第37話。夢の中で、鞠絵はナギと話をする。目覚めると皆がいて、タニアがルイをからかうものだから笑う鞠絵。
第37話です。
『マ・リエ。マ・リエ』
…ナギ?
『そうだ。大丈夫か』
…ええ…ちょっと、疲れただけ。少し休めば大丈夫だから。
『そうか。今回は我の魔力をそなた自身で使った初めてのことだからな…融合しているとはいえ、そなたに負荷がかかったのだろう。すまなかった』
そんな、ナギが謝ることじゃないよ。
私ができることがあるのなら、救えるものがあるのなら、私はやりたいもの。
…でも、本当は私はすごく怖かったんだ。沢村鞠絵の私は戦場の中に行って、とても、とても怖かった。
でも頑張ったんだよ、ナギ。
『そうだな。本当にお前は頑張った。よくやった、よくやったぞ』
ナギが近づいてきて、そっと私を竜の腕で抱き締めてくれた。
あれ、竜ってウロコだから冷たいイメージがあったけど、あったかいんだ…なんだかほっとして涙が出てくる。
『そなたは偉いな』
ナギは私を抱き締めて、頭を撫でては誉めてなだめてくれた。
私はそれが嬉しくて、彼に甘えたくなって言ってみた。
ナギ、ずっと傍にいてくれる?ずっと、ずっとよ。
『もちろんだとも、マ・リエ。共に生きようと言ったではないか。そなたとずっと、一緒にいるとも』
甘えたくて言ってはみたけれど、私は小さい頃に父を亡くしたから、男性への甘え方自体がわからなくて泣きながらただ、抱き締めてもらうばかりだった。
私は立派な人間じゃないし、強くもないただの自分勝手な弱虫の女性だ。危ないとわかっていてルイを連れていった。
『あれはあの者も望んでしたことだ。そなたが非を感じることはないぞ?』
でも、ルイには謝らなくちゃ。
『そうだな。そなたがそう、望むのならば。しかし、そなたは何故そこまでして、人を救おうとするのだ?』
だって。
だってもう、命が消えるのは見たくない。
目の前で死なれるのは、お母さんだけで十分。
私は死の恐怖だって知ってる。あれはとても…恐ろしいものよ。
もう、誰も死なせたくないの。
置いていかれるのはお父さんとお母さんだけでいい。
ユニコーンでもウサギでも竜でも、他の誰だってもう…死なせたくない。
たとえ、只人だって。
だから、そのためだったら何でもする。
私にできることならば、何でも。
『そうか。それがお前の理由か』
ええ、そうよ。
だから逃げたくない。
私にとってどんなに怖いことでも、乗り越えていきたいの。
『だからそなたには癒しの力が発現したのだな。わかった。我もそなたに助けられている。そなたが歌を歌うごとに、我の傷も癒されていくのだ。最近ではそのスピードも上がってきている。我とそなたが馴染んできている、ということなのだろう』
えっそうなの?
それは良かった。
『このままでいけば、我はそう長い時間をおかずに目覚めることができるかもしれぬ。癒しの歌もつそなたのおかげだ。そなたを選んで良かった』
うふふ、そう言ってもらえるのは嬉しいな。
ようやく泣き止んで私が笑うと、私の中のナギも微笑むのがわかった。
なんだか、とてもいい気持ち。
私もあなたに命を救ってもらって、たくさんの人を救うことができて、何人もの大切な仲間と出会えて良かったと思うわ。
『命を救ってもらったのは我も同じだ。こちらの世界でそなたが辛くないなら良かった。さあ、そろそろ目覚めよ』
目覚める?
『そなたは帝国軍を追い払った後、気を失ったのだ。もう数日は目覚めておらぬゆえ、皆が心配しているぞ』
えっ数日も私寝てたの!?
そう驚き、ナギのローズクォーツ色の瞳が面白そうに笑ったのが見えた…と思った瞬間、私は目覚めていた。
「あっ…マ・リエが目覚めた!」
「えっ本当!?姫様!」
「マ・リエ!」
目を開けると、そこには私を覗き込むサラの顔があった。
「マ・リエ、大丈夫?」
「うん…うん」
彼女の顔を見た途端にぽろぽろ、と涙が出てきて、サラばかりでなく私自身も驚いてしまった。
「サラ、ありがとう。あの時あなたがなだめてくれたおかげで、私は頑張ることができたの。あなたのおかげよ」
「あの時のこと?もう三日もたってしまったわ。私は特別なことはしてない。頑張ったのはマ・リエでしょ」
優しく微笑むサラとは反対側から、タニアがひょこっと顔を覗かせた。
「姫様、姫様、良かった…!ずっとお目覚めにならなくて…皆も心配していたんですよ」
「ごめんなさいタニア。力を使い切ってしまったのかしら。でももう平気よ。もしかして、ずっとついていてくれたの?」
「はい、サラも一緒に。他の皆も時々お顔を見にやってきましたけど、男性だけにはしていませんからご心配なく」
そう胸を張るタニアにくすっと笑って、私はサラを振り返った。
「サラもついていてくれたのね、ありがとう」
起き上がろうとしてみたけれど、目まいがしてぼすんと枕に頭を沈めてしまった。
「駄目よ、目覚めたばかりなのだから、無理はしないで。とりあえずお水を飲みましょう?タニア、皆に知らせてきてくれる?」
「わかったわ。ここはサラに任せる」
見回すと、ここはどうやら水竜の砦の中の一部屋のようだった。落ち着いた内装に、暖かな日差しが窓から入ってきている。
タニアは皆に知らせるべく部屋を出ていき、サラはコップに水を注いで持って来てくれた。
そういえば、とても喉が乾いているし、おなかもすいたなあ。
「はい、お水。ゆっくり起きましょうね」
私の上半身を支えたサラに水を飲ませてもらっていると、やがて廊下がざわざわと騒がしくなり、扉が勢いよく開かれて皆が入ってきた。
「マ・リエ!目が覚めたって!?」
「マ・リエ殿!大丈夫ですか!?」
ルイやダグ、トリスラディ様親子に水竜の守護竜夫婦とレイア。
「はい、私は大丈夫です…あっ、ルイ…」
皆の中に白い髪のルイの姿を見つけて、私の目からまた涙があふれ出てきた。あわてたルイが皆をかき分けてベッドサイドに駆け寄ってきて、私の手を握る。
「どうしたマ・リエ、どこか辛いのか?」
「違う…ちがうの。ごめんねルイ。私…怖かったの。あんな戦場の真ん中にルイを連れていって、何かあったらと思ったら怖くて。絶対に成功させようって、私は聖銀のマ・リエだって暗示をかけて必死にがんばったけど、あなたもさぞ怖かったでしょう。危険にさらしてしまってごめんなさい」
するとルイは笑って首を横に振り、私の手を握った手に力を込めた。
「そんなことない、気にするな。オレはお前を乗せて行けて誇らしかった。風魔法は使っていたけど、それではお前を武器から守ることはできない。いざとなったらオレが身を挺して守るつもりでいたけれど、お前の歌の前にはそんなこと必要なかった。やっぱりすごいよ、お前の歌は。それを歌うお前自身も」
タニアがニヤニヤしながらルイをつつく。
「惚れ直したにゃ?」
「そう、惚れ…って何を言わせるんだタニア!」
「あらあら、お子ちゃま~」
「なんだと!?」
「マ・リエ姫様はもうお化粧もしてないしドレスも着てないけど、お美しいことに変わりはないしね~」
「そっそうだけど!お前に言われるまでもないだろそれは!」
「また照れてる~」
「うるさいぞ雷ネコ!」
「馬尻に噛みついてやるわ!」
「そんなの蹴っ飛ばしてやる!」
「ま、まあまあ、ようやくマ・リエ殿が目覚めたところなのだし…小競り合いはおよしなさい」
「小競り合いなんかじゃないです!」
「そうにゃ、ルイがお子ちゃまなのは本当だし~」
「タニア!」
「ぷっ、くすくすくす」
サラに上半身を支えられたままの私が思わず噴き出すと、タニアとルイだけでなく全員の目線が私に向いた。
「マ・リエ」
「良かった、お元気そうですね」
その声に見上げると、助けた水の守護竜夫婦が、心底安心したという顔をして私を見つめていた。
それからその二人とレイア、トリスラディ様親子が一斉に床に這いつくばったものだから、私は驚いてベッドから転げ落ちそうになった。(続く)
第37話までお読みいただき、ありがとうございます。
タニアとルイは相変わらずですね。
また次のお話も読んでいただけましたら嬉しいです。




