第28話。領主の奥方ハンナと一緒に、パーティーに着ていくドレスを選ばされる鞠絵だが…。サラとタニアは大騒ぎ。
第28話です。
その翌日、今日はさすがに街を歩くのも疲れたので、各自の部屋で休むことにしたのだが、まだ午前中のうちに私だけでなく皆に呼びだしがかかった。
呼びだしたのはトリスラディ様の奥方、ハンナ様だ。
「今宵ささやかながらパーティーを開こうと思いますの。皆さまに服を見繕っていただけたらと思いまして」
案内された先は広いドレスルームで、男女それぞれの小洒落た服がハンガーにかけられ並べられていた。ドレスもけっこうな数がある。
「男性用はそちらです。サイズもありますから、ダグ様もルイ様もお好きなものをお選びくださいね。フィルがご案内いたします。女性はこちら。マ・リエ様は小柄でいらっしゃるから、この辺りでしょうか。どれがよろしいかしら?」
すると私が口を開くより早く、サラとタニアが服に駆け寄って口々に叫んだ。
「これ!マ・リエにはこれがいいわ!」
「何を言うんです!姫様にはこっち!この可憐な感じがいいんです!」
「違うわよ、小柄だからこそ大人っぽい感じがいいんじゃない!」
「とんでもない、姫様は絶対に絶対に、こっち!です!」
ああでもない、こうでもないと服を選んでは、私をそっちのけに火花を散らしている二人に触れないように、私はすすす、とその場を離れようとしたの、だけど。
「ねっマ・リエ!これなんてどう?」
「姫様!こっちが素敵ですよ!お似合いだと思います!」
まるで示し合わせたかのように二人してこっちに話を振られたものだから、私は引き攣った笑いをしながら後ずさった。
「え、ええと…それはどちらも私には派手なような…」
「そんなことないです!ねえサラ?」
「そうよ、じゃあこっちはどう?」
おかしな所で協力態勢にならないで、二人とも。
サラが走ってきて私の腕を引っ張り、ドレス選びに参加させようとするのをどうにか防ごうと、私はちらりと目の端にとまった白いドレスに飛びついた。
「わ、私、これがいいと思う」
「えー、白?」
「姫様は青が似合うと思いますのに…」
「で、でもほら、襟とウエストはブルーだし。ね?」
「そうですか?」
タニアがそのドレスを衣紋掛けごと持ちだすと、腰までありそうな半透明の薄い水色のヴェールがついていることがわかった。ピンで留めて後頭部に流すタイプのヴェールには、ピンクの花の髪飾りまで付属している。この細くて青い紐は首に巻くものだろうか。真ん中にやはりピンクの小さな宝石のような装飾がついている。
両肩に引っ掛けるように着るものなのだろう、大きな襟はその紐と同じブルーで、ベルベットのように艶やかな色合いと手触りだった。ウエスト部分には幅の広いベルトとなる布が、襟と同じ素材でできていて、後ろで大きなリボンとなっていた。
こ…これ…もしかしてけっこう派手だった?ヴェールついてるし、リボン大きいし…。
「まあ、確かに姫様に似合いそうな色合いのドレスですね!襟もウエストも青だし!」
「そうね、着てみてマ・リエ!」
「え、ちょ、ちょっと」
「そうですわね。あちらの衝立の向こうで着替えられますから」
「え、でも私、ドレスなんて着たことがなくて…」
そう慌てると、ささっと私の周囲に二人の女性がやってきて、ドレスを持って私を促した。
「私たちがお手伝いいたしますので、大丈夫です」
「どうぞこちらへ」
今まで着ていた服も裾が長くてくるぶしの上十センチくらいまであったけど、このドレスはそれより長くてちょうどくるぶしの上くらいまであった。しっかりした白い生地の上に薄い白い生地が被さっていて、二重になっている。そんなところは私が前の世界から着てきた服にちょっと似ているな、と思った。
上に被さった薄手の布は、ウエストから左右に分かれていて、裾は十五センチほど短くなっている。
やはり真っ白な薄手の袖は腕の下四十センチくらいはあるだろうか。手首と肘の中間くらいまであって、袖口は大きく開いている。こちらは二重にはなっていなくて、薄手の布は肩下で切れる形のデザインだ。
「このドレスですとヴェールと髪飾りがついていますから、髪は少し上げたほうがいいですね」
「まあ、なんとお美しい髪でしょう…青銀色だなんて珍しい。髪質もふわふわで羨ましいですわ」
い、いえ、そんなことは。色から聖銀だとばれるのではないかと少しヒヤヒヤしたが、ドレスの着付けを手伝ってくれている人たちは全く気づくことなく、手早く私の髪を梳いてくれた。
「少し編みこんで、アップにしましょうね。左耳の上に髪飾りがくるようにするといいです。瞳が薄いローズ色ですから、こちらの首飾りがお似合いかと」
「セットになっているこちらのブレスレットとイヤリングも。いずれも銀色の台にローズ石がはめ込まれておりますから」
靴はやはり白に青い模様が入ったもので、穿いてみたらぴったりだった。
そうして全身飾りたてられ、衝立の裏から出てみると、ダグとルイの口が見事に同時にぱっかりと開いた。
え、なに、そんなに変かな?そりゃ、ドレスなんて産まれて初めて着るし、私にそんなものが似合わないのはわかってるけど。
でも十八歳からお母さんの介護で手いっぱいで成人式さえやっていないから、飾りたてた私を一目でいいからお母さんに見せてあげたかったな、っていうのも素直な気持ちだったので、私は正直ちょっとがっかりしてしょんぼりと下を向いた。
「すごい!綺麗です姫様!」
「素敵よマ・リエ!」
タニアとサラが口々に誉めてくれたけど、男性陣の受けが悪いんじゃねえ…。
するとダグは慌てて両手を振って、いや、とかその、とか曖昧な言葉を出した。その隣で、ルイはぱっかりと開いた口をただひくひくさせている。
「きっ綺麗だマ・リエ!本当だ!あまりにお前が見違えたものだから…いや、普段からお前は綺麗だが!なっルイ!」
ダグがルイを肘で小突く。
「…あ、ああ…」
もにょもにょ、と馬型の時のように口を動かすばかりでこれといった言葉を発さないルイに、タニアが唇を尖らせる。
「何よ!姫様があまりにお美しいからって何も言えないなんてダッサ!ダサイ馬!ほんっとこんな時役にたたない駄馬どもね、特にルイ!あんたなんて色の抜けた駄馬じゃない!」
タ、タニア、そこまで言わなくても。
「何か言いなさいよ、お世辞じゃなくて真実を!ほら!」
ルイはまるで彫像のように私を見つめて固まっていたが、タニアに促されてやっと数回瞬きをし、ごくり、と喉を鳴らして、もごもごしていた唇から言葉を押し出した。
「きっ…きれいだ、マ・リエ。本当だ。本当に、すごい…きれいだ…」
ルイ、瞳孔が開いちゃってるけど。大丈夫?
その横で気を取り直したらしいダグが、やっと素直に誉めてくれた。
「マ・リエ、お前が綺麗なドレスを着たところなんて初めて見たものだから、ぽかーんとしてしまってな。すぐに誉めてやれなくて、すまない」
「そっそうなんだ!マ・リエがあんまり綺麗だったから!ほんとだ!!」
いや、そんなに唾を飛ばして叫ばなくても、もうわかったからルイ。
「あ…ありがとう皆。じゃあ…このドレスでいいかしら」
「似合ってるにゃ~。姫様、最高にゃ」
あっまたタニアがふにゃってなっちゃってる。尻尾が爆発してるし。
にっこり笑ってサラも同意してくれた。
「本当に素敵よ。あなたにあつらえたみたいにぴったり」
「まあ、それを選んでくださったなんて嬉しいわ」
ハンナ様が両手を胸の前で組んで、嬉しそうに私に歩み寄ってきた。
「それはお嫁に行った娘がまだ若い頃にあつらえたのだけど、結局着なかったドレスなのよ。あなたみたいに似合う方が着てくださって嬉しいわ、マ・リエ様」
「そんな…私なんて」
「ご謙遜を。こちらに姿見がありますから、ご自分でご覧になってみて?」
そう言われて振り向けば、そこには青い襟とベルト、背後に大きなブルーリボンのついた純白の二重仕立ての上品なドレスを身にまとった、小柄な美少女の姿があった。
彼女の白い肌と青銀色の髪を、白いドレスに水色のヴェール、ドレスの青い差し色がよく引き立てている。そのローズクォーツ色の瞳によく似た色の飾りものなんて、まるで彼女のために仕立てられたみたいだった。
「これが…私?」
自分がナギと融合した時、姿が変わったのはもうわかってはいたことだけど、普段の私は前の世界での沢村鞠絵のつもりでいるものだから、こうしてたまに改めて見ると自分でもビックリするなあ。
まるで、私じゃないみたい。
「本当に美しいわ。ありがとうマ・リエ様。そのドレスも喜んでいることでしょう」
「い…いえ…そんな…」
それじゃ他の方も服を選ぼうか、となった時だった。
ドアをノックする音がして、フィルが出てみると何かが言伝られたらしく、彼は慌てたようにこちらへとやってきた。
「ハンナ殿、マ・リエ殿、パーティーは中止です。大変なことが起きました」(続く)
第28話までお読みいただき、ありがとうございます。
大変なことが起きた、とはどういうことなのでしょう。
また次回も読んでいただけましたら嬉しいです。




