第24話。雷虎の村のボラス村長に温かい助言を受ける鞠絵。辛そうな村長の体を歌って癒す。首都サンガルに向かうこととなり?
第24話です。
村長はボラスと名乗った。金色の髪が薄くなっている、ご老人に近い歳の方だ。
彼は家の中で私たちを迎え、ベッドの端に座ったままなのを詫びた。
「さっきの歌はあなたが歌っていたのですか?」
そう聞かれたので、私ははい、と素直に首肯した。
「私が歌いました」
「そうですか。不思議なことだが、あなたの歌が遠くから響いてきて、それを聞いているうちに体が随分楽になったのです。エル殿が水を飲ませてくださったので起き上がれるようになりましたが、まだ立ち上がることは出来ぬので、ここまで呼びつけた無礼をお許しいただきたい」
するとセレスト様が胸に手を当てて一礼をした。
「とんでもございません。我々こそ村長に断りもなく勝手に村に入りこんだ無礼を謝罪せねばなりません。私は領主アラル・トリスラディの息子セレスト、こちらはマ・リエ殿とユニコーンのルイです。エルはもうご存知ですよね。今我々の隊が食料や医療品を持って各戸を回っております。今は何も心配せず、お体の回復に努めてください」
「おお…ありがとうございます、セレスト様。何と御礼を申し上げてよいやら」
「ここは我らの治める領内。何かあればすぐに駆けつけるのは当然です。お気になさらないでください」
村長は大きく息を吐いて、肩の力を抜いたようだった。
「被害がどれほどかはこれからわかりますが…それまでは心配なさらぬよう。マ・リエ殿の歌で、病魔は祓われました。もうこの村に心配はありません」
「そのことですが」
村長の金色の瞳が、まっすぐに私を見上げた。雷虎の人々の瞳は金色で、瞳孔は縦長の獣のそれをしているのだと、その時になって初めて知った。そういえばベッドに腰かけているから、布団の上に虎の尻尾が長く伸びている。
「あなたは何者なのか、聞いてもいいでしょうか」
「私は…ただ歌って、この村の病魔を祓っただけです。私の歌には癒しの力があると判明しています。この村にあった、病の根源も浄化しましたのでもう心配はいりません」
「なんと…!回復魔法ですか?こんな、村ごと癒すような回復魔法の遣い手など聞いたこともない。それをあなたが?」
「はい」
「それはそれは…にわかには信じがたいが、実際に私自身が体験しておりますからな…信じざるを得ないでしょう。まことに、ありがとうございました」
「ボラス殿、この村はいつ頃から病気が流行ってきたのですか」
セレスト様の問いに、村長は頷いて教えてくれた。
「十日ほど前からこの村に蔓延し始めた病に、あっという間に皆倒れてしまいましてな…領主様の命を受けて、度々この村に来てくださっていたエル殿が首都に知らせてくださったこと、感謝しております。その際に、エル殿がお持ちだった魔石を使って、この村を封鎖することを申し出たのは私なのです。その代わり、この村の病魔はますますひどくなりましてな…あなたが来てくださって、癒しの力を発動してくださり、こうして皆が助かりました。ありがとうございます、マ・リエ殿」
ゆっくりながらしっかりした口調でそう述べたボラス村長は、伸ばした両手で私の右手をそっと握った。
「本当に、ありがとう」
その金色の瞳は涙で潤んでいて、私も泣きそうになった。
お母さん、私、この世界で役に立ってるよ。こんなにも、人に感謝されてるよ。
嬉しい。
「ボラス殿、長い話をしてお体が辛いでしょう。横になられるとよいですよ」
年老いた村長が辛そうなのを見て、セレスト様がそう声をかける。村長は頷いて、申し訳ない、と私の手を離した。
その姿がお母さんに重なって、私は思わず膝まづいて村長の膝に手を乗せていた。
「楽な姿勢でいてください」
息を吸い込み、ラララ…とスキャットで歌い始める。村長は驚いたように目を見開いたが、そのまま私を振り払わずにいてくれた。
「ラララ…光よ この者に満ち 失われし力を戻さん
我が力よ 光呼び この者に力与えよ…」
歌ううちに、村長の全身が金色に光り始めた。今までと比べると短い歌だったけれど、私の歌が終わるとやがて、村長を包んだ金色の光も収まっていった。
「おお…これが。歌姫の御力なのですね」
あっなんだかまた新しい名前がついちゃった。
「村長にはお話しておきますが、マ・リエ殿は失われたとされる聖銀竜様との混じりものなのです。聖銀様は訳あって、一万年前よりこの時代に戻ってきてくださいました」
えっそれ話しちゃうんですか!?ほら、村長も金色の瞳を現界まで見開いて驚愕してる。
「な、なんと、聖銀様ですと!?」
「聖銀様と融合したことで、マ・リエ殿には癒しの歌の力が発現しました。しかしまだ聖銀様はマ・リエ殿の中でお目覚めになっておらず、このことは混乱を招く懸念があるため、村長の胸の中だけに秘めておいていただきたい。しかるべき時が来たら、助力をお願いすることがあるかもしれません」
「…そうでしたか…わかりました。この時代に聖銀様がお目覚めになるということは、何か意味があるのでしょうね。このことは私だけが覚えておきましょう」
村長は自らの膝に置かれた私の両手をその温かい両手で包み、私に微笑みかけた。
「姫よ、聖銀の歌姫よ。このように若くか弱い娘さんが、これから重荷を背負われるとは。…あなたのおかげでこの村は救われ、私の体にはとても力が満ちた。どれだけ感謝してもしきれませぬ。けれどあなたにはきっとこれからもたくさんの声が届き、あなたはその声に応えざるを得ないでしょう。その重荷を背負うことは誰にもできませぬ。あなた様がこの世界でただ一人の聖銀様であらせられる限り、代わることも分け合うこともできませぬ」
私はただ黙って、村長の言葉に耳を傾けた。
「ですが、あなた様を支えるため手を差し伸べることはできます。あなた様の進む茨の道を照らし、その障害を減らすことは我らにもできます。どうか、忘れないでいただきたい。皆あなた様の助けになりたいと望んでいることを」
「はい」
「かつて創世の頃、ペガサスが神金様をその身を挺してお護りしたように…ユニコーンが力尽きるまで聖銀様を支えたように、皆その力をあなた様に差し出したいと望んでいるのです。あなたに救いを求める者たちの声が辛いと感じた時には、あなたの周りにいる者たちを頼りなされ。あなたにはきっと、傍にいてくれる者たちがいるはず。その者たちをちゃんと頼って、決して自分一人だけで立ち続けようとしてはいけませんよ。そんなことをしたらあなたが壊れてしまう。この爺の言葉を、胸の奥にしまっておいて下され」
私は潤んできてしまって村長が見づらくなってしまった桜色の瞳をぱちぱち、と何度も瞬いて下を向いた。村長の膝にぱたぱた、と雫が落ちた。
ああごめんなさい、服を濡らしてしまって。
私の手を離れた村長の右手が、私の青銀色の頭をそっと撫でてくれた。何度も、何度も。
私が成したことを、こんなに優しく労わってくれた。歌うことを辛いと思ったことはまだないけれど、もし今後そうなったら、皆に頼ればいいと教えてくれた。
そう、今後ナギが目覚めたら私には成さねばならないことが出てくるだろう。それはきっと大変な道で、ただ歌っていればいいというものではないかもしれない。
そんなときには…私には、仲間たちがいる。
ここまで一緒にやって来てくれた、仲間たちが。
辛くなったら頼っても、いい?
私が頬に涙を零しながら振り返ると、いつの間にか私の背後にしゃがみ込んでいたルイと目が合った。彼は力強く頷いてくれて、エルとセレスト様も同じように首を縦に振ってくれた。
ああ…お母さん。私、もう一人じゃないんだ。
「ダグとサラも同じ気持ちだ。お前にはオレが…皆がいると、忘れないでくれ」
「ルイ…ありがとう」
「私たちのこともお忘れにならないでくださいね。聖銀様のお力になれるのなら本望です。どんな助力も惜しまぬと約束しましょう」
「セレスト様」
「私もだ。この翼にかけて、あなたをお護りいたしましょうぞ!」
「エルさんも…皆、ありがとうございます」
私は涙を拭き、優しく輝く金色の瞳に向き直って言った。
「ボラス村長。温かいご助言、ありがとうございます。忘れないようにいたします」
「困ったときには、この村も頼ってくだされ。私どももできるだけのご恩返しをさせていただきますゆえに、な」
「はい」
「皆が体力を取り戻す頃に、またお寄りくだされ。この村には名物もあるのですよ。ここでしか採れない果物もありますのでな」
「はい、ぜひ」
村長の家を出ると、暖かな日差しが村に降り注いでいた。広場に戻って私たちも物資を運ぶのを手伝う。
その中で、一つの嬉しい報告を聞いた。
この村の病での死者はいない、と。
ああ、本当に良かった。もうちょっとで危なかった人は何人かいたらしいけど、間に合って良かった。
「マ・リエ、大丈夫か?」
「あなたも一緒にごはんにしましょ」
ダグとサラが気を遣ってくれるのが純粋に嬉しい。
「ここが落ち着いたらまた二泊かけて戻らないとなあ」
昼食をとりながらそんな話をしていると、別行動をしていたセレスト様がやって来て、私たちに言った。
「マ・リエ殿、それにユニコーンの皆さま方。この後はぜひ、首都サンガルに来ていただきたいのですが」
「えっ首都に?」
「はい。マ・リエ殿にはぜひ父に会っていただきたい」
「え、でもユニコーンの村を急いで出てきてしまったものですから…」
すぐに村に帰ると思っていた私が戸惑って返事ができずにいると、セレスト様はひとつ頷いてこう言ってくれた。
「そうですね、気になりますよね。では村には早馬を飛ばして、マ・リエ殿が首都に向かう旨、伝えるようにいたします。いかがですか?」
うーん…家のことも皆のことも気になるけれど、そこまで言われたなら行かないのも失礼だろうし…仕方ないか…。
「はい、ではそうしてくださるなら私は参ります」
「ありがとうございます。ユニコーンの方々はマ・リエ殿と一緒にいらっしゃいますか?」
「勿論です!」
「はい」
「当然です」
異口同音に答えるユニコーンたちに微笑み、セレスト様は胸に手をあてて少し腰を曲げた。
「それではこの後、すぐに出発いたしましょう」
「え、でも、今は一人でも人手が必要ではありませんか?」
「おかげさまで、もう落ち着いてきましたから大丈夫でしょう。明日には後発隊第二隊も到着する手筈ですし」
あ、そうだったんですね。これだけ采配してもらえると、何かあってもアラル様の領内は安泰ね。ユニコーンの村も、少し離れてはいるけど領内だし。
「ここからサンガルまではかなりあります。三泊は必要になるでしょう。医師たちが乗って来た馬車を、馬ごと一台借りて行きましょう」
こうして私たちは、領主アラル・トリスラディ様のいる首都サンガルに向けて出発することとなった。私とセレスト様は馬車に乗って。
そういえば、セレスト様は真竜だって話だったけれど、空は飛べないのね。地の竜だからかな?(続く)
第24話までお読みいただき、ありがとうございます。
首都サンガルで鞠絵さんたちを待ち受けているものは…。
次のお話もまた読んでいただけましたら嬉しいです。




