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第35話。鞠絵は探し出した子竜らを歌によって救い出し、痛いの痛いの飛んでいけ…と歌う。魔法師たちが持つ魔法の杖には邪気が宿っていたため、これをはらうことに。

第35話です。

「コノ、ナカ」

 ラプトルが示したテントの中にも兵士たちがひれ伏していて、水竜の子供二頭が、竜の姿のまま四つ足と尻尾を鎖で縛られていた。

 この子たち…まだすごく小さいじゃない。そう言えばヒト型になると二歳と三歳だって言っていた。それなのに声が出ないように首に隷属紋を打って、鉄の鎖で縛っているんだ。

 声で親を呼べないように。

 しかも相当痛めつけられたのだろう、あちこちウロコが剥げてしまうほどの傷を負っていた。

 なんて…ひどいことを。

 この鎖も、恐らくは水竜が逆らえないように、邪気のこもった魔力が込められているのだろう。

 きっと…この隷属紋が邪気によって打てるようになったから、攻めてきたんだ。

 子供たちは私の言葉によってするまでもなく、四肢に繋いだ鎖のせいで床に平たく縛りつけられていた。

 少し大きめの子供のほうは、いきなり土下座したのだろう見張りの兵たちを呆然とした目で見つめていたが、私とラプトルが入っていっても二頭とも振り向きもしなかった。

「おお、エナ、シャル、…!」

 私たちの後ろから走り込んできた水竜たちは、子供たちの姿を見て言葉を失った。こんな状態では抱き締めることすらできないじゃないの。

 でも子供たちは親の声に目線を上げて、出せぬ声で親を呼ぼうとはくはくと口を動かした。私はあわてて言葉を発する。

「水竜の子らよ、もう動いてもよい」

 すると子供たちは頭をもたげたけれど、やっぱり声は出なかった。代わりにぽろぽろと、大きな青い瞳から涙をこぼす様があまりに可哀想で、私は子供たちに駆け寄った。

「かわいそうに、痛かったね、辛かったね。すぐに開放してあげるからね」

 親にしたのと同じように、二頭の喉にある隷属紋に片手ずつ触れれば、私の中でやはりナギの目が開く。

 私はナギと共に歌い始めた。

「おお か弱き子供らよ

 その自由奪うものは 何であろうとも許さぬ

 その身傷つけることは 何であろうとも阻もう

 おお 水竜の愛し子たちよ

 持ちて生まれた その美しき姿を取り戻し

 全ての不具合を取り除き 全ての傷を癒さん」

 ああ、そうだ。小さい子供ならこの呪文が効くかもしれないわ。

「痛いの 痛いの 飛んでいけ」

 パン!と隷属紋が弾け飛ぶ。そして彼らの四肢を縛りつけていた鎖も、散り散りになって消えていった。

 金色に光り輝いた二頭の子竜は、その光が治まった瞬間に幼い声を上げる。 

「ママ…!」

「パパ…!」

「おお、我が子たちよ…!」

 水竜の父親は目の前にいたまだ小さな子竜の姿のままの娘のエナを、母親はその弟のシャルを強く抱き締め、おいおいと泣き声を上げた。

「もう心配いらないわ。隷属紋も鎖も吹き飛ばしてしまったし、傷も癒しました。さあ、ヒト型に戻ってごらん?」

「…うん」

 子竜たちは難なくヒト型の子供の姿になった。子竜の時も可愛かったけれど、ヒト型になるとその幼さが本当に実感できて、私は改めてこんな幼子を痛めつけて利用した只人の残酷さに震えた。

「ああ、エナ…!」

「シャル…!」

 水竜の親子は全員でひしと抱き合って、父親は子供に何度もキスを降らせ、母親はそれでも心配なのだろう、幾度も我が子の全身を撫でて、ボロボロになってしまった服の上から傷の有無を確かめていた。

 姉のエナは両親に抱き着いているうちに段々と大きな声で泣き始めた。

「エナもシャルも何か悪いことしたの?おじさんたちにお前たちが悪いんだって言われて、いっぱい、いっぱい叩かれたの…痛かったよう」

「エナ」

「ママとパパを呼んだけど、声が出なくて。おじさんたちにも、悪いことしてませんって言えなかったの…」

「ああ…お前たちの痛かった時の声は届いていたよ…」

 なんてこと。隷属紋によって声は出ないけれど、きっと暴行を受けた時の叫び声は親に届くようにされていたんだ。

 娘を抱き締める父親竜から、殺気がドロドロとあふれ出てきて、周囲に這いつくばる帝国軍の兵士たちに向けられるのに気づいた私は、あわてて声をかける。

「駄目ですよ!」

「しかし」

 確かにここにいる兵たちは、子供たちに手をかけているだろう。でも。それでも。

 殺気を向けられた兵士たちは、這いつくばったまま冷や汗をかき震えている。

「こんな小さい子にひどいことをしたのは私も許せないけれど、これ以上、戦争の火だねを増やしてはいけません。何もしてないあなた達に戦争を仕掛けてきたんですよ?あなた達が彼らに何かしたら、彼らはそれこそ何をするかわかりません。またその子たちに何かあったらどうするんですか?だから堪えてください」

「………」

 父親の竜は血が出そうなくらい唇を噛み、ギリギリと歯噛みしたが、呻くような声でようやく答えた。

「…わかりました。元より、子供たちをさらわれたのは私の油断が招いたこと。己の不明を恥じるばかりです」

 父親の殺気は去ったが、まだ二歳だという弟のシャルは、泣くことすら忘れてしまったかのように呆然としていた。母親がその青い瞳を覗き込み、まろい頬を撫でて何度も名前を呼ぶと、シャルの瞳が徐々に焦点を結んできて、やがて小さな声でママ、と呼んだ。

「そうよ、ママよシャル。いい子ね、もう大丈夫、ママとパパが来ましたからね。もう離れないわ。ママとパパとエナお姉ちゃんと一緒に帰りましょう」

「かえ、る?」

「そうだシャル。帰るんだ。皆で」

「おうち?に?」

「そうよ、おうちに…水竜の砦に帰るのよ」

「う、うえ、うえ、えええ…っ、ママ、ママあ…!」

 両親が優しく話しかけ続けると、シャルはエナがびっくりして泣き止んだくらい激しく泣き叫び始めた。母親はまだたった二歳の我が子を胸に抱きしめて背中を撫で、そっと体を揺らしながら宥めてやる。

 やがて子供たちが落ち着くと、二人の水竜はようやく私を振り返って頭を下げた。

「ありがとうございます。本当に。あの、お名前を…伺ってもよろしいでしょうか。その…お呼びできない呼称があるようですので…」

 それ、そこにいるラプトルがもう呼んじゃいましたけどね。

 でもまだ周囲には平伏したままの只人がいるから、私が聖銀竜との混じりものであることはむやみに言わないに越したことはないかな。

 私はラプトルや水竜たちを伴ってテントの外に出ると、ナギの魔力を声に乗せて、周囲の只人たちに言った。

「これから聞く名を記憶に留めるな」

 これでよし。水竜に向き直って、にっこり笑う。

「私はマ・リエといいます。あなたたちに無事に子供を返してあげられて良かった。さあ、私にはラプトルがいますから、先に砦にお帰りください。子供たちも落ち着かないでしょうし、服も着替えなければですしね」

「ああ…ありがとうございます、マ・リエ殿。この恩は一生忘れません。子供たちにも言い聞かせ、ずっと語り継ぐようにいたします」

「えっいえ、そこまでしなくても」

「いいえ、させてください。あのままだったら私たちは砦を落としてしまっていた。それに我々を更に利用するために、子供たちはあの苦しみのまま決して開放されなかったでしょう。あなたはそれを、全て救って下さった。我々にとって命の恩人…いえ、それ以上のお方です。以後困ったことがあればどうかお申し出ください。できる限りのことをいたしましょう」

 それは言われすぎな気もするけれど、好意は有難く受け取っておこう。今後何があるか、わからないのだし。

 そう思った私は微笑んで頷いた。

「ありがとうございます。それではもしもの時には相談に乗ってください。さあ、もう戻られたほうがいいですよ。子供たちも疲れているでしょうから」

「はい。それではまた改めて御礼に伺います、マ・リエ殿」

 母親がシャルを抱き締めて水竜の姿になった。

 あ、この人たち、レイアの時は遠くて見えなかったけど、背中に二枚の薄い羽があるんだ。トンボのような形のその羽は、様々な色が半透明に混じり合っていて、まるで大きなシャボン玉みたいな色でとても綺麗だった。

「ありがとうございました、マ・リエ殿。それでは失礼いたします」

 ヒト型のエナを抱いた父親も東洋風の細長い竜の姿となって、あっという間に砦に向かって飛び去っていった。

 お父さんのほうの背中にも、シャボン玉色の羽があったなあ。

 私はラプトルに頼んで帰りは背中に乗せてもらった。ごめんねルイ。

 直立して走るはずのラプトルが、乗り慣れていない私が乗りやすいように直角に腰を曲げてくれて、背中を水平にしてくれたのが嬉しかった。

 ラプトルに乗って、また金ピカ皇子様と将軍の元に戻ることにする。まだ、やることがあるのだ。

 その途中、ラプトルの背中の上で凄まじい邪気を感じたので、その元を辿るべくラプトルにゆっくり歩いてもらった。ラプトルの背中の上から見渡して探すと、平伏している人々の中にローブをまとった人たちが何人もいて、その傍には黒い石がはまった杖が転がっていた。

「あれが…邪気の元?」

『あの者たちは只人の魔法師であろうよ』

 ナギ?

『あの石に邪気を込めているのだろう。アレは許せぬ』

 よく見ると、魔法師と見られる人々の一部は、ローブがボロボロになっていたり、ローブから見える手や顔が黒ずんでいたり、指の形が歪んでいたりしていた。きっとこの人たちに、水竜の隷属紋をやらせていたのだろう。

 邪気を扱うことは、自分たちにも跳ね返ってくることなんだ。

『マ・リエ、浄化、と言え。我の魔力を込めてな』

 わかったわ。

 私は大きく息を吸い込み、できるだけナギの魔力を込めた声を、ラプトルの背中で張り上げた。


「浄化!」


 パキン!という音があちこちで一斉に響いて、たったその一言で全ての黒い石がはじけ飛んだことがわかった。石と魔法師たちから黒い煙のようなものが薄く上がって、それからキラキラと金色の光が彼らを浄化していく。

「これでいいかな」

『うむ、それで良い』

 ナギはまたそのローズクォーツ色の瞳を閉じてしまったので、私はラプトルを促して金ピカ皇子様のところまで戻った。

 彼を含めて只人たちはまだ平伏したままなので、それをなんとかしなければならないからだ。攻め込んできた人たちとはいえ、命令されて仕方なく戦っている人もいるだろうし、あまり長い時間拘束されるのは辛いだろう。

 私はルイに頼んで風魔法を使ってもらい、ナギの魔力を乗せた声を遠くまで響かせた。

 それは言葉というより、歌に近かった。

「只人たちと それに仕える者たちに命ずる

 竜や混ざりものの領域に 戦を仕掛けてはならぬ

 略奪も侵略も暴行もならぬ

 理解したならば 帝国に帰りてこのこと他の者にも伝えよ」

「はは…っ!」

 轟音のような返答の声が周囲に木霊し、アトラス帝国軍の者たちはすくっと立ち上がって武器を拾うと、くるりと北側に向きを変え、帝国に向かって歩き去って行った。(続く)

第35話までお読みいただき、ありがとうございます。

邪気をはらった鞠絵はこの後どうするのでしょう。

また次のお話も読んでいただけましたら嬉しいです。

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