第303話。邪気のつぶてがマ・リエを襲い、少女は徐々に傷ついてゆく。それでも逃げることをせず、人々のために歌い続ける少女の姿は、人々の目を惹きつけて…。
第303話です。
大半の触手とつぶては、少女を取り巻く光の中に吸い込まれるように消えていったが、完全に消しきれなかったそれらが、少女の体をかすめていった。
そのたびに歌声が途切れ、人々は少女が傷ついたことを知るのだ。
その様子は黒鋼竜の結界の中にいる人々、帝都の中で未だ逃げ続けている人々だけでなく、遠方の人々からも見えていた。望遠鏡を持っていた軍の関係者や商人たち、あるいは魔力を瞳に宿して遠くを見ることができる者たちは、遠くの空の様子を見ては周りの者たちに何が起きているのかを話して聞かせ、彼らは一様にかたずをのんでその言葉に聞き入った。
「ああ…っ、聖銀様が、聖銀様が危ない…!」
「ええっ、どうにかならないの?」
「あんなデカいバケモノに、かなうはずなどないだろう!」
「あれは邪気なんだろう? 聖銀様が危険じゃないか!」
「ああ、聖銀様…」
結界内だけでなく、様子を聞かされているあちこちの人々は口々に話す。
誰が見ても、少女が邪気に勝てるとは到底思えず、彼女が有利であるようにも見えなかった。
人々はざわめく胸を言葉にして、やがてこう言い始めた。
「逃げて、聖銀様!」
「どうして聖銀様は、お逃げにならないの?」
「きっと、我々を救うことをあきらめないからだろう」
「あきらめない…」
「そうだ、我々もあきらめない…!」
「聖銀様、頑張って…!」
黒鋼竜の結界の中にいる人々は、空を見上げながら不安そうな声を出した。
「あれは邪気なんだろう? だとしたら、この壁は壊せないはずじゃないのか?」
その言葉に、人型をとって結界内にいた黒鋼竜の男が答える。
「いや、あれほどの力を持った存在ならば、いくらか手間取りはするだろうが、結界を壊せるだろう」
「えっ、ここも安全じゃないってことか?」
「…ああ。もし一か所でも結界の壁が破られれば、数頭の黒鋼竜で連結して張っている結界が、消えてしまう可能性がある」
それを聞いた人々はざわめきたち、中には悲鳴を上げる者もいた。
それはそうだろう。必死に逃げてきて、ようやく安全な場所に逃げ込めたと思っていたのだから。
黒鋼竜の男は続ける。
「だから、聖銀様はお逃げにならないのだろう。何故かはわからないが、あれは聖銀様にずっと執着している。だから聖銀様が逃げれば、彼女を追いかけて行く先々に邪気をまき散らすことになるだろう」
「………」
聖銀の娘から逃げない別の理由を知った結界内の人々は言葉を失い、互いに顔を見合わせる。
「我等のために…その御身を盾にされる、というのか…」
別の男も苦しそうに言う。
「邪気と虚無を、ここに留めるために…」
「ああ…聖銀様…」
どうか、御無事で。(続く)
第303話までお読みいただき、ありがとうございます。
マ・リエは戦い続けることができるのでしょうか。
また次のお話も読んでいただけましたら嬉しいです。




