第294話。人々が混乱から立ち直るのを見て、ほっとするマ・リエ。目前の邪気にまみれた巨大な竜の中の哀れな状態の魂を見て、彼女にはその竜に心当たりがあるという。それは…。
第294話です。
◆ ◆ ◆
「皆さん、落ち着いたみたいね。良かったわ…」
私、マ・リエは、人々が混乱から立ち直るのを見てほっと胸を撫で下ろした。
私の声が皆さんに届いてくれて良かった。
必死に呼びかけてみたけれど、ナギの魔力を声に乗せていたから、大勢の方々に届いたみたい。
拡声器みたいでちょっと便利よね。
城の上空に羽を広げている巨竜と、黒鋼竜たちが張っている結界との間にとっさに入り込んで立ち塞がったはいいけれど、今になって目の前の竜に対して恐怖がこみ上げてきた。
あの竜は、虚無と邪気のかたまりといっていい存在だ。
エレサーレも邪気を抱えてはいたけれど、まだ竜として、生物としての理性を持っていた。
けれど、あれは違う。
あの竜からは、何の生き物の心も感じられず、ただ悪意と憎悪しか伝わってはこない。
私の中の聖銀竜、ナギが震える声で呟く。
『なんと、おそろしい存在だ…。本来、邪気や虚無には意思がない。そもそも生物はそれらの中には存在しないはずだ。それなのに…あれは一体、何なのだ?』
そう、邪気や虚無の中には、どんな生命も存在などしない。
虚無とは生命を刈り取り、無に返すもののはずだ。
それなのに、あの竜は何だろう?
胸がドキドキする。速い鼓動を少しでも押さえようと、私はぎゅっと己の胸の上で拳を握りしめた。
「でも…私には、あの竜に心当たりがあるの」
『なんだと?』
聞き返すナギに、私は答えた。
「炎竜よ。あそこにあるのは、炎竜の体なんだわ」
ナギが息をのんだのがわかった。
『炎竜の体だと? …一体、どういうことなのだマ・リエ』
驚いて聞き返してきたナギに、私はできるだけ落ち着こうと試みながら、己の考えを彼に話してみた。
「わかるの…私がこの世界に来てから、一番多くの数を見たのは炎竜たちよ。お風呂にだって、一緒に入ったのだし。だから、魔力や気配がわかるの」
私は顔を上げ、邪気にまみれた巨大な竜をキッと見つめた。
「あれは炎竜よ。それも…たぶん、ルイたちが言っていた、邪気の中に沈められていたっていう炎竜の子どもなんだわ」
カッ、と私の中のナギが怒りに染まるのが感じられた。
そうよね。
あんなひどい状態になっているものが、たとえ竜とはいえ子どもの体を使っているだなんて。
とても許されることじゃないわよね。
『あの邪気の塊が、炎竜の子だと…?』
「ええ、おそらく」
『そん…な。いくら真竜といえど、あの邪気に耐えられるというのか。いや…それ以前に、あの内なる魂からあふれる邪気が炎竜の…それも子どものものとは、とても思えないぞ』
ええ、そうね。
でも。(続く)
第294話までお読みいただき、ありがとうございます。
ナギの問いに、マ・リエはどう答えるのでしょうか。
また次のお話も読んでいただけましたら嬉しいです。




