第262話。闇の中でヴィレドとトレントの二人と対峙するアトラス帝国皇帝は、ヴィレドに対して恐るべきことを伝える。その内容に驚愕するヴィレドは…。そして皇帝はある杖を振りかざし…。
第262話です。
「ぐっ…!」
「トレント…!」
「お前の隷属紋は壊れても、余とのつながりは残っているのだ。なあヴィレド、貴様は何故逃げぬ?」
「それは…皇帝陛下、あなたを拘束するため…いや、まさか…そんな」
「ふははは…まこと、最後まで楽しませてくれるわ。その通りよヴィレド。余が、貴様の考えを引っ張っているからだ。自分の考えだと思って、これまで計画を練ってきたのであろう? その全てが、余の思う通りであったとわかった気分はどうだ?」
「…な…なん、と…」
ヴィレドはあまりのことに、全身から血の気が引くのを感じて声を震わせた。皇帝に捕まっているトレントも助け出さねばならぬのに、一歩たりとも動けなかった。
まさか、これも皇帝の意思によるものなのか。
「いつもの貴様なら、とうの昔に己とこの男に撤退を命じていたであろう? それを、何故無理にここまで入ってきたか、よく考えてみるといい」
操られれば、長い間隷属紋に縛られていたヴィレドは気づいたであろう。だから紋が壊された後の細いつながりから、皇帝は己の考えをヴィレドの心の中に流し込んだ。
透明な水に色のついた水を一滴ずつ落とし込むように少しずつ、色をつけていったのだ。
「自分の心に浮かんだ考えを、いい考えだと思ったろう? 己が思いついたものだと思ったろう?」
「く、…ッ…!」
ヴィレドは悔しさに、血が滲むほど唇を噛んだ。
そうすることしか、今の彼にできることはなかった。
皇帝は左手に掴んだトレントを、己の周囲に渦巻く邪気の外側へと、おもむろに放りだした。
トレントは咄嗟に受け身を取って、邪気とは反対側、ヴィレドの方へ向かってごろごろと転がり、上体を起こして剣を構えた。
それを目を細めて見やった皇帝が、ヴィレドに視線を移す。
「ほめてやるぞヴィレド。長い間余に尽くし、そして最後には、よくぞ余の元に聖銀竜を連れてきた。素晴らしい働きだ」
そして血にまみれた左手を、ヴィレドに向かって差し出した。
「褒美に時間をやろう…ここから逃げる、時間をなぁ!」
皇帝は足元の邪気に左手を突っ込んだ。ボタボタ、と黒い邪気をまき散らしながら現れた皇帝の左手には、一本の杖が握られていた。
その杖の先には漆黒の石がついていたが、石の下の台座にあたる位置に、金色の輝きが見えた。
「あれは…まさか、神金竜のウロコ…!」
「クックックッ、その通りよ。さあ逃げろヴィレドとその伴の者よ。逃げ切れるかなぁ…?」
あの杖は邪気の杖だ。黒い石には邪気が渦巻いているのが、本能的に感じ取れた。
皇帝は台座についた神金竜のウロコの力を使って、あの杖をコントロールしているのだ。
いびつな笑いを振りまきながら皇帝が杖を振ると、床に魔法陣が次々と現れた。
皇帝自身には魔力がさほどなくても、神金竜の魔力と邪気の魔力を利用して、魔法陣を構成できているのだろう。
そして。(続く)
第262話までお読みいただき、ありがとうございます。
ヴィレドたちは逃げ切れるのでしょうか。
また次のお話も読んでいただけましたら嬉しいです。




