第4話。ユニコーンの村にやってきた鞠絵。草原で助けた兄妹のお母さんに出会って…。
第4話です。
村に着くと、木でできたこじんまりとした家がいくつも立ちならんでいた。真昼間のせいか、通りには誰もいない。ケリーに聞くと、皆狩りや畑仕事に出ているか、家の中で機織りをしているかだという。
ケリーの家に着くと、戸口に袋を持った一人の若い女性が立っていて、ちょうどドアを開こうとしていたところだった。
茶色の髪をしたその女性はこちらを振り返って「あらケリー!帰ってきたのね」と手を振り、それからきょとんとした顔になった。
女性…というよりまだ少女に近いような。
「ケリー、貴方の背中に乗っているお嬢さんと、そちらの綺麗なお嬢さんはどなた?」
えっ、誰のこと?少なくとも私は綺麗なお嬢さんじゃないです。地味な三十路手前の女性です。
なんか何度も言われるけど、やっぱりこのワンピースのせい?それとも、黒髪に黒い瞳が珍しいとかなのかしら。
戸惑う私にかまわず、ケリーは嬉しそうな声を上げた。
「サラ、この子はキアだよ!ヒトの姿になれたんだ!こっちはマ・リエ!」
するとサラと呼ばれた女性は一瞬固まり、それからキアを見つめてブラウンの瞳を大きく見開いて叫んだ。
「え…ええっ!?本当に!?本当にキアなの!?」
「うん、あたしだよサラおねえちゃん!おねえちゃんはお母さんに糸を持ってきてくれたの?」
「そうよ、ねえちょっと待って、私畑に行って皆を呼んでくる!貴方たちは家に入って、ミシャに話をしてちょうだい。じゃあ私行ってくるわね!」
言うが早いか、サラは袋を家の傍に置いてあっという間にユニコーンの姿になった。その体色は彼女の髪と同じ、栗色より濃い茶色…つまり鹿毛だった。
ユニコーンっていったら全部真っ白なのかなって思っていたけど、今まで出会ったユニコーンはまだ三人しかいないけど、なんだか普通の馬と同じ体色をしているみたいね。
「今の人はサラ。うちとは家族ぐるみの付き合いなんだ。サラの家は街で買ってきた糸を管理してて、機織り機を使ってるうちの糸が足りなくなると持ってきてくれるんだ。ほらマ・リエ、うちに入ろう!早く母さんにキアを見せてやりたいんだ!」
ケリーはユニコーンの姿のまま、器用に木のドアを開けて家の中に入っていった。機織りをしているらしいカッタン、カッタンという音が、家の奥から響いてくる。
「ただいま母さん!見てくれよ!」
「お帰りケリー、あらあなたなんでユニコーンの姿で…って、あなたたち誰!?」
驚いて機織り機から立ち上がったケリーとキアのお母さんは、明るい茶色の髪と茶色の瞳をしていた。さっきのサラもそうだったが、額に白くて小さな角がある。
大人のユニコーンにも角があるんだな。
彼女はやはり簡素な上下で分かれた服のウエストを紐で縛っていて、そのスカート丈はくるぶし近くまであった。
サラといいキアのお母さんといい、村の女性が皆このくらいの丈のスカートを穿いているのだとしたら、確かに膝下くらいの丈の私のスカートは短いから、ケリーが顔を赤らめちゃったのも仕方ないかな。
と、ケリーにまたがったキアが、お母さんを見て嬉しそうに声を上げた。
「お母さん、お母さん!私、キアよ!見て、ねえ見て、あたしヒト型になれたの!マ・リエおねえちゃんのおかげなの!」
「ええっきっキア!?あなたなの!?まあ…!」
お母さんは一瞬呆然とし、じっとキアを見つめた。それから大きく息を吸って泣きそうな顔で笑い、ユニコーンのケリーにまたがったキアに駆け寄って彼女をぎゅっと強く、抱き締めた。
「キア…キア…!ああ本当に、あなたなのね…!ああ、私の娘…いつか…いつかこの日がくるって信じてた…!本当に、本当に良かった…!」
「おかあさん」
「ああ、キア、キア…神様、ありがとうございます…!」
「おかあさん、くるしい」
「あっ…!ごめんなさいね。でもどうしてヒトの姿になれたの?ああそんなことより、あなたの服をどうにかしてあげなくちゃ」
「母さん、キアは二本足で立てるようになったけど、まだ歩けないんだよ。練習が必要なんだ、赤ちゃんみたいに。だからおれが背中に乗せて草原から帰ってきたんだよ。薬草は見つけられなかったけど、ごめんね」
「いいのよそんなこと…!薬草はまた探せばいいんだから。じゃあキア、ゆっくりお兄ちゃんの背中から降りられるかしら?服を着替えなくちゃね」
「あ、私、手伝います」
そう声をかけて初めて、キアのお母さんは私に気づいたようにはっと息をのんで私を見た。さっきからずっとケリーの後方に立っていたんだけど、全然目に入っていなかったみたい。無理もないよね、私だってきっと同じ立場だったら他人なんて目に入らないもの。
「あ、あなた、誰!?」
「マ・リエおねえちゃんよ、おかあさん!」
「この人のおかげで、キアがヒト型になれたんだ」
「えっ?どういうこと?」
ケリーとキアが口々に草原で起こったことを話して聞かせると、二人のお母さんは段々と大きく開いていった口を最後には両手で抑えて、そのブラウンの瞳を私に向けた。
「本当に…?あなたが、私の娘を助けてくださったんですか…?」
「え、助けただなんてとんでもない。私はただ、ヒト型になれたらいいなって思いながら歌っただけで…」
するとお母さんはケリーが私にしたように私をじっと見つめ、それから色は違うけれどキアによく似た大きな瞳からぽろぽろと大粒の涙を零した。
「ああ…歌で私の娘をヒト型にしてくださったのね。ありがとうございます…ありがとう、本当に、ありがとう」
そして彼女は私に小走りで駆け寄ってくると、キアにしたようにぎゅっと抱き締めて涙まじりにありがとう、と何度も言ってくれた。
ああ…誰かに抱き締められるなんて、いつ以来だろう。
すごく…気持ちがいいものなのね。
やがて私を離したキアのお母さんは、涙の流れる頬のまま、私の顔をじっと見つめた。
「そう、歌で…それじゃあ貴女は鳥の…いいえ、霊鳥様の混じりものなのかもしれないわね」
あ、なるほど。
そう思われていたほうが都合がいいかも。
偶然かもしれないけど、歌ったことでキアがヒト型になったのか、それとも切欠を作ったのかわからないけど、歌ってことは鳥との混じりものってことにしておくのがいいわね。
ここではどうやら、混じりものではない只人と呼ばれる人間は嫌われているみたいだし、ドラゴンがどんなふうに思われてるかわかるまでは、鳥ってことにしておこう。うん。
「そうかもしれないです」
と笑ってみせると、キアのお母さんは涙をぬぐいながら頷いたので、私は彼女と一緒にキアをケリーから降ろして彼女を支えた。
彼女はミシャと名乗った。あ、三文字の名前の人もいるじゃない。まあ、発音的には二文字に近いかもしれないけど…。お父さんはザインというらしい。
やっぱり三文字…。
「うーん」
私が悩んでいるうちに、ミシャが箪笥から一枚の服と紐を持ってきた。
「これはあなたの服ね、ケリー。脱がすから向こうを向いていて」
「おれ、あっちの部屋に行ってるよ。支えはマ・リエがやってくれるみたいだから」
「ありがとう。そうしてくれる?」
ケリーが扉を閉めると、キアの着ていたシャツを紐を外してがばっと脱がせたミシャが、代わりに持ってきた一枚の服を頭から被せて袖を通させ、ウエストに紐を結んでやった。
さすが、子供の着替えに手慣れている。着替えさせたのは丈の長いワンピースで、キアにぴったりだった。
「いつか…いつかあなたがヒト型になれるって信じていたから、毎年あなたの服を織っていたのよ。あなたと同い年の子供に寸法を測らせてもらってね」
「そうだったんだ!おかあさん、ありがとう!すごい、あたしにぴったりで気持ちいい」
「そう?それなら良かったわ。でも、歩く練習はしなければね」
「うん。マ・リエおねえちゃん、手伝ってくれる?」
「えっ?もちろんよ、お母さんが…ミシャさんさえ、良かったら」
「もちろんです、あなたは私たちの恩人ですもの…でも記憶がないなんて大変ね…そんな素敵なドレスを着ているのだから、きっと大きな街のいいところのお嬢さんなんでしょうに…一体、何があったのかしら」
「それは…」
その時、玄関口が急にガヤガヤと騒がしくなって、ダイニングにいたケリーが奥の機織り機のある部屋に入ってきた。
「母さん、サラが皆を呼んできてくれたよ。父さんも帰ってきた」
「キア!キアはどこだ、俺の娘は!」
大きな声とどかどかと足音がして、一人の男性が機織り部屋に入ってきた。ケリーに似た茶色の髪と、二人と同じ青い瞳をしていたから、この人が子供たちの父親なのだとわかった。
もちろん額には白くて小さな角があったが、ミシャの角よりは少し大きい。
「おとうさん!」
確か、ザインって人だっけ。彼はヒト型になってミシャが織ったという生成りのワンピースを着て、ミシャにすがりつくようにして立っている娘をじっと見つめ、それから大きく息を吸い込んだ。
「キア!」
わっ、声が大きな人だな。
ザインはがばっとキアをその太い腕に抱き締めると、柔らかい頬に何度も頬ずりして、額や頬にキスを贈った。
「きゃっ、おとうさん、くすぐったい!」
「おおキア、なんて可愛らしいんだ!ユニコーンの時だって美人だったが、ヒト型になったらこんな美人になるなんて!お父さんはお前を誇りに思うぞ!よくやったキア!ほらな、お父さんがいつも言っていただろ、お前はちゃんとヒト型になれるから、心配はいらないって」
「ザイン、そのことなんだけど」
「ミシャ、良かった!お前もずっと心配していたものな…ほらキア、お父さんにもっと顔をよく見せておくれ」
最後は半泣きになっているザインの後ろから、何人もの村人たちがぞろぞろと入ってきて、私は驚いた。
畑に行っていた人たちを呼んできたようだけど、こんなに来てるなんて。家の中に入りきらずに、外にもたくさんいるみたい。家の外がすごく騒がしい。
グレーの髪と顎ひげ、ザインよりは小さな角をした初老の男性が進み出てきて、ミシャが私に彼がこのユニコーンの村の村長だと教えてくれた。彼の後ろには艶やかな黒髪と黒い瞳をした、長身で筋肉隆々の二十代半ばと思しき男性が控えている。わあ、イケメンだなあ。額の角も周囲の人々より大きい。
ぴったりついているところから察するに、村長のボディガードかな?キリッとした顔つきの彼は、私と目が合うと小さくペコリと頭を下げてくれた。
村長はまずはキアに微笑みかける。
「おおキア、何と可愛らしい娘になったことか。おめでとう。ザイン、ミシャ、良かったなあ」
「はい村長。本当に」
「それから見知らぬお嬢さん、こんにちは。貴女はお客人かな?」
「あ、こんにちは。私は…」
「村長!それに皆さん!この人がキアをヒト型にしてくださったんです」
ミシャとケリーが、時にはキアが、身振り手振りも交えて村長やザイン、それにダイニングに詰めた人々に説明する。ほう…と顎ヒゲを撫でた村長が、黒い瞳を細めて私を見た。
「そうか、このお嬢さんが。それでは恩人ということだなあ。記憶を失っているならば、今宵の宿にも困るだろう。恩を受けたザインの家で世話になるのが定石だが、ここは四人家族で狭いし…そうだ、ルイのところならば泊まれるだろう?」
村長が振り返った先には、茶髪や栗色の髪ばかりの人たちの中で珍しくも真っ白な髪をした、まだ若い青年が立っていた。
わあ、白い髪だあ…もしかしてこの人は、白いユニコーンなんだろうか。肌も透明感があるし、その瞳は私が初めてこの世界に降り立った草原のように、澄んだ緑に輝いている。髪とのコントラストがとても綺麗で、私は思わず見入ってしまった。
髪色だけでなく、ひょろりとした長身で他の人たちより頭半分くらい抜きん出ているところも目立っている。
背は高いし顔立ちも整っているけど、まだ丸みを帯びた顎のラインや角の大きさからしてまだ若いのかな。十代後半くらいな感じがする。
「…うちには泊まれないです、村長」
「え、しかし君の家は…」
ルイと呼ばれた青年は、顔立ちはいいのにむっつりとした表情でぷいと横を向き、こう続けた。
あーそんな顔して…せっかくの可愛い顔と純白の髪なのに…。
「部屋がないから泊まれないです。でもうちの隣は空き家になったばかりだから、少し手入れをすればお客人を泊めるくらいはできると思います」
「…そうか。ではマ・リエというお嬢さん、貴女はキアの恩人であるから、お客人として歓迎しよう。しばらくはこの村に滞在なさるといい。キアのことはめでたいから、村の皆にも言わなければね。ルイ、マ・リエを連れて行って一緒に空き家の手入れを手伝ってやっておくれ」
「…わかりました」
この人何か機嫌が悪いのか、気に入らないことでもあるのかな?もしかして私のことが気に入らないとか?そうだったら残念だなあ…もしかしたら、白いユニコーンだったらその姿を見せてもらえるんじゃないかって期待したんだけど…嫌われちゃったら見せてもらえないよね。
まあ、私は得体の知れないよそ者だから仕方ないかなあ。
不機嫌そうなルイに手招きされて、私は小屋の外に出た。だからざわつく村人たちの間を抜けて、彼の後についていった私は知らなかった。
私とルイが出て行った後、村長が皆に集会所に集まるように言ったことなど。(続く)
第4話までお読みいただき、ありがとうございます。
よそ者である鞠絵をどうするか、次はユニコーンの村の会議が開かれて、あることが決められます。
そして最後に鞠絵が気づく、とある事実とは…?
よろしかったらまた読んでいただけましたら嬉しいです。
どうぞよろしくお願いします。