第274話。アトラス帝国の城の中心にあった塔が崩れ落ち、パニックになる人々。黒鋼竜の張った結界内まで逃げるよう、兵たちが指示を出す。そんな中、逃げまどう人々は…。
第274話です。
風に負けないようにしっかりとしがみついていた私が見たものは、崩れているのがはっきりわかる塔だった。
「ゆっくりめに飛ぶからね。気を付けるんだよ」
ラナクリフ様は私にそう言い置くと、塔に向かって飛んでいった。
地上では、多くの人々が逃げまどっていた。
「行くぞ皆! 気合いを入れろ!」
「おう!」
黒鋼竜の長エリアス・カルダットおばばの長男エリンがそう叫ぶと、その声と共に黒鋼竜たちは結界を展開した。
淡い輝きを帯びた薄衣のカーテンのような結界が現れて、ゆらゆらとゆらめく。
アトラス帝国の城の中心にあった塔が皇帝によって崩された瞬間に、黒鋼竜たちが結界を張ったため、それより外側にいた人々は無事であったが、内側にいた者たちは違った。
城に近い区域にいた者たちはパニックとともに悲鳴を上げ、あちこちに逃げまどう。
何も知らないのにいきなり塔が崩れてきたのだから当然だ。
人々は塔が崩れ始めたとき、その轟音にぽかんとして城を見上げた。そして砂煙の舞い上がる空に、塔が崩れたことによって現れた、開き始めたほころびの瞳を見て悲鳴を上げた。
ほころびの瞳のことを知ってはいても、見たのは初めてだったのだから無理もない。
人々は懸命に走り始めたが、どこに逃げてよいかわからず、ただ少しでも塔の上に現れたほころびの瞳から離れようと走った。
その黒い涙から、本能的に遠ざかろうとしたのだ。
他人をかき分けぶつかり、転んでは必死に立ち上がり、足を引きずりながらも走った。
塔の周辺は人々の叫び声が響いていた。
混乱する群衆に向かって、王城から出てきた兵たちが声を張り上げる。
「向こうだ! あの木のあるほうへ行け! 木があるところから先は安全だ!」
「邪気はまだ大丈夫だ! 砂煙を吸わないように、口に布を当てろ!」
「落ち着け、邪気の来る速さは遅い! 普通に歩いても間に合う!」
ヴィレドや上官たちにあらかじめ指示されていたので、兵たちも落ち着いて指示ができた。
するとやがて人々は落ち着きを取り戻し始め、口に布を当てて示された場所へ向かい始めた。
そこは黒鋼竜の張った結界の中。
何もかもを弾く、かつての神々の結界と異なり、黒鋼竜の張る結界は虚無や瘴気、邪気のみを弾くもの。
ゆえに、人々は入ることができるのだ。
親は子を抱きしめてしっかりと手を握り、恋人たちはお互いの肩を抱いてかばい合う。
若者は老人を背負い、年上の者は年下の者を励ましつつ、黒鋼竜の結界内を目指した。
大半は己や肉親、親しい者に気をかけるのが手いっぱいの中、無関係のけが人に手を貸す者もいた。
兵たちも、混乱で傷つき動けなくなった者に手を貸していたが兵たちの数は大量の群衆と比べるとあまりにも少ない。
人々は、自力で逃げるしかなかった。(続く)
第274話までお読みいただき、ありがとうございます。
人々は無事逃げ切ることができるのでしょうか。
また次のお話も読んでいただけましたら嬉しいです。




