある小さな井戸から水を汲んできた。この井戸はこのあたりの家が共同で使うものらしい。
「さあ、着替えのついでに体を拭きましょうね。服は私の若い頃のものだから、少し古くて申し訳ないんだけど、我慢してね」
「えっそんな、とんでもない。わざわざありがとう、ミシャ。それに体を拭くのは自分でできるから…」
「そう言わないの。あなたはとても綺麗だけれど、女同士なんだから、恥ずかしがらないで私に任せて?恩人であるあなたに、少しでもお世話をしたいのよ」
そう押し切られ、鞠絵は背中を向けてワンピースを脱いだ。背中についているファスナーを下ろす時には、ミシャが手伝ってくれた。
また綺麗だと、今度は服のことでなく言われたことに関しては、鞠絵はもう聞かなかったことにした。
「本当に綺麗な服ね。水色の生地は艶々しているし、こんな細かいレースは見たことがないわ。それにあなたの下着…すごい細工ね。こんなのどうやったら作れるのかしら…」
どうやらファスナーはこの世界にあるらしいが、さすがに化繊製品はないのだろう。服や下着の細かいレースにも感心するミシャは、自分でも機織りをしているから興味があるようだった。
そういえば長い布をタオル、と呼んだし、井戸は井戸だったし、ファスナーもレースもそう呼んだことから、どうやらこちらでの名称はユニコーンだけでなく自分の世界と同じであるらしい、と鞠絵は胸をなで下ろしていた。一つ一つが違う名称であったら、覚えるのが大変だ。もっと細かいものも同じだと助かるのだが。
水を絞ったタオルで背中を拭かれると、鞠絵はほっとして体の力を抜いた。井戸水は冷たかったが、ここの気候は温暖だったし、掃除をして熱っぽくほてっていた体には気持ちが良かった。
「あー…気持ちいいー…」
「そう?それは良かった。はい、前を向いて」
「はい…って、ま、前は自分でやるので!」
「何を言ってるの。お世話させてちょうだいって言ったでしょう。全身私が拭きますからね」
「えっうわわ、ちょ、ちょっと待ってミシャ、あの…!」
「大丈夫大丈夫、恥ずかしがらないで」
胸を隠そうとする鞠絵を上手くかわしながら、ミシャは彼女の全身に目を光らせた。首の後ろや背中は白い肌にシミ一つなく、混じりものである証拠は見当たらなかった。てっきり背中に翼の印があるものと思っていたミシャは、少し焦りながら鞠絵の細い首筋を、綺麗な鎖骨の辺りを凝視する。
ミシャの視線が鞠絵の胸の合間に落ちた時だった。彼女はそこに、薄い青みを帯びたグレーの痣を見た。
「あっ…」
これだわ、とミシャは思った。こんなにすべすべで滑らかな白い肌の中で、こんな大きなシミや痣なんて考えられない。
それは青銀色の大きな鱗が折り重なった痣だったが、鞠絵を霊鳥だと考えていたミシャは、大きな鱗を羽根だと思い込んだ。
綺麗な青銀色の羽根が何枚も重なっているのだと。
「やっぱり、そうだったのね」
ミシャはそう安心して、念のためじっくりと鞠絵の腹も足も観察したが、他には混ざりものの証拠となるものはどこにも見当たらなかった。
「はい、おしまい。じゃあこれを着ましょうね。手伝うわ」
「あ…あ、ありがとう」
鞠絵はすっかり耳や首筋まで真っ赤になってしまっていて、ミシャはくすくす笑いながら、年頃は違うけれど私は娘を持つ母親なのだから、と鞠絵をなだめた。
背中のファスナーを上げてやり、鞠絵の綺麗な髪を手で梳いて整えてやったミシャは満足して微笑んだ。これで、いい報告ができる。それに自分の昔の服が鞠絵に似合っているのが嬉しかったのだ。
「おかしくないですか?私、大丈夫?」
そんなミシャとは裏腹に、鞠絵は不安そうにきょろきょろしている。ミシャの服は花で水色に染めた糸を使って彼女自身が機織り機で織り上げた布から作ったワンピースで、やはりウエストを紐で留めるもの。シンプルながら胸元にはリボンがついていて、若い娘の服らしく見える上品なものだったが、黒髪黒瞳の上に地味な顔立ちでアラサーな自分がどう見られているか、鞠絵は不安だったのだ。
「もちろんよ!あなたはとても綺麗だし、シンプルな服だけどよく似合ってるわ。ほら、鏡で見る?」
ミシャは笑顔でそう言って持参してきた手鏡を鞠絵に手渡した。
「ありがとう…って、え!?」
鞠絵が大声を出したので、ミシャは驚き慌てた。
「どっどうしたの!?」
「こっ、これが私!?」
「えっ…ごめんなさいね、粗末な服で…」
「ちっ違うんです、その…えと、服のことじゃなくて」
「え?」
「服はとても着心地がよくて素敵です。本当にありがとうミシャ。私が驚いたのはそこじゃなくて…えと…」
自分の姿に驚いたなんて、おかしな話だから言えるわけもなく、鞠絵は口ごもってもう一度鏡を覗き込んだ。
今…自分は鏡の中に何を見たんだろう。
何かの間違いじゃなかろうか。
そうでなければ、自分の目か見え方がこの世界にきておかしくなったとか?
「あっ、きっ着るものが違うと雰囲気もまた違うんだなあって思っただけよ、大丈夫」
引き攣り笑いで誤魔化そうとする鞠絵に気づかず、ミシャはそう?と首を傾げて台所へ向かった。
「私はまた水を汲んできて、食器を洗ってしまうわね。鞠絵は寝室をお願い」
「わ…わかったわ」
鞠絵は鏡を持ったまま寝室に入って、そっと扉を閉じた。
まだとても信じられなくて、もう一度手鏡を覗き込む。
そこに映っていたのは…うすい青みがかった銀色の髪とローズクォーツのような桜色の瞳と赤紫の瞳孔をした、どう見ても十七~十八歳の少女だった。
「ウソ…私二十八歳だったはずなのに。どう見ても若返っちゃってる…それに、なんなのこの髪と目。私地味な顔立ちの日本人なのに…」
鏡の中の自分は、どう見ても美少女だった。(続く)
第5話までお読みいただき、ありがとうございます。
異世界転移したら美少女になっちゃってた!?とんでもないことに気づいた鞠絵さんは。
次のお話は明日投稿いたします。またぜひどうぞよろしくお願いします。