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第34話。只人の軍三万を平伏させた鞠絵は二頭の水竜の隷属紋を歌によって弾き飛ばし、捕らえられた子竜を探す。

第34話です。

   ◆ ◆ ◆


 ここまでは上手くいったわ。ナギとの打ち合わせ通り。

 声を出すタイミングもバッチリだった。皆の注意が私に集まった時が最も効果が高いって、ナギが言っていた。

 私とナギの声を混ぜ合わせ、ナギの魔力とルイの風魔法によって遠くまで声を届かせる。

 私の声ならば、ナギの声と混じれば聞いた者に言うことを聞かせられる、とのことだった。

 そんなこと本当にできるのかと思ったけれど、ナギの言葉は本当だった。

 勿論それはナギの力あってのことだけれど。

 私はルイの上から見渡せる限りの人々が全て平伏したのを見て、内心ものすごく焦ってドキドキしていた。その内心を決して悟られないよう、この声がブレないよう必死だった。

 帝国軍の只人たちも、水竜軍の混じりものたちも誰も顔を上げないのを確かめて、ルイから降りる。彼に旗を立てかけて支えをお願いしてから、金ピカの鎧を身に纏って土下座している人の傍へ歩み寄った。

 この人、本当にキラッキラの鎧を着てるのね。こんなんじゃあ、誰がこの軍のトップなのかすぐわかって集中攻撃されそうなものなのに。危なくないの?

 ああ、すぐ傍で両勢で最強の水の守護竜二頭が守ってくれているのだから、むしろ目立ちたいってことかしら。

 私は半ば呆れ、半ば怒りを覚えながら、彼にはかまわずその横に控えている水竜二頭に向きを変えた。金ピカの人はその指で土をかきむしるようにしている。さぞ悔しいんでしょうね、私なんかに平伏させられて。

 しばらくそうして悔しがっていればいいわ。あなたたちにされたこの人たちのことを考えれば、それでも全然足りないもの。

 水の守護竜二頭はレイアが言った通り、ひどい状態だった。全身に隷属紋が魔法に…それも邪気を帯びた魔法によって打ち込まれ、それだけでも十分苦しいと思うのに、体すら歪み始めてしまっている。

 早く、早く解放してあげなければ。

「水の守護竜よ。顔を上げよ」

 そう言うと二頭の水竜は地面から顔を上げ、私に向かって首を伸ばしてきた。

「言いたいことがあれば申せ。許す」

 すると二頭は同時にオオー…と声を上げた。それは竜語であり、わからない者にはただ竜が吠えているだけのように聞こえただろう。

 でも声にナギの魔力を借りている私には、その意味がわかった。

『タスケテ。タスケテ。ワレワレの子』

『アノ子タチヲ、タスケテ。オネガイ』

 ああ。

 こんな姿になっても、望むことは我が子の開放なのね。

 すごいね、親って。

 子供のことが心配で、かろうじて正気を保っていたんだね。

 私のお母さんも、病気で辛かったはずなのに、最期まで私のことを思っていてくれたっけ。

 私は涙声にならないように、あくまでナギの魔力を声に乗せることを考えて発声した。

「子を奪われ、自由を奪われ、人の姿を奪われ、言葉も奪われ、心も奪われたのね。代わりに痛みと苦しみと悲しみと絶望を与えられたのね」

 ぽろぽろぽろ。

 目の前の二頭の黒く濁った瞳から、血の涙があふれて地面に滴った。

「全部、全部取り戻しましょうね。私が手伝うわ」

 私は両手を伸ばして、並んで顔を上げている二頭の額の隷属紋に片手ずつ、同時に触れた。その瞬間に私の中で、ナギが目覚めたのを感じる。

 私の両腕に隷属紋から漏れだした黒い邪気がまとわりつき、一瞬両腕が真っ黒になった。一体どれだけの邪気を込めているのだろうと、恐ろしくなるほどに。

 隷属紋に触れた私は無意識に、オー…と声を上げていた。その声にナギの声が被さり、不思議なハーモニーの歌声となっていく。

「この麗しき水を司る竜を縛る鎖よ 断ち切られよ

 砕け散り 消え去れ

 紋に込められし魔法の力よ その邪気を祓い真の光となりて

 彼らの力となれ

 おお…束縛よ消え去るがいい

 浄化されよ…癒されよ…」

 私の指先が触れている竜の額の隷属紋が、ぱあっと金色の光を帯びた。それから頭の、首の、胸の、腕の、腹の…と、尻尾に向けて次々と隷属紋が光り始める。

 歌によって光り始めたのは周囲の傷ついた兵士たちも同様だった。誰も顔を上げられないので、それを見たのは自身が光っている者たちだけだったが。

 歌が終わると同時にパン!と額の紋が弾けて消えた。光り始めた順番と同じように、頭から尻尾へ向けて次々と、パン!パン!パン!と隷属紋が消滅していき、キラキラした光となって水竜に吸い込まれていった。

 その光が収まると、黒っぽくデコボコと歪んでいた水竜の体は、綺麗な水色のウロコをまとったすらりと長いものに戻り、血の涙を流していた黒い瞳は青さを取り戻して、零れる涙は透明なものになっていた。

 そして彼らは私の目の前で、水色の髪に青い瞳の、長身のヒト型となった。服はボロボロになっていたが。

 女性のほうは、レイアによく似ていた。

 二人は声もなく抱き合ったが、すぐにはっとしたように私を振り返る。

 その時初めて、私が何者であるか悟ったようだった。

「ありがとうございます、ああ…あなたは…」

「しっ。それはまだ秘密、です。あなたたちの子供はどこですか?」

「それは…我々にもわからないのです」

 私は向きを変えて数歩歩き、金ピカさんを見下ろした。

 この人なら知っているだろう。

「この人たちの子供はどこ?」

「………」

 答える気配はない。

 私はナギの魔力を声に乗せて、もう一度繰り返した。

「答えよ。この者の子はどこか」

「し…し…知ら…ん」

 金ピカさんの代わりに、その横で平伏していた、次に派手な鎧を着た人が苦しげに答える。きっと金ピカさんがアトラス帝国軍の最高指揮官で、この人はその補佐官なのかな。でも補佐官にしてはすごい精神力だから、将軍とかなのかもしれない。とすると、金ピカさんは将軍以上の地位…皇子様とかかな。

 アタリをつけて、改めて聞いてみる。

「皇子よ。この者たちの子はどこか?」

「…う…う」

 当たりだったようだ。名指しされた金ピカさんは呻いて、さすがに口にはしなかったがチラチラと後方を見やった。これ以上聞くと心を壊してしまうかもしれない。私の心の中に、それでもいいじゃないかという気持ちがよぎったが、自らに平常心を言い聞かせて抑え込む。

 今すべきなのは、そんなことじゃないのだから。

 この辺りに平たくなっている人たちに聞いてみると、やはりはっきりとした場所は言わなかったが、皆後方を見た。

 大体の場所しか知らないってことね。知っていそうな二人は、土の上に大量の汗を滴らせてガタガタ震えているばかりだし。これ以上心に負荷をかけるのは危険ね。

 私は近くにいた地を駆ける亜竜、ラプトルたちを振り返った。

 緑色をした走竜ラプトルは、二本足で走るが馬よりも強くて速い。発達した後ろの二本足はかかとの所に鋭く大きな爪がついていて、それで蹴られるとひどい怪我をする。前脚の爪もその牙も恐ろしい武器である。

 気が荒い上、二本足で立つため騎乗も難しいが、懐くと忠誠心が強く頭もいいため、乗りこなせれば非常に強力な相棒となる。数は多くはないが、突撃部隊としては最強の部類だ。

 彼らもワイバーン同様、片言ならば話せる個体がいるはずだった。

「ラプトルたちよ。この者の子の居場所を知っているか」

 すると彼らはぴょん、と首を上げ、こくこくと頷くではないか。

「シッテル、シッテル、セイギン、サマ」

 あっ言っちゃった!金ピカさん…いや皇子様と将軍がびくっとしたのが見えた。しかし出てしまった言葉を引っ込めることはできない。仕方ない…。

 そしてラプトルたちは、私をすごくキラキラした瞳で嬉しそうに見ている。

「案内できる?」

「デキル!アッチ、アッチ!」

「ではお前。立ち上がり、私たちを案内してちょうだい」

 一頭のラプトルが得意気に立ち上がり、北側へ向かって歩き出したので、私はヒト型となった二人の水竜と共についていった。みっしりと人々や竜や馬が平たくなっているので、その合間をドレスの裾をつまみ上げて歩く。

 これ、歩きにくい…。

 それを見たラプトルが、くるりと背を向けてお尻を落としてくれた。背中につけられた鞍に乗れ、ということのようだ。ラプトルの下敷きにされた人がむぎゅっ、という声を上げた。

 置いてきたルイが声なき声を上げたのがわかったので、私は振り返ってルイに向かって手を振ってみせ、ラプトルには私を乗せなくていいので歩くように告げた。すごく歩きづらいけど、これくらい一人で歩けないとね。

 後方でルイがあからさまにほっとしているのが、手にとるようにわかった。

 やがて見えてきたのは、いくつかのテント。そのうち一番大きなテントの傍にも、見張りの只人の兵たちが土下座していた。(続く)

第34話までお読みいただき、ありがとうございます。

子供の竜たちを見つけ出し助けてやることができるでしょうか。

また次のお話も読んでいただけましたら嬉しいです。

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