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第332話。己よりもはるかに小さな黒い竜に、繰り出す攻撃が何ひとつ効かないことに苛立つ、巨大な邪竜。彼は己が人間として産まれた頃のことを思い出す。とても貧しい産まれだったが、母親は…。

第332話です。

 建国祭に来ていた商人や芸人、吟遊詩人たちの中には、闇竜エレサーレの存在を知っている者もけっこういたのである。

 中にはほころびの邪気から闇竜エレサーレに救われたり、親しい者を救われた者もいた。

 そういった人々は、エレサーレが現れ、ほころびの瞳を閉じた時から応援していたし、エレサーレの小ささに邪竜に敵わないのでは?と疑念を持っていた人々も、エレサーレが邪竜に対して対等に戦うのを見て、声を上げ始めていた。

 人々の応援や熱狂は、マ・リエたちや邪竜とエレサーレにも伝わった。

「ルイ」

 マ・リエにそう声をかけられて、ルイは地上の人々をその背に守るように位置を変えた。邪竜の攻撃の矛先が、地上の人々に向いても守れるように。

 だが邪竜は、エレサーレの攻撃に対抗するのに精一杯で、地上の人々には見向きもしなかった。その声は聞こえていて、忌々しいと歯噛みはしていても、実際それどころではなかったのだ。

「ギュアアアアア…おのれ…おのれぇ…!」

 竜の鋭い聴力で、地上の人々のエレサーレに対する歓声や応援する声を拾っていた邪竜…皇帝は、悔しさと怒りに吠えた。

 何故、こんなにも思い通りにいかないのかと。

 聖銀竜の体を乗っ取り、アトラス帝国を邪気に沈め、いま歓声を上げて喜んでいる人々を邪気の中で苦しみにのたうち回らせ、悲鳴を上げさせるはずだったのに。

「それなのに…なぜ…何故だああ…!」

 皇帝は神金竜の眷属、神馬(しんめ)となったユニコーンの背に守られている、背に白い翼をもった少女を睨んだ。

 あの小娘のせいだ。

 あの娘さえいなければ、聖銀竜などたやすく乗っ取れたのだ。

 そう、この数百年というもの、彼の思い通りにならないことはなかった。

 皇帝となった後は、特に。

 これまでの記憶が、心を駆け抜けてゆく。




 数百年の昔、まだアトラス帝国に奴隷制度があった頃。

 彼は奴隷の子として産まれてきた。

 彼は王城の片隅…奴隷たちを集めている、馬小屋や家畜小屋よりもさらに荒れ果てた裏庭の奥で育った。そこは奴隷の中でも最低の身分の者が押し込められている、隙間風だらけのほったて小屋だった。

 父は誰なのかわからない。

 彼の母は特に美しいわけでもなく、何か優れた点があるわけでもなく、ただ王城の下働きをしているうちに、周りの男たちに弄ばれて彼を産んだのだ。

 彼を身ごもり、ろくに動けなくなった母はそれまでよりも最低の身分に落とされたが、子どもが産まれれば奴隷が増えると思われたのか、それなりの世話をされて子どもを無事に産んだ。

 男の子だった。

 その後母親は懸命に彼を育て、彼が物心つくころには、王城で出る廃棄物を王城の地下の洞窟の中の邪気溜まりに捨ててくるという仕事につかされた。

 数百年以上前のその頃から、アトラス帝国の城の塔の中にあるほころびの封印は緩み出していて、現在より規模も濃度も小さくはあったが、邪気溜まりができていたのだ。(続く)

第332話までお読みいただき、ありがとうございます。

邪竜となったアトラス帝国皇帝は、かつては貧しい産まれだったのですね。

また次のお話もお読みいただけたら嬉しいです。

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