第33話。アトラス帝国の皇子もその一軍も、水竜軍の砦から出てきた美しい少女の言葉にひれ伏す。
第33話です。
「皆さん、お待たせしました。私の作戦を聞いていただけますか?」
「マ・リエ、大丈夫だったか…って、え?」
「マ、マ・リエ殿」
何人かが声を上げる中で、ルイが呆然と呟いた。
「すごい…綺麗だ」
「本当?」
私の問いに、男性陣全員が目を見開いたままこっくりと頷く。
よし、これならイケる、大丈夫。
私は自信を深め、全員にナギと相談した作戦を話した。
「そのためには、敵勢の中央、できれば指揮官の近くまで私が行く必要があります。この砦には停戦の旗がありますよね?それを貸してください。ルイ、私を乗せて走ってくれる?あなたは目立つからお願いしたいの。でもとても危険な役目よ。どう?」
ルイは私を食い入るように見つめたまま、言われた瞬間にこくりと大きく頷いた。
「勿論だ、マ・リエ。お前のためなら…オレはどんなところでも一緒についていく。お前を乗せてどこまでも、どこだろうと走ると誓おう」
「ありがとう、ルイ」
「それではオレも」
「私どもも」
「ありがとうダグ。ありがとうございます、トリスラディ様。でもこれは大人数で行く方が危ないのです。私とルイで行かせてください」
「しかし危険です…やはりせめて護衛を」
「お願いです。私を信じてください」
すると砦の指揮官とトリスラディ様は顔を見合わせてため息をついた。
「確かに…先程の作戦ですと、あなたとルイ殿だけで向かわれたほうが良いかもしれません。途中で弓矢が飛んでくるやもしれず、ルイの脚が槍で切られるかもしれない。そのために停戦の旗を掲げて行かれるのですね」
「そうです」
砦の指揮官は頷いて、私に手を差し伸べてくれた。
「わかりました。あなたを信じましょう。この戦いを治め、我らが守護竜を取り戻してくださるというあなたを。どうぞ、停戦の旗をお持ちください。北側への湖の水は、我らが開きます」
「ありがとうございます。それではすぐにでも」
私が指揮官の手を握り返すと、ルイとタニアがおかしな声を上げて、二人してその手をふりほどきにかかったので、私は声を出して笑った。
少しだけ、緊張がほぐれた気がした。
◆ ◆ ◆
「おっ?湖の水が割れていくぞ」
水竜軍を蹴散らす帝国軍を眺めながらそう声を上げたのは、金色の鎧を纏ったアトラス帝国軍の第三皇子ガイアスだ。
彼は大きな旗をいくつも立てて幾重にも騎士たちが取り囲んだ戦陣の中央で、どっかりと椅子に座っていた。
「水竜の砦の扉が開いたようですね。誰かが出てきたようです。白い馬の周りだけ、水が避けています」
ガイアスに耳打ちするように説明したのは、帝国軍将軍ヴィレド。彼はガイアスの隣に立っていた。
「相変わらずけったいな仕掛けよな。まあ、こちらには水竜がいる。そいつらの子供がこちらの手にある限り、あの珍妙な仕掛けも意味がないさ」
「そうですね…ん?あれは…」
割れる湖から走り出てきたのは、純白のユニコーン。
戦場へ向かって走ってくるその姿が、段々とはっきり見えるようになって、ガイアスとヴィレドは目を見開いた。
純白のユニコーンの鞍上には白いドレスを着た小柄な美少女が、白と青の旗を持って乗っていたのだ。
ユニコーンが駆け抜けるのを見た兵士たちが、ほう…と思わず見とれるほど、その姿はまるで一枚の絵画のように美しかった。
ガイアスもごくり、と喉を鳴らす。
その少女の唇は開き、どうやらユニコーンの背で何やら歌詞のない歌を歌っているようだった。彼女が通った道の周りの、傷ついて地面に倒れたまだ息のある兵たちが金色に輝き、やがて立ち上がるのを見たガイアスは眉を潜めた。あれは、どういうことなのだろうと。
ヴィレドは少女を眩しそうに見つめて呟いた。
「あれは…癒しの魔法?持っているのは停戦の旗ですね」
「なんだと。今更…停戦など何の意味があるというのだ。我が軍が優勢なのだから、敵の話など聞かぬぞ」
「しかし皇子、停戦の旗には従わねばなりませぬ。一応、話は聞かなければ」
「チッ…面倒くさい。…おい、その者を通してやれ!」
ひときわ煌びやかで華やかな鎧をまとう二人の元へ、少女を乗せた純白のユニコーンはまっすぐにやって来る。鎧ばかりでなく周囲に立てられた旗からも、彼らが指揮官であるとわかったのだろう。特に皇子のほうときたら、全身金色で目立つことこの上ないのだから。
彼らの横には全身に隷属紋を打たれて竜の形すら歪み始めている二頭の竜が、彼らを守るように配置されていた。
敵陣に向かってまっすぐに走ってくる純白のユニコーン。しみひとつない薄い皮膚の下で筋肉が躍動し、額に円錐形から尖った先端に向けて長い角が、揺れる白い前髪の中で陽の光を受けて輝いている。
その鞍上で白と青の旗を掲げた少女は、白いドレスを身に纏い、薄い青いヴェールを青銀色の髪につけてなびかせていた。歌をやめて旗を握る細い腕には、薄手の白い生地が纏わりついている。広く開いた襟と幅の広い帯は深い青をしていて、ユニコーンも含めて白い色の中、目にも鮮やかなハイライトを添えていた。
帯の後ろはやはり青い大きなリボンが長くたなびいていて、首をアーチにして駆けるユニコーンの白い尾との対象が美しかった。
軍勢の中央付近にいる、アトラス帝国軍の皇子と将軍の元へと走ってくる彼女の持つ旗を見て、両軍は戦いを一時やめて道を開けた。
隷属紋を打たれた水竜二頭が無意識に攻撃しようとするのを押し留め、将軍は少女を迎え入れる。
「ユニコーンを出してくるとは珍しい。しかも白いユニコーンとは。さらに、旗を持っている者はまだ少女ではありませんか」
将軍ヴィレドの言葉に、椅子に座ったままの皇子ガイアスは少女を上から下までじろじろと見つめ、鼻を鳴らして下卑た笑いを吐きちらした。
「ほう、女を差し出して機嫌をとろうってか。竜どももなかなか気がきくな。これはなかなか美しい。治癒の力も持っているようだし、お前だったら首輪をつけて飼ってやってもいいぞ?」
周囲の只人の軍人たちも同じように笑いを漏らす。
すると将軍があわててたしなめた。
「皇子。彼女は使者ですから」
「だから、女を使者として寄越すとは気が利くと言っているのだ。ふふふ」
「まあそう仰らず…まずは話を聞こうではありませんか」
「女の言葉なぞ、聞く必要はない」
黄金の鎧を重そうに身に纏い、二頭の竜に守られた皇子は目を細めて馬鹿にしたように笑い、腕を組んでふんぞり返った。
自分たちが有利だと、確信しているのだ。
すると、白いユニコーンに乗った少女はふっと微笑んだ。化粧も相まってあでやかなその微笑は見た者の心を奪い、特に只人たちは皇子を含め誰もが言葉を失った。
そして少女はその紅をひいた唇から一声、柔らかくも高らかにある言葉を言い放った。女性の声と男性の声が混じったような不思議なトーンのその声は、彼女を中心として戦場一帯に響き渡った。
「控えよ」
「!」
「…ッ!」
ただのひと声もなく、馬や戦竜に乗っていない者たちは全員が地面に膝と手のひらをついた。騎乗していた者たちはその馬や亜竜までが地面に平たくなったため投げ出され、その場にうずくまるように土下座する。
それはアトラス帝国軍の皇子ガイアスも同様だった。さすがといおうか、将軍ヴィレドはかろうじて膝をつくに留まったが。
「神に守られし者の末裔とそれに仕える者よ、我が意に従え」
白いユニコーン、ルイが風魔法を使って遠くまでその声を飛ばしたせいもあるだろう。見る間に彼女を中心とした土下座の輪が広がっていった。
彼女…鞠絵は三度言葉を発する。
「我は神の力と魂を宿せし者。我が威に従え」
「はは…っ!」
合意する声が広くこだまし、結局将軍も水竜軍も含めて戦場にいた全員が、鞠絵に向かってザッと音をたてて土下座した。空を飛んでいた亜竜も地面に下りてきて平たくなり、騎手も言わずもがなだった。
「く…くそ、これは…一体、どういうこと、なんだ…」
「体が…言うことをきかん…!」
ガイアスとヴィレドが助けを求めて何とか見やった水竜二頭は、やはり鞠絵に向かって平たくなっていて、役にたたないとわかった。ガイアスはギリギリと歯を食いしばったが、不思議な力に支配された体はビクともしない。
この、アトラス帝国の第三皇子たる、自分が。
美しいがたかが小娘に膝をつくどころか土下座をしているなどと…なんという屈辱かと思うのに、こうして彼女に屈服することが当然だと思っている自分もいて、ガイアスは相反する心に焦燥した。
このまま、この娘に従ってしまいたい。
その気持ちは彼女の声を聞くほどに大きくなっていく。
さらりと衣擦れの音がして、少女がユニコーンから降りたことがわかった。
ガイアスは次に何が起こるのかと、緊張して土を指で握り締めた。ぱたぱたと、土の上に汗が滴り落ちた。(続く)
第33話までお読みいただき、ありがとうございます。
アトラス帝国軍を平伏させた鞠絵さん、次はどうするのでしょうか。
また次のお話も読んでいただけましたら嬉しいです。




