第290話。アトラス帝国皇帝の使い魔から、ヴァレリアが読み取る皇帝が経験してきたことのイメージの内容とは。そして使い魔を使って語られる、皇帝の本当の目的とは何なのか。
第290話です。
ボロ布をまとった少年が、うずくまり泣いている。彼は骨と皮ばかりになり、泣くことすらも辛そうだ。
少年の体の上には、姿がぼやけてはっきりしない女が覆い被さっている。彼女は少年を殴りつける男たちから、彼を守っているようだった。
その映像は過ぎ去り、別の映像が始まる。
荷車に積み込まれたゴミの山から、食べられそうなものをあさる女と少年の姿が映った。しかし女の顔は、ペンで乱雑に塗りつぶされたかのように消されていて、その風貌はわからない。
少年を抱き締める女の体は切ないほどにやせて、腕も折れそうなほど細い。
彼女はきっと、少年の母親なのだろう。
けれどそれならば、何故その顔はイメージの中で塗りつぶされているのだろうか。
やがて映像の中で、母親の姿は見えなくなった。少年は殴られ、蹴られながらも成長していき、少し大きくなった彼が歯をくいしばりながら荷車を引いて、どこかへ行く映像が流れた。
最後に見えた映像は、地に額をこすりつけるようにした少年が、両手を頭の上に組んで祈るように土下座している姿だった。
彼は傷つき血まみれになっていて、彼の周囲には同じような姿の男女が倒れ息絶えていた。
少年の前に、身なりがよく明らかに貴族と思われる、年齢も様々な男たちがいやな笑みを浮かべながら、血にまみれた剣を握っている。
その男たちの前で、少年は命乞いをしているのだ。
少年と同じ年頃の貴族の少年が剣を振り下ろしたところで、映像はブツッと途切れた。
「………」
ヴァレリアは、痛ましげに細い眉を寄せた。
「体を乗り換えて生き残る能力に気づいたのは、殺されたときだった。死にたくない、死にたくない、このオレに剣を向けている、一番地位が高いガキに乗り移れば、オレは生きていられる。だからオレを殺したガキに乗り移って、オレを殺した奴らと、関わった連中を全てこの手で殺した。そしてそのガキに成り代わって生きた。だが、気が済まぬ。奴らがあんなことをしなければ、オレはただ生きて死んだはずなのに。こんな力などに気づかずに、一生を終えたはずなのに。オレをこんな化け物にしたのは、オレを殺した奴らと、その奴らを生んだこの国だ」
憎い、憎い、と使い魔は目を爛々と輝かせて叫んだ。
「体を乗り換えて地位を上り詰めても、身分をかまわずいたぶってやっても…満たされぬ。オレがこんなに苦しいのは、この国のせいなのだ。ヴァレリアよ…貴様の血を引いた奴らの作った、この国なのだ! こんな国など、なくなればいい! そう思って今まで、ずっとこの機会をうかがい続けてきた」
「それは…」
話そうとするヴァレリアを遮って、使い魔はわめき続けた。
「戦や災害などでは、生き残る者もおるだろう。だからこそ、虚無と邪気に沈めてやるのだ! そしてオレは聖銀竜の体を奪って、この国の人間が苦しむのを見届けてやる。邪気をはらって欲しくてすがってくる人間どもを、邪気の中に蹴落として笑ってやるのだ! 笑いながらオレを殺した奴らのように、嘲笑ってやるのだ! 貴様は何もできぬまま、全てを見届けるがいい。命を救う神竜が、何もできずに命が消えてゆくのをただ見ているがいい!」
そして使い魔は絶叫した。
「ざまぁみろ!」
その一言を残して、使い魔はバラバラに砕け散った。
それを見たヴァレリアは、柳眉をひそめてつぶやいた。(続く)
第290話までお読みいただき、ありがとうございます。
使い魔の話を聞いたヴァレリアは、何を話すのでしょうか。
また次のお話も読んでいただけましたら嬉しいです。




