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第36話。水竜を助け、その子供たちを救いだし、帝国軍を追い返した鞠絵。帝国軍の魔法師たちに連れて行ってくれと頼まれる。

第36話です。

 私の目の前で金ピカの皇子様と将軍も同じように立ち上がったが、皇子様がものすごく悔しそうな顔をしていたのが印象的だった。けれど私を見ると皇子は頬を染め、口をへの字にして何も言わず立ち去って行った。

 顔を真っ赤にするくらい、そんなに怒っていたのかな?

 あ、水竜軍も立ち上がらせないと。

「水竜とそれに連なる者たちよ

 我が声の呪縛から解き放たれ 自由となれ」 

 するとザッ…と音をたて、水竜軍の者たちも立ち上がった。

 それらを見届けて、ルイの背に立てかけていた旗を取って鞍上に跨る。すると、私の元にふらふらと何人かが歩み寄ってきた。

 あれ?帰れって私、言ったよね?

 彼らは石の破壊された杖を持ってローブをまとっていたので、先程浄化した魔法師たちの一部だとわかった。『帰れ』という命令に逆らっているようには見えないので、彼らにとって帝国は自国ではないってことなのかな。

「女神様」

 集ってきた魔法師の一人が、頭からローブを外して顔を見せ、私に向かって頭を下げた。

 その顔色はひどく悪く、げっそりと頬がこけていた。

 女神様って…また呼び名が増えちゃった…でももう修正するのがそろそろめんどくさくなってきたな…。

「女神様、我らをどうかお連れください。我らはもう帝国には戻りたくありませぬ。女神のもとでお仕えさせてください」

「え?戻りたくないって、どういうことですか?」

「我らは混ざりものと只人との混血なのです。獣の力は受け継ぎませんでしたが、魔力だけは受け継いだため、このように魔法師として扱われております。しかし地位は低く、只人たちからは獣の血をひいた者として差別を受けているのです。我々の住む場所は帝国にはありませぬ…女神様は邪気によって汚染され苦しみの中にいた我々を浄化してくださいました。そのご慈悲に報いたい。あなた様の歌によって帝国から解放された今、どうかあなた様にお仕えさせてはいただけませぬか」

 そうだったのね。彼らの表情や貧しそうな身なりからも、彼らが帝国でどれだけの差別を受けてきたのかわかった。そんな国に帰れっていうのもかわいそうだけど、スパイじゃないっていう保証もない。

「ルイ、どうしよう」

「一度連れ帰って、トリスラディ様にお任せしたらいいんじゃないか。もしかしたら邪気や帝国に関する情報が手に入るかもしれないし」

 でも、国に置いてきた家族とかはいないんだろうか。

 私は心配になって、彼らに聞いてみた。

「皆さん、家族や友達は帝国にいないんですか?本当に、その身ひとつで出てきてしまっていいんですか?」

 すると魔法師は顔を上げて、私を真正面から見つめて言った。

「我らは物心ついた時から隷属紋を打たれて、下級魔法師の育成をする施設で育ちました。ですから家族はおりません。我らのことは穢れたものとして扱われたので、気にする者もおらず、友人も恋人もおりません。同じ施設で育っても、配置を変えられてしまうので友人にもなれません。我らはそれぞれ、たった一人なのです。女神様に受けたご慈悲が初めてです。この忌々しい隷属紋を消してくださった。ですから、女神様がお気になさるようなことは何もないのです…どうか、お願いです」

 そう呟いてまた、頭を垂れてしまう。

 隷属紋。

 彼らに打たれたというそれには気づかなかったけれど、どうやら邪気を浄化した際に、隷属紋も吹き飛ばしたようだ。彼らからは石から以外邪気を感じなかったから、邪気を用いたのではない通常の隷属紋だったのだろう。

 私とナギはただ邪気を許せなかっただけだけど、結果的にこの人たちを開放してあげられたんだ。それを初めて慈悲を受けたと、宝物でも受け取ったかのように大切そうに言う人たちに、私は何を言えばいいんだろう。

 言葉が見つからなくて、私はただ頷いて魔法師たちを見渡し、できるだけ事務的に、声を揺らさぬように言った。

「わかりました。それでは水竜の砦に向かいますので、ついてきてください。あなた達のことは地竜の領主様にお任せしようと思いますので、よろしくお願いします」

 魔法師たちは顔を見合わせ、女神のもとでお仕えできないものかと申したててきたが、私は首を横に振った。

「私には部下はいりません。どうしてもというなら、仲間になってください。協力し合う仲間に。そして地竜の領主様の元で、私が必要とする時にはその力を貸してください」

 ざわざわとしばらく彼らは話し合っていたが、おそらくはここにいる魔法師団の中では最高位なのだろう、最初に私に話しかけてきた人が私を見つめてこう言った。

「仲間にしていただけるのですか…お慈悲を賜りありがとうございます。女神様がそう望まれるのであれば、我らは従います。混じりものの方々の中にも馴染むよう、努力いたします」

「それなら決まりね。では砦に戻りましょう」

 今回の出来事はアトラス帝国軍にとって、想定内であったとは思えない。だから彼らの言うことは本当だろう、と私は直感で思った。もしスパイが混じっていたならば、トリスラディ様がどうにかしてくださるだろう。

 丸投げですみません、トリスラディ様。でも私、こういうことはどうしていいかわからないので。だって元はただの一般人なんですよ。

「それから私は女神様なんかじゃなくてマ・リエです。そう呼んでください」

「かしこまりました、め…マ・リエ様」

 湖のほとりに着くと、従えてきた魔法師たちを怪しんだのだろう、砦のほうから水が引いて門が開き、砦の指揮官と先程助けた水竜のうち父親のみが出てきた。彼らが歩いてくるのに合わせて水が左右に割れ、その後方ではまた水で閉じられていく。

 確かに出入り口がこれでは、砦を直接攻めるのは難しいわね。湖はかなり深そうだし。

「マ・リエ殿。御無事で良かった。素晴らしい…さすがの御力でございます。して、その者たちは?」

 私は二人に魔法師たちのことを報告し、トリスラディ様にお任せしたい旨を伝えた。

 守護竜は子供や自分たちに隷属紋を打った魔法師たちを目の前にして、激しい殺意を向けていたが、魔法師たちも服がボロボロで痩せこけているのを見ると、何も言えずにいるようだった。

 魔法師の一人がそんな守護竜に向かって土下座すると、全員がそれに従った。

「水竜殿よ。我々も命令されて行ったこととはいえ、本当に申し訳ございませんでした。許されることとは思っておりません。しかしこれからはマ・リエ様に従い、少しでもお力になって罪を償い、この不徳をあがなっていきたいと思っております。どうか、我々を地竜トリスラディ殿の元に行かせてはいただけませぬか」

「トリスラディ殿のところに?…そうですか…」

 守護竜は私を見て、私が頷くのを確認すると、大きな溜息をつきながら低い声で言った。

「マ・リエ殿がそう判断されたのなら、我らに異はない。帝国軍に戻ってまたこのようなことを起こされても困りますからな」

「ありがとうございます」

 砦の水竜の指揮官は、それを受けて魔法師たちに手を差し伸べた。

「では念のために、彼らは別室で控えていてもらいましょう。その杖も捨ててもらえまいか。必要とあればまたこちらで作りましょう」

「もちろんです」

 彼らはあっさりと、破壊された黒い石のついていた、ねじ曲がった形をした杖をその場に投げ捨てた。

「これは帝国軍に与えられたものです。もう要りませぬ」

 その潔さに、水竜側の二人は頷いた。

「いいでしょう。それではこちらへ」

 私たちの周りだけ水が開いては閉じていく現象に、魔法師たちは驚きながらも大人しくついてきた。彼らを指揮官が部屋へ案内していき、停戦の旗を水竜に返した私は、ヒト型に戻ったルイと共に、砦で待っていた皆の元に戻った。

「マ・リエ!」

「マ・リエ殿!ご無事でしたか!」

「心配してました、姫様」

 わっと囲んできた皆の顔を見て、どっと安心感が胸にあふれる。

 私、ちゃんとやれたんだ。

 ナギとの作戦通りに、聖銀のマ・リエとして。

 水竜を助け、その子供たちを救いだし、帝国軍を追い返したんだ。

 …あら?

 安心したらなんだか体に震えが…。あら?貧血?

「マ、マ・リエ!?」

「どうした!」

「姫様っ!?」

 私を呼ぶ仲間たちの声が遠くなって…私はそのまま、気を失った。(続く)

第36話までお読みいただき、ありがとうございます。

帝国軍の魔法師たちを受け入れた鞠絵ですが、気を失ってしまいました。次回はその意識の中で、少しナギと話をします。

また次のお話も読んでいただけましたら嬉しいです。

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