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第3話。異世界に来た鞠絵が初めて出会ったのはユニコーンの兄妹だった。彼らの困っていることを解決する方法とは!?

第3話です。

「キアの困ってることって、なんなの?」

 金色のたてがみを優しく梳いてやりながらそう問えば、キアと一緒に黙っていたケリーが、しばらくしてからぽつりと口を開いた。

「…ヒト型に、なれないことだよ」

 えっ?それって、困ること?

「そうなの?生まれつき?」

「いや…おれたちは普段ヒト型をしてるから、母さんがキアを産んだ時もヒト型で産んだんだ。だからキアはヒト型で産まれてきたんだけど…その後ユニコーンの姿になって、以来五歳の今までそのままだ」

「ヒト型になれないと困るの?このままでも、とても綺麗じゃない」

 しゃべれるんだし、困ることなんて何もないように感じるけど、違うのかな。

「おれたちは『混じりもの』だ。祖先のユニコーンがヒトと融合して生まれた生き物。両方の力を持ってることが誇りだ。それにウサギを追いかける時ならともかく、他の狩りの時は困る。畑仕事だってしなくちゃならないし。キアと同じくらいの歳の子供はもう親の手伝いをしてるっていうのに、キアはずっとユニコーンの姿でいるから、それができないんだ。小さい村だし…村の人たちは今はまだ冷たい目で見ないでいてくれるけど、これからもユニコーンの姿でしかいられないなら…どうなるかわからないんだ。もしかしたら村を…追い出されることになるかもしれない」

 ケリーの声が段々と濡れてきて、私は彼に目線を移した。ケリーの頬はびしょびしょに濡れていて、それをぬぐうこともせずに彼は綺麗な花の咲く草原をただ、見つめていた。

「キアは…おれの妹だ。たった一人の…大事な妹。守ってやりたい。でもおれの力じゃ…どうしてやることもできない。村の誰も、キアをヒト型にしてやることはできない。ずっとユニコーンの姿のままでもおれの気持ちは変わらないけど…妹がヒト型になったらどんなに綺麗かなって思うことはある」

 そうだったんだ。

 その気持ちはわかるよ、ケリー。

 だってこんなに美しい尾花栗毛なんだもんね。目だって空みたいなブルーだし。

 きっときっと、とても可愛いよね。

 それに村で暮らすのに、人間の姿をしていないと不便なことがあるんだね。村を追い出されるんじゃないかって怯えて暮らすのは可哀想だなあ。

 私も十年の間、仕事をしながらお母さんの病院に通い詰めていた頃、時々お母さんの容体が悪くて仕事を急に休ませてもらうことがあった。

 パン屋さんも居酒屋さんも、どちらの店主さんも優しくて、いいよなんとかするよって言ってくれたけど、数日続くとちょっと困るんだよね、と言われたことがあって。

 それにお母さんの容体が悪くなるたび、私は世界で独りぼっちになっちゃうって恐怖がいつもあった。

 だからわかるよ。

 自分の居場所がなくなっちゃう恐怖が。

 キア。

 この世界にやってきて初めて、私を見つけてくれた子。

 他人どころか、他の種族の涙をぬぐってくれる優しい子。

 きっとこの子にはわかってる。自分のせいで家族が村の人々からどう思われているかも、家族がそれを隠して自分に笑いかけてくれてるんだってことも。

 この子を、ヒト型にしてあげたいなあ。

 ふと生まれたその想いは私の胸の中いっぱいに膨れ上がって苦しいくらいになった。喉を通って自然に声が出て、ケリーもキアも私を見上げた。

『歌え、マ・リエ』

 私の中で、眠りについたナギの力の一部がそう叫んでいる。

『この子を救いたいならば、歌え』と。

「…おお 神よ」

 歌詞もメロディーも勝手についてきて、私は瞳を閉じ喉を開いて、キアを撫でながら心をこめて歌い始めた。

「この子がヒトの姿になるならば

 どれほど愛らしいことでしょう

 どれほど優しいことでしょう

 家族を愛し 他人を愛し

 多くのひとを救うことでしょう

 おお 我が内なる大いなる力よ

 角持つ神聖なるいきものに どうかその慈悲を

 本来の姿 取り戻すため

 その力を私にお貸しください」

「キ、キア?キアが光ってる…!」

 夢中で歌っていた私は、ケリーの驚き声にはっと気づいて、無意識に撫でていたキアを見下ろした。その間も私の口は勝手に動いて、歌を綴り続けていたけれど。

 私の歌が終わると同時に、キアの全身を覆った金色の輝きも治まっていった。

 するとどうだろう。私が撫でていたはずのキアのタテガミは、幼い少女の髪の毛になっていたのだ。

 それは、キアのタテガミと同じ、麦穂のような黄金色をしていた。

「キ…ア、…お前、…ヒトの…姿に」

 ほ、ほんとだ!可愛い女の子になってる!思っていた通り、輝く金髪とほんのりと小麦色ののった肌、この空よりも真っ青な瞳。

 まだ五歳っていってたけど、とんでもない美少女じゃない?この子?

 だって瞳を縁取る睫毛だって、優しいラインを描く眉毛だって、そして絶対産毛だって、全部金色をしてるんだよ?すごいよ。

 そして何より私をきょとんと見上げるキアの顔立ちの可愛らしさといったら!

 村一番の美少女なんじゃないかしら。

 私を綺麗なお姉ちゃんなんて呼んでる場合じゃない。

 そしてその姿に見合った可愛らしい声が、私を呼んだ。

「おねえちゃん」

 いやーん、私一人っ子だったから、兄弟ってずっと欲しかったのよね。

 ケリーはおねえちゃんて呼んでくれなかったし、こんな可愛らしいちっちゃい女の子に見上げられておねえちゃんなんて呼ばれちゃった日には…もう…もう…身悶えするしかない!

「キっキア、おまえ素っ裸じゃないか…なんで服…あっそうか、乳離れする頃に湯あみさせてたらユニコーンの姿になっちゃったから、何も着てないんだ…じゃあおれの服、着てろよ」

 ケリーが着ていた服は生成りの上下で、ウエストを紐で留めてある簡素なものだった。彼はその紐をしゅるりとほどいて、長袖のゆったりしたシャツ?になるのかな?それの裾を掴んでよいしょ、と首の上までたくし上げる。

 十歳くらいだし上半身だけとはいえ、初めて見る男の子の裸に私はあわてて目を逸らした。

 確かにキアをすっぽんぽんのままにしておくわけにはいかないものね。私が何か上着でも羽織っていれば良かったんだけど…あいにくとこのワンピースと下着しか着てないし。男の子なら、上を脱いでも少し肌寒いくらいですむもんね。

 十歳の男の子ケリーにすらゆったりだったシャツは、五歳の女の子キアが着るとダボダボで、長さも十分あった。膝上くらいまでありそうだから、これで村まで帰っても安心ね。

 座ったままのキアの頭からシャツを被せてやったケリーは、細い腰に紐をまきつけてきゅっと縛ってやった。

「ありがと、おにいちゃん」

「いいよ。おれは上は裸のままでも大丈夫だし」

「そういえばケリー、なんでキアが服を着てないのかって言ってたよね。普通ヒト型から動物の姿になる時って、服を脱いで裸になるとかじゃないの?服着たままヒト型になったり動物型になったりできるの?」

「そうだよ?おれたちが姿を変えるのは、この世界のマナを少し借りて魔法で変わるんだ。その時着てるものだって一緒に変化するんだから、また元に戻ったら前に着てたものごと戻るってことだよ」

 な、なるほど?魔法…ドラゴンやユニコーンのいるこの世界には、やっぱり魔法が存在するのね。

 だったら私もその…ちょっとは使えたりするのかな魔法…ぜひ使ってみたいんですけど…。

 でも変身する時に服をいちいち脱がなくていいのは助かるよね。大変だもんね。

 うんうんと納得かつこの世界の魔法とやらに感心していると、座り込んだままのキアが私のワンピースをつまんでくいくい、と引っ張ってきた。

「ねえマ・リエおねえちゃん、あたしたちの村に来て」

「え?あなたたちの、村に?」

「…そうだな。マ・リエはおれたちの…キアの恩人だし、どこから来たのかもどこに行けばいいのかもわからなくて困ってるんだろ?だったらとりあえずウチに来ればいいよ。父さんと母さんも訳を話せば受け入れてくれると思うし」

「それは助かるわ。でも本当にいいの?」

 お言葉に甘えてユニコーンの村に行くことができれば、少なくとも一人ぼっちで草原で夜を迎える、なんてことにならなくて済むけれど。

「いいよ。行こう。おれおなかすいてきたし」

「あたしも!」

 嬉しそうな声を出したキアが立ち上がろうとしたので、私は彼女に手を貸してあげようとしたのだけど、キアはすぐにぺしゃん、と草の上に座り込んでしまった。

「きゃっ」

「キア、大丈夫?」

「ヒト型になったばかりだから、まだ二本足で立ち上がれないんだな。赤ん坊の頃からずっと四本足だったからなあ…キア、おれがやるみたいに真似してみろよ」

「う、うん、わかった」

「私が手を握っててあげるね。私の手に体重かけていいから」

「ありがと、マ・リエおねえちゃん」

 まずは膝立ちになるところから始めて、両手で私の両手を掴んだキアの後ろからケリーが抱きかかえて支えて、ぷるぷるするキアの両足の裏が草の上に立つまで何度も何度も膝をつきながら頑張った。

 これが…産まれたての小鹿みたい、っていうやつかな。

 どのくらい三人で頑張っていただろう。体感だけど、三十分くらいはかかった気がする。

 ようやく二本足で立ち上がったキアが、後ろからぎゅっと抱き締めて支えているケリーに「もう大丈夫」と笑った。汗だくになって息を切らしていたけれど、その顔は満足そうだった。

「キア」

「大丈夫。ほら見て、あたし二本足で立ってる!こんなの産まれて初めて!ユニコーンの姿の時よりちょっと低い感じだけど、足の裏が気持ちいい。両手が自由に使えるのって、いいね!」

「やっと立てるようになったばかりだから、村まで歩いて帰るのは無理だな」

「えっあたしできるもん!おねえちゃんたちに捕まってれば、行けるもん!」

「ダメだ、ちゃんと訓練してからでないと。靴もないし、長く歩くと今まで歩いたことがない足の裏が傷ついちゃうかもしれない。いいからおれの上に乗れよ」

 そう言ったケリーがキアから手を離すと、彼女はぐらりとよろめいて私に抱き着いてようやく立った。確かにこれじゃあ、どこにあるか知らないけど村まで歩いてなんて無理そうだ。

 ケリーは私の目の前で、ズボンと靴を履いたままでユニコーンの姿に変化した。それにはやはり魔法の力が働いているのだろう。その姿は、キアみたいに尾花栗毛じゃなくて、彼女より少し色味の濃くて大きい栗毛の仔馬だった。

 確かに、彼の髪の毛と同じ毛色だ。 

「おれまだ小さいけど、キアくらいなら乗せられる。ほら、乗れよ。マ・リエ、手伝ってやってくれ」

「わかった」

 足と同じようにまだ手を使う、ということも不慣れなキアを手伝って、ようやくケリーの上に跨らせる頃には、私も汗ばんでいた。

「ありがとう。じゃあ行こうか」

「うん」

 そうして私たちは、草原を超えて森の近くのユニコーンの村まで歩いて戻ったのだ。(続く)

第3話までお読みいただき、ありがとうございます。

ユニコーンの兄妹を救った鞠絵さん、次はいよいよユニコーンの村へ向かいます。

そこで鞠絵さんを待ち受けることとは…。

次回の更新もまたよろしくお願いします。

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