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第29話。只人たちが攻めてきたという情報が入り、パーティーは中止に。只人の帝国を裏切ったカルロスが連れてきた水竜レイアの隷属紋を、鞠絵は祓ってやれるのか?

第29話です。

「ハンナ殿、マ・リエ殿、パーティーは中止です。大変なことが起きました」

「えっ?どうしたのですか?」

 ハンナ様の表情が一転して厳しくなる。さすがは領主様の奥方、切り替えが早い。

 硬い表情をしたフィルから告げられたことに、私も皆も固まった。

「只人が攻めてきたとのことです」

「なんですって!?」

「詳しいことは、トリスラディ様のところにて…マ・リエ殿、今宵予定していたパーティーは残念ですが、急ぎお帰りの支度を。この首都サンガルにも危険が迫るやもしれません。サンガルが敗れるとは思いませんが、ユニコーンの村ならばここからはまだ離れておりますゆえ、危険は少ないでしょう」

 私は咄嗟に叫んでいた。

「いえ、私にもお話を聞かせてください!」

「えっ?」

「私にも、何かできることがあるかもしれません。皆は早く帰って…」

 するとタニアもユニコーンたちも首を一様に横に振り、一斉に私に詰め寄ってきた。

「姫様、そんなこと言わないでください」

「オレはどんな危険なところでも、お前と共にあってお前を守る」

「オレだってそうだ」

「私だって、マ・リエと一緒に行くわ!」

「皆…」

 私はじんわりと感動してしまって、目が熱くなってきたけれど、そうだ、そんな場合じゃないんだ。

「わかったわ。それじゃあ皆で行きましょう。いいですよねハンナ様?」

「そうですね…危険をご承知と言われるのなら、私に止めるつもりはありません。どうぞ、ご一緒いたしましょう」

「ハンナ様!?」

「フィル、女がこうと決めたなら、何と言おうと聞かないものですよ」

 たおやかな御姿ににっこりと笑顔を浮かべて、ハンナ様は私たちを手招いてくれた。

「はあ…仕方がありませんね。…まあ…話を聞いてからでもお帰りの支度は間に合うかもですし…」

 フィルに案内されて向かった先は、執務室ではなくもっと広い部屋だった。そこにはトリスラディ様にセレスト様、それに見知らぬ女性と男性が一人ずついて、女性のほうはひどく辛そうな感じでソファに座っていた。

「来たかハンナ、フィル…と、マ・リエ殿!?ユニコーンの村にお帰りになるのでは!?」

 トリスラディ様が私を見て驚きの声をあげる。私はいいえ、と首を振り、話を共に聞かせて欲しいと頼んだ。

「うーむ…まあ…他ならぬマ・リエ殿の頼みでは。致し方ありませぬな。こちらは水竜のレイア。ここより北の水竜の領域を護っていた夫婦の水竜のうち、奥方の妹殿だ。その領域より更に北に、只人の帝国がある。今回は北から攻め込まれた形だ」

「レイア…です。初め…まして」

 レイアがそう頭を下げると、続いて彼女の座るソファの横に立っていた、軍人らしい人がやはり頭を下げながら手を胸に当てた。

 え、この人の魔力って…。

「私はカルロス・ロッドと申します。亜竜…ワイバーンに乗る竜騎士、只人の国、アトラス帝国の軍人でございます」

 やっぱり只人だった。でも何故こんなところに?

「カルロス殿は乳母君が雷虎なので、混じりものに理解があるのですよ。カルロス殿、レイア殿、こちらは私の伴侶のハンナと従者のフィル、それからお客人のマ・リエ殿とそのご一行です」

 トリスラディ様が私たちを二人に紹介してくれたので、私はひとつお辞儀をした。

「カルロス殿、先日雷虎の村が病に侵された折、マ・リエ殿がその御力で病魔を祓ってくださったのです」

「えっ?」

 金髪碧眼のがっちりした男性は、顔を上げて驚いたように目を見開き、上から下までまじまじと私を見つめた。その姿はボロボロで、あちこちが傷ついているようだった。

 いや、それより、何故只人の帝国の軍人が今ここにいるかってことなんだけど…。

 その説明は、カルロス自身がしてくれた。

「そうだったのですか…ありがとうございます。私は帝国の皇族の一人でしたが、母が愛人であったため疎まれ、しかも母の乳が出なかったために、当時母の侍女で子供を産んだばかりの雷虎の乳母がついたのです。ですから混じりものの方たちには好意も恩義もあります。サンガルには冒険者と偽り出入りしておりまして、トリスラディ殿には只人の帝国の情報を時折流しておりました」

 カルロスの話によると、水竜との混じりものだというレイアは水竜の領域に攻め込んできた只人たちの軍に捕らえられ、魔法で隷属紋を打たれて鎖に繋がれていたが、只人たちのやり方に常々疑問と不満を抱いてきたカルロスが今回の攻め方を不服とし、レイアの鎖をほどいて一緒に逃げてきたのだと言う。

 真竜たる水竜には隷属紋は効かない。だが今回はなんと、どうやってか虚無の魔力の混じった力によって打たれたため、体に隷属紋が滲み通ってしまったのだと、カルロスは話した。

「これが…そうです」

 そう言ってレイアが胸元をはだけると、その胸にはくっきりと丸く、大きな隷属紋が刻まれていた。それは暗い紫色に発光し、薄い煙と共に彼女の肌を焼いているようだった。

 女性の胸に…なんて…ひどい。

 レイアは全身に汗をかき、呼吸も荒く、カルロスに支えられてやっと立っていたらしかった。今はソファに座らされてはいるが、辛そうなのには変わりない。

「この隷属紋は逆らおうとさえしなければ辛くはないのです。でも私は今もずっと、命令に逆らっていますから…」

「命令?」

「鎖を解くな、逃げるな…奴隷であれ、といった…命令です」

「私のワイバーンに乗せてやっとここまでたどり着いたのです。あいつも随分頑張ってくれました。外で休んでおりますが…。レイア殿はとても歩ける状態ではありませんでした。この部屋までも、私が抱えてきたほどです」

 カルロスが眉を潜め、怒りをこらえるような表情でそう説明する。

「ずっと帝国のやり方には不満があったのです…でも私にはもう耐えられない。私は帝国を出る」

「それならばあなたの身柄はこのサンガルにてお預かりいたしましょう。これまで情報を流してくれた恩義もある」

「それは助かります、ありがとうございますトリスラディ殿」

 カルロスが頭を下げる。そんな彼も傷だらけで、ここまで来るのがどれほど大変だったかが知れた。

 ソファにぐったりとその身を投げ出したレイアが、トリスラディ様に震える手を伸ばす。

「トリスラディ様…お願い…お願いです。姉と義兄を…そしてその子供たちをお救いください。姉と義兄は子供二人を捕らえられて、更に目の前で子供たちを痛めつけられて…その暴行をやめさせるために、只人たちの言うことを聞いているのです。言うことを聞いたら痛めつけるのをやめると言ったから…ああ、お願いです、子供たちは卵から孵ってまだ十年ほどしかたっていないのに。あんな…幼い子を…ああ…」

 私は手で顔を覆って泣き出したレイアに問いかけた。

 自分の声が震えるのを感じながら。

「その…捕らえられたという水竜の子供たちは、ヒト型になったら何歳くらいなんですか…?」

 レイアは泣きながら顔を上げ、その水色の瞳で私を見て、ごくっと唾を飲み込むと震えながら言った。

「ヒト型の姿で言えば…姪は三歳です…甥は…二歳です…」

「それって…!」

「なんだと」

「そんな…」

「ひどい…!」

 私の背後でタニアとユニコーンたちが口々に声を上げた。

 幼い子供たちになんて惨い仕打ちを。親から引き離されるだけでも辛い年頃だというのに、暴力まで振るったというの。

 元々私だって前の世界では只人だったけれど、こんな所業は許せない。

 拳を血が出そうなくらい握り締めた私は、レイアが泣きながらまたソファにうずくまるのを見て、その傍に歩み寄った。

 とりあえず、この人を放ってはおけない。只人ながらレイアを助けてくれたカルロスの怪我も。

「レイアさん、お辛いでしょうが隷属紋をもう一度、見せてください」

 できるだけ優しい声でそう頼んでみると、レイアは私を見上げて頷き、苦しそうにまた胸の前を開いてくれた。

 間近でその紋章を見た瞬間に、私の中のナギがごそり、と動くのを感じた。そうよね、これは虚無の混じった魔力によるもの。ナギが封じるというほころびからあふれ出てくるはずのもの。

 それを感知したのだろう。

 私の頭の中に、ナギの低い声が響いてきた。

『虚無の混じった魔力による隷属紋は、魂を削り命を歪める。我のいた時代では、その魔力を邪気と呼んでいた』

 えっあなた、ここが自分のいた時代から一万年たってるって知っていたの?

『いいや。だが我は眠っていても、そなたの見聞きしたことは伝わってきていた。だからもう知っている』

 そうなんだ。じゃあ私の歌も伝わっていたかしら。

『ああ。そなたの歌は心地よい…我の傷をも癒してくれる。この分では随分と早く、我は目覚めることができるやもしれん』

 この人…レイアの辛さを、取り除いてあげられる?

『無論だ。我の力と、そなたの癒しの力をもってすれば簡単なこと』

 やっぱり、歌で癒してあげられていたのは私自身の力なのね?

『そうだ。我には癒しの力はない。それはそなた自身の力だ、マ・リエ。自分に自信を持て。そなたは命を癒すという素晴らしい力を持っているのだ』

 うん。ありがとう。それじゃあ歌います。

 私はレイアの隷属紋に手を伸ばした。彼女があ、と声を上げ、誰もが私を止めようとしたが、私は構わなかった。

 誰かに…特に一番手前にいたカルロスが私を止める前に、右手の指先で紋に触れる。途端に邪気がじわっと私の中に入ってきて、ナギのローズクォーツ色の瞳がカッと開いたのがわかった。

「アー…」

 まるで発声練習のように、意識せず声が出る。それにナギのオー、というような低い声が重なった。

「アアア…麗しき 水の竜 その肌を焼く 紋章よ」

 呼応するように隷属紋がぱあっと光って、レイアの大きな水色の瞳が更に見開かれる。

「竜を苦しめしその呪いごと この者から去れ

 ほどけて 崩れて 粉のようにさらさらと

 身の外からも 内からも 全て消えうせよ…!」

 パン!と。

 レイアの胸元で、何かが弾けるような音がした。

 弾け飛んだのは、私の声と共に光を発していた隷属紋だった。(続く)

第29話までお読みいただき、ありがとうございます。

只人の帝国が攻めてきましたが、今後の鞠絵さんの行動やいかに。

また次のお話も読んでいただけましたら嬉しいです。

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