第47話。光竜スーリエから見た歌う鞠絵と封印の強化、邪気の浄化。解放された炎竜たちが鞠絵に誓ったこととは。
第47話です。
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その歌声に、柵に手をかけ落ちぬように下の二頭を覗き込んでいた光竜、ハリー・スーリエは息をのんで歌姫を振り返った。
彼女からあふれ出るもの、それは、先祖より伝え聞かされたもの、多くの記録、伝承から彼が想像していたものを遥かに超えていた。
長身のスーリエから見て、その娘は年齢も体格も身長も、大人の女性のそれに全く足りていなかった。そのいずれかが大人のものであったなら、スーリエはそれほど驚くことはなかっただろう。
小さな少女は長身のユニコーンの年若き青年を背に、両手を洞窟の岩でできた柵にかけ、封印に向かって身を乗り出しながら、精一杯に声を張り上げていた。しかしその声は彼女の喉から出ると不思議と男性の声も入り混じったような二重奏となり、このマグマ渦巻く空間いっぱいに響き渡って、真っ赤な炎が光る洞窟の壁に反響して銀色に染めるようだった。
歌い始めた少女の全身から、白銀の煙のような細かい光が立ち昇り、ゆらりと彼女を取り巻く。
あれが…聖銀竜の神気?
スーリエは目を見張り、少女…マ・リエの歌に聞き入った。
マ・リエの全身を覆った白銀の光煙は、次第にはっきりとしたオーラとなり、きらきらと輝きながらうねうねとうねって糸のような流れとなり、ほぐれては集まって彼女の周りを回る。
やがて銀の糸の端は、マ・リエの体から離れて二頭の炎竜へと向かった。くねくねと蛇のように二頭の体に巻き付くと、リヴェレッタの体の中に入り込み、あっさりと通り抜けて、炎竜の後ろに渦巻く邪気へと入り込んでいくではないか。
長身のスーリエには、炎竜の向こうの火口がしっかり見えた。
そこにあるほころびも、聖銀竜の封印も。
きらきら光る聖銀色の光の束は邪気を抜けて、細くちぎれかけた聖銀竜の封印の糸へと絡みついていく。
そしてスーリエは見た。
封印の糸に巻き付いた白銀色の光によって、封印が太く頑丈にコーティングされていくのを。
またたくほどに弱かった糸の光が、見違えるほどに輝きを取り戻し、まぶしいほどに頼もしい光を放つのを。
これでもう、大丈夫。
スーリエにも確信をもってそう思えた。
ちょうどその時歌が終わり、スーリエはほっと一息ついたが、マ・リエはすぐに次の歌を歌い始めた。
そうか、炎竜たちと邪気の浄化がまだ残っているのだ。
邪気の中に留まった銀色の光の流れは、細かな光の粒となって禍々しく黒い邪気の中へと散り滲み込んでいった。するとまるで銀の光に黒いもやが溶けるかのように、銀色の光に邪気が飲み込まれていき、金の光に変わっていくではないか。
「おお…」
スーリエは思わず感嘆の声を上げていた。覗き込む彼の目の前で、邪気はみるみる金色の光に溶けていって、歌の半分も終わらぬうちにすっかりその姿を消していた。
「なんと。邪気が…」
スーリエたち、この世界に住む者たちをあんなにも苦しめてきた邪気が、聖銀竜の力をのせた少女の歌声によってかくも見事に消えてなくなる様を、彼はしかとその目に焼き付けた。
邪気を消し去った金色の光がリヴェレッタの体内に戻ると、彼女の美しい赤いウロコに滲み出て、その体を赤と黒のまだらにしている黒い邪気がみるみるうちに、外側から欠け落ちるように消えていった。
リヴェレッタの全身が真赤なウロコに戻るや否や、彼女の体内からダラスの内へと金色の光が吸い込まれていく。
しばらくすると、ポッ、ポッと黒い竜に赤い小さな花が咲くかのように、あちこちに赤いウロコが見え始めた。その赤は黒いウロコを侵食してどんどん面積を広げていって、やがてすっかりとダラスの体表に黒い色は見えなくなり、彼本来の真っ赤なウロコに覆われた炎竜の姿が現れた。
「…すごい…!」
これが、聖銀竜とマ・リエが融合して生まれたという、浄化の歌の力か。
今まで誰ひとりとして成し遂げることのできなかった、ただ苦しむことしかできなかった邪気の浄化を、この聖銀竜を身の内に秘めた小さな少女が、歌によって全うして見せたのだ。
しかも、この二頭を何ら苦しめることもなく。
スーリエは己が目を疑い、ただ呆然とその様子を見つめていたが、炎竜二頭が赤い瞳を開いて顔を上げたので我に返って叫んだ。
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「おお…!邪気が浄化されましたぞ…!」
スーリエ様が大きな喜びの声を上げたので、私はちょっと驚いたけれど、私たちについてきた二人の炎竜も涙声で叫んだ。
「リンガル様…!ダラス様!」
滲みが広がりつつあったリヴェレッタ様はもちろん、真っ黒に染まっていたダラス様も、元の色のウロコに戻っている。ダラス様はとても鮮やかな、煌めく真紅のウロコをしていた。
柵に手をついてその美しい姿にしばし見入ってしまった私だったが、はっと我に返って皆を振り返った。
そうだ、言わなきゃならないことがあるんだった。
「聖銀竜の封印はこれでしばらく大丈夫です。瘴気があふれて邪気になることもないでしょう。リヴェレッタ様とダラス様も共に浄化しましたから、もう炎竜の封印から切り離しても大丈夫」
「おお…!本当に…マ・リエ殿、あなたは素晴らしい…!」
私たちが歌を歌い力を振るうところを初めて見たスーリエ様が、興奮した様子で手を叩いた。
いやあ…私は心を込めて歌っただけなんだけど。そんなに褒められるとちょっと照れくさいな。でも、皆が喜んでくれるのは素直に嬉しいから、また頑張ろう。
二頭の炎竜の瞳がまたたく。それは赤く、縦長の瞳孔はルビーの中の紅珊瑚のようだった。
リヴェレッタ様はダラス様をしっかと抱き締めたまま、その瞳を大きく見開いて潤ませ、過呼吸のように唇を開いて浅い呼吸を繰り返した。ゆっくりと、ダラス様の赤いウロコに覆われた腕が上がって彼女を抱き寄せる。
「リル…これは…私たちは、邪気から解放されたのか?」
「そうよ。そうよダラス…!やっぱりすごいわ、マ・リエ殿はすごい…!約束を守ってくださった…!」
「リル…お前が、聖銀様を連れてきてくれたのだな…ありがとう…」
しっかりと抱き合う二頭の竜からは、もう邪気は感じ取れない。これで、炎竜の封印から解き放っても大丈夫ね。
「リヴェレッタ様。ダラス様ごとその封印を解いてください。聖銀竜の封印はしばらくもちますから、ダラス様を開放してからまた改めてゆっくりと、張り直せばよいと思います」
「はい。ありがとうございます…聖銀様…!」
「ありがとうございます…!」
リヴェレッタ様が封印を開放する間、私はほっとして柵から後ろに下がり、それでも背後にいてくれたルイにもたれかかった。彼は少しだけ驚いたようだけど、すぐにしっかりと立って私を支えてくれた。
「ルイ、ごめんなさい。私ちょっと疲れちゃった。少しだけ、こうしていていい?」
「もちろんだとも」
ああ、確かにこれはとても疲れる。ナギが只人に命令するほうがずっと簡単だって言ってたわけがわかったわ。こんなにも、封印の修復と強化には力が必要なものなのね。
皆に伝えなくちゃって、気を張っていた間は何とかもったけれど、今はもう立っているのも辛いくらいにしんどい。
背中にルイの体温を感じる。身長差があるから、私の頭がちょうどルイの胸に当たる感じだ。私は彼に背中を預けて、両手を胸の前で組んで目を閉じた。
「竜よ 気高き赤き竜よ その身に炎宿す竜よ」
自然に歌が出た。体が辛いからさっきみたいに声を張ることはできなくて、小さな歌だったけれど。
それでもこれだけ近くにいれば聞こえたのだろう。二人の炎竜の、驚いた視線を感じながら、私は歌った。まだ下にいるリヴェレッタ様たちには、咄嗟にルイが風魔法を使って届けてくれた。
「浄化の炎まとう その美しき在り方よ
いついつまでも その存在が続くよう 我祝福の歌を歌う
炎の先端のごとく 揺らめきながら
炎の竜の輝きよ 時を超えて続きますよう」
目を開けると、すぐ前にヒト型になったリヴェレッタ様とダラス様が身を寄せ合い手を取り合って立っていて、残る二人の炎竜たちは黙って涙を流していた。
「…マ・リエ殿。ありがとうございます。聖銀様の封印を結び直し、我らを邪気から解き放ってくださっただけでなく、祝福の歌まで頂けるとは」
「身に余る光栄にございます」
「え。そんな、ことは。ただ何となく、歌が出てしまっただけですから…」
すると四人の炎竜は、私の周囲で一斉に膝まづいた。
驚きあわてて立ち上がらせようとするより早く、リヴェレッタ様が厳かに宣誓する。
「我ら、マ・リエ・ナギ様に忠誠を誓います」
えっ何その名前?
「え、えと、その名称は」
「竜との混じりものは、最初に融合した竜の名を名乗るものなのですよ」
ヒト型になったダラス様が微笑む。あっイケメン。彼は肩幅も胸板も広く、高身長のリヴェレッタ様よりもすらりと背が高い。短い真紅の髪は燃える炎のごとく、あちこちに跳ねている。
「マ・リエ様」
「いえ、様はやめてください」
私があわてて両手を打ち振ると、二人は顔を見合わせ、そしてそれなら…と頷いてくれた。
「ではマ・リエ殿。できればお願いしたいことがございます。先程も申しました通り、我らのほぼ全員が多少の差こそあれ邪気に侵食されておりまして…それを浄化してはいただけないでしょうか…」
はい、それは私の役目ですね。私は力強く頷いた。
「もちろんです。私は封印を強化し皆を浄化するために、ここに来ているんですから」
「ありがとうございます…本当に、感謝いたします」
その時、ナギが私に語りかけてきた。
『マ・リエ。この機会に、ほころびを実際にその目で見てみるがいい』
え?ほころびを?見えるの?
『竜がいたから、直接ほころびをその目で見てはいないだろう。この後炎竜の封印が施されて封印が二重以上になれば見えづらくなる。今のうちに覗き込んでみろ』
そうね、言われてみれば。
私たちが今後、封じていくものだものね。
わかったわ、見てみる。
私はもう一度柵に掴まって身を乗り出し、下を見た。(続く)
第47話までお読みいただき、ありがとうございます。
鞠絵さんが覗き込んだ先にあったものとは。
また次のお話も読んでいただけましたら嬉しいです。




