第302話。とうとう戦いが始まった。空に浮かび、浄化のための歌を歌いながら邪竜と相対するマ・リエ。人々が見つめる中、マ・リエは不利に見えるが…。
第302話です。
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どす黒い邪気に染まった空の中に、一人の小さな少女が浮かんでいる。
少女は十字の形をした光の中心に浮いていて、両手を横に広げていた。
彼女の着ている白いドレスが光の中心ではためいて、細い体を際立たせている。
背中の中央まで伸びた淡い聖銀色の髪が、頭につけた透けるような長いヴェールと共に風に浮きあがり、頬をピンクに染めた白い顔を飾っていた。
少女の見開かれた瞳は鮮やかなローズクォーツ色に輝いていて、光の中でも一層きらめいていた。
十字の光の中心で歌い始めた少女の澄んだ声が、周囲に響き渡り始める。
「虚無よ 邪気よ 退きたまえ
蒼き空を取り戻し 澄んだ空気が戻ってくる
光り輝く空よ 胸いっぱいに吸い込む大気よ 踏みしめる大地よ
邪気を取り除き 清らかさを取り戻したまえ」
その歌声が響き渡るのを追いかけるように、十字の光はその強さを増し、広がっていった。
黒鋼竜の結界の中にいる人々も、遠くから空を見つめる人々も同様に息をのんで、邪気が浄化されるのを待った。
きっと、そうなると思っていた。
しかし、圧倒的な邪気と虚無の嵐に、光は広がる端からかき消されていくではないか。
「ああ…やはり、だめなのか」
人々はため息をついたが、少女の歌声はやまない。
暗闇の中の十字の光の中心にぽつりと浮いた小さな少女が、声をふりしぼるようにして歌っている。
人々はその様子に、次々と祈るように膝をつき、少しでも祈りが少女に届くよう願った。
懸命に歌う白いドレスの小さな少女に、多数の触手を振りかざして邪気のつぶてを放つ、漆黒に染まった巨大な邪竜が襲いかかっていく。
少女は触手をすり抜け、邪竜の放つつぶてをかいくぐりながら歌い続けた。
人々の希望を一身に背負って。
歌うことをやめなかった。
それはすでに詩のついた歌ではなく、メロディだけのスキャットや、ハミングだけのものになっていたが、それでも小さな体から神気の光を放ち続ける。
どす黒い邪気のつぶてをかわしながら、きらきら、きらきらと黒い空の中を輝きが速い動きで動いていく様は、まるで暗闇の中を高速で飛ぶホタルのようだった。
少女を中心に十字に伸びていた光は、今や彼女の周りをまるく取り巻くだけになっていて、ラララ、ラララ…と歌い続ける少女の光を、人々は祈りながら食いいるように見つめている。
どうか、どうか少女が勝ちますように。
けれど邪竜はあまりにも大きく、吐き出される邪気のつぶてはあまりにも多く、ぽつりと空に浮いた少女には、到底勝ち目はないように思われた。(続く)
第302話までお読みいただき、ありがとうございます。
とうとう邪竜との闘いが始まりました。
また次のお話も読んでいただけましたら嬉しいです。




