第27話。第二部のスタートです。首都サンガルに出ておみやげなどを買ったりする鞠絵たちに、吟遊詩人が歌った歌は。
第27話です。
私たちはフィルに案内された部屋でそれぞれ一休みしてから、改めてタニアも連れて街に出ていた。
「さっきは失礼いたしました、マ・リエ姫様。お疲れでしょう、虎の姿になりますから、どうぞ私の背中にお乗りください」
するとルイが大きな声でそれを制する。
「何を言ってるんだ、新入りのくせに生意気だぞ!マ・リエが乗るのはオレの背中だ!」
「何よ、その髪の色から見るにあんた白いユニコーンなんでしょ。白なんて見たことないわ、きっと色が抜けちゃったのねえ坊や、可哀想に~」
「なっなんだと!?」
体の色のことばかりでなく、子供扱いまでされたルイが怒るのを、私は二人の間に入り込んで止めた。
「ま、まあまあ。ルイの背中はとても乗り心地がいいし、毛色もすごく素敵よ。私は大好き」
「え…ほ、本当かマ・リエ」
「本当よ。だから挑発されたくらいで怒らないの。ね?」
「う…マ…マ・リエがそう言うなら…」
「タニアも。あなたが今日私たちの仲間になったばかりなのは事実なんだから、もう少し優しく接して欲しいです。お願いします」
するとタニアははっと目を見開いて私を見て、それからもじもじと体を揺すって両手を後ろで組んだ。
「ご、ごめんなさい姫様。姫様がそう望まれるのなら、他の者とも仲良くいたします。あと、私には敬語はおやめください、畏れ多いです」
「それじゃあタニアも敬語はやめてくれるなら」
「とっとんでもない!私にとって姫様は最上位の存在です!そんな方にタメ口など」
それからも色々言ってはみたのだが、タニアは頑として私に対して敬語を使うことをやめようとしなかったので、私は溜め息をついて諦めるしかなかった。
街で見つけたカフェに五人で入り、テーブルを囲んで頼んだお茶を啜る。フィルが淹れてくれた温かいお茶も美味しかったけど、このお茶は冷たくてフルーツが入っていて楽しい。
「タランディアナって素敵な名前ね」
そう誉めてみたら、タニアはフルーツをつついていた手を止めて大きな溜息をついた。
「ペガサスがつけたからもったいぶった名前なんですよね。何ですかタランディアナ・ニーアって」
「綺麗な名前じゃない」
とサラが笑顔で言うのに、タニアは首を振る。
「いいわねサラって呼びやすくていい名前で。母さんなんてタランダって呼ぶのよ?たるんでないわよ!子供の頃なんて他の子からタルンデーナ、とか、タルンデラー、とか呼ばれてほんっとイヤだったのよね!」
子供って残酷だ。
「そう呼ばれたら雷でも落としたらいいんじゃないか?」
ダグがそう笑ってみせると、タニアは拳を握った。
「とっくにやったわよ。でも相手も雷虎だから、雷落としたくらいじゃ死なないのよねー。私の心のほうが致命傷よ」
だから絶対にタニアと呼んでくれと真剣な顔で懇願されたので、私たちは雷を落とされてはかなわないと頷いた。
それから数日の間は街に出て、トリスラディ様からいただいたお礼でささやかなショッピングを楽しんだり、お茶や食事をしたりして皆で首都の賑わいを楽しんだ。
サンガルはにぎやかで楽しい街だ。せっかくだから、お土産を買って帰りたいなと言えば、サラもそうねと頷いた。
サラ、すごく目がキラキラ輝いているんだけど。
こんな大きな街は初めてだと、興奮しているようだ。
「母さんに似合いそうな服を買って帰りたいわ。あまり高いのは無理だけど」
「ミシャにもね。あと、キアやケリーにもお土産買いたい」
「ねえルイ、お父さんのルードに何か買って帰ってあげたら?」
「あ、ああ、そうだなあ。でも何がいいかな」
「男性用のお土産って女性用のより悩むわよね」
するとサンガルには慣れているタニアが手を挙げた。
「はいっ私、お手頃価格な店を何軒も知っていますからご案内します。男性用の服も靴も鞄もありますよ」
「それは助かるわ、タニア。それじゃあお願いしようかな」
「はいです!姫様のお役にたてるなら!」
ぴょんぴょん飛び跳ねるタニアの背後に、虎の尻尾が揺れる。ただでさえ太い薄金色の尻尾は、さらにぼおんと爆発していた。
触りたくてうずうずしちゃうな…。
「マ・リエ姫様!どうなさいました?」
「あっ!いえ、何でもないから…じゃあさっそく行きましょうか!」
タニアが案内してくれたお店は、どれもとても綺麗で素敵な衣料品や飾り物、小物がお手頃価格で揃っていて、私とサラは悩んだ。ついてきてくれたルイとダグが呆れるくらい何軒も回ってようやく、皆へのお土産が揃った。
ミシャとシルへは彼女たちが好みそうな服を、キアには可愛い髪飾りを、ケリーには靴を。ルイの父親のルードには鞄を買った。ルードが欲しがっていたとルイが思い出したからだ。
ダグは既に両親の元からは離れて暮らしていたが、せっかくだからと両親に綺麗なハンカチを買っていた。
「なんだか…すまない。マ・リエがもらった御礼なのに」
「何を言ってるの。皆がいてくれたからこそ私は力を振るえたのだから、これは私たち皆でもらったものよ。ダグこそハンカチでいいの?」
「勿論、これで十分だ。オレは親元からは既に独立して住んでいるから、土産は簡単なものでいい」
するとルイが口を尖らせ、私に向かって言うものだから、私は思わず噴き出しそうになったのをあわててこらえた。
だってこんなことを言うのだもの。
「オレだってもう少ししたら家を出る。大人になるんだからな。今はオレが父さんの面倒をみてるんだ」
か、可愛い…年下だから、当然だけど。
精一杯に背伸びをしてるのね。男の子だもんね。うん。
だから私はにっこり笑ってこう答えた。
「そうね、ルイ。あなたは立派にやってるわ。こうして私についてきてくれているし。あなたのことは、ダグやサラと同じように頼りにしているの」
「そ、そうか…」
「マ・リエ姫様!これからはこのタニアもいますからね!」
「ええ、タニア。ありがとう。あなたにも感謝しているわ」
「えへへ。それじゃあ、大噴水の広場に行きましょう!楽しい催し物をやっているはずです!」
「催し物?」
タニアに連れられてサンガルの商業区の中央にある大噴水の広場に向かうと、近づくにつれて歓声や音楽が聞こえてきた。
「いつも広場にはいろんな大道芸人が集まってきているんですよ」
タニアの言う通り、そこには大勢の人が集まっていた。水を噴き上げる、何か所か見た噴水の中でもひときわ大きな噴水の元、何組かの大道芸人が自らの芸を披露していた。
もといた世界でも見たような手品をやって人々の注目を集めている人もいれば、犬や猫の混じりものの人たちが、ヒト型になったり動物型になったりしながら玉乗りをしていたり、楽器を奏でて見事な演奏で人々を惹き付けている人もいた。
その人たちの前には様々な入れ物が置いてあって、お金が投げ入れられているところも前の世界と変わらない。
こういった娯楽は基本的に変わらないのも、嬉しいところだ。
何組かの大道芸人たちを見て楽しませてもらい、お金を入れた私たちは、喉が渇いたので近くのカフェに入ってお茶にすることにした。
天気が良かったので外の席でそれぞれの飲み物を飲んでいると、しゃら~ん、とギターにも似た音がして、ギターというよりは琵琶に似た楽器を持った男性が近くに寄ってきた。
頭のてっぺんに真っ赤な鳥の羽根が揺れていて、鳥との混じりものだとわかる彼は、楽器を鳴らして問うてきた。
「皆さまがた、一曲いかがですか?」
「え?」
タニアが笑顔で教えてくれる。
「流しの吟遊詩人ですね。せっかくですから、一曲聞いてみるのはどうですか姫様?」
「なんと、姫様でいらしたとは。それでは姫君にふさわしき曲を奏でさせていただきますゆえ」
「姫様じゃないですけど…それじゃ、お願いします」
わあ、吟遊詩人なんてお話の中でしか聞いたことない。こんなところで間近に聞くことができるなんて。
「こほん。それでは白兎と聖銀竜の姫様のお話を一曲。人気のある曲なのですよ」
え?今なんておっしゃいました?
「おーお~、ある日ある時聖銀竜宿せし姫様が~」
「えっ?」
「へ?」
「は?」
私だけでなく、その場にいた全員がおかしな声を出した。
私たちのリアクションになど全く構わず、むしろいい笑顔で吟遊詩人は歌い続ける。
「草原駆けるとある白兎の一族を~、その優しき御心と偉大なる御力もちて~、お救いになられた話をいたしましょう…」
え、そ、その話って。
「白兎の一族は~ある日過ちを犯した…それはとても許されざる罪であった…白兎の一族は~、生き残るためには時として嘘もつく弱き種族…ある日ある時彼らは自らの一族を守るためとはいえ、なんと只人の言うなりとなりて~、他の種族を傷つける手助けをした…そして聖銀の姫様をも傷つけてしまったのだ…その時聖銀の姫様は~、その瞳のひと睨みで只人どもを追い散らし~、只人から白兎を開放し~、罰することなく弱き者を癒し、犯した罪を償うべしと~白兎たちとひとつの約束を交わしてくださったのだ…」
や、やっぱりあの時のことだよね?
私は頭を抱えた。
「聖銀の姫様は~、その性質から常に他の種族からは下に見られていた白兎の一族を~、約束を交わすにふさわしき同等の~誇り高きものとして扱ってくださった…」
下に見られていた?そうなの?混じりものの中でもそんなことあるんだ。
「聖銀様のなんと…御心の広いことよ~…」
は…はあ…。ただ放ってはおけなかっただけなんだけど…決して許したわけじゃないんだから、心は広くないです。
「白兎の一族は~、姫様から頂いた信頼を宝とし~、姫様と交わした約束を未来永劫心に刻み~」
えっいやいや、確かにあの時赤ちゃんだった子が死ぬまでって言ったから随分な期間ではあるけど、永遠にって意味じゃないのよ。
「聖銀の姫様を敬うこの歌を~、各地に広め続けるのだ…」
ひっ広めないでください!
手で顔を覆ってしまった私を、歌に感銘を受けたのだとでも思ったのだろう、その後も吟遊詩人は朗々と歌い上げてくれたのだった。
しかも歌の続きときたら。
「聖銀色の長き髪、風になびく様の麗しきことこの上なく~」
私の髪、肩より少し長いくらいでそんなには長くないですけど…。
「草原に咲く可憐な花のごとくのその瞳は全てを見透かし~白兎たちの罪を償えと語ったその声は~森に住むいかなる美声の鳥たちも勝てぬほどであった~」
い、いや、何それ。
「身にまとったドレスなびかせ、まるで天からの御使いのように光輝いていた聖銀の姫様~。その御姿は無論のこと、その御心と采配に白兎の一族は心打たれ~、交わした約束を子々孫々にわたって繋いでいくと誓ったのだ…」
ちょ、ちょっと待って、だから違うんですって。そんなに長い約束のつもりはなくて。
その後も続いた吟遊詩人の歌は、いかに聖銀の姫様とやらが素晴らしい存在なのかをずっと綴るものだったから、私は耐えられなくなってとうとう机に突っ伏した。
それを歌に感動したのだととったらしき吟遊詩人の歌声は、更に大きくなったのだった。
「………」
「いかがでしたでしょう姫様?」
「………そ、その歌は…」
「つい先日、白兎の一族から直接聞いたのです。あまりにいい話だったものですから、歌にしていいかと聞いたところ、ぜひ広めて欲しいと白兎からも頼まれましてな。一日で歌を作り歌ってみたところ、大変な人気が出まして。今ではどこでも、この歌を頼まれますよ」
「おーい、こっちでもさっきの歌を頼む!」
「ほら」
満足気ににっこり笑う吟遊詩人さんに悪気はないだろうけど、その尾ひれはどこでついたんですか…。
私たちが口止めしなかったばかりに、話をしてしまったウサギさんたちは悪くない。でも…。
あまりに、は、恥ずかしすぎる~。
「い…いい歌をありがとう。これは礼だ、取っておいてくれ」
最年長のダグがさすがの立ち直りを見せて、何も言えずに突っ伏している私の代わりに、吟遊詩人に御礼を渡して立ち去らせてくれた。
「あ…ありがとう…ダグ…」
「…いや…」
「何ていうか…」
「広まっちゃってるわね…」
そうね、首都に来てる吟遊詩人が歌ってるってことは、もうあちこちに広まっているんだろうなあ。
しかも尾ひれつきで。
私、あんなに出来た姫様とやらじゃないです。
姿は確かに美少女になってるかもだけど、あんなに誉められるほどだろうか。
「おーお~、ある日ある時聖銀竜宿し姫様は~」
あっ向こうでまた歌ってる…。
私はおそらく真っ赤になっているだろう顔を上げることもできずに、しばらくの間は気まずい空気が流れる一同の中で突っ伏していた。
ただタニア一人だけが、目を輝かせて手を叩いた。
「素晴らしいです姫様、あんなことがあったのですね」
「言わないでタニア…」
ああ、どうしよう。
恥ずかしいのもそうだけど、何より聖銀竜との混じりものがいる、という話が広まるのはまずくない?
でも人の口には戸は立てられない、というし。きっとあの人だけでなく、他の吟遊詩人も歌っているだろうから、もう止められないだろう。
「まあ…ただの歌だと聞き流してくれるといいんだが…」
ダグが溜め息をつき、タニア以外の皆は一様に頷いたのだった。(続く)
第27話までお読みいただき、ありがとうございます。
秘密にしていたはずの聖銀竜の話が世間に広まりつつありますね。
また次のお話も読んでいただけましたら嬉しいです。




