第23話。鞠絵が歌で癒した後の雷虎の村の様子。
第23話です。
「この歌は…一体…」
「ああ、この歌を聞いていると体が楽になってくる…」
本当?そうならいいのだけど。
彼らの言葉に力を得て、また歌い続ける。
人々は雷虎というだけあって、一様に雷のような金色の髪をぴんぴんに跳ねさせていて、ヒト型の耳の先が尖っていた。
虎の耳は…あのふかふかの虎の耳は頭についてないんだ…ああ…がっかり…。
しかしその代わり、彼らの背後には虎の縞がついたふかふかの尻尾が垂れさがっていた。
や、やった!シッポだ!!さ、触りたい…!
しかし当然それどころではなく、私は尻尾を横目に何度も何度も歌を繰り返した。不思議なことにどれだけ歌っても喉やお腹が辛くなることはなく、むしろ歌えば歌うほどに力がみなぎってくる気がした。私の歌に被さってくるナギの低い歌声と相まって、むしろ歌うことが楽しくて仕方ない。
「瘴気が…!マ・リエ殿、瘴気が全く見えなくなりましたぞ!」
セレスト様が周囲を見回してそう叫んだ。瘴気が見えないエルとユニコーンたちは、セレスト様の言っている意味がわからない、といったふうに周囲をきょろきょろしていたけれど。
その時に歌っていたフレーズが終わると、私は歌うのをやめて周囲を確認してみた。確かに瘴気は見えなくなっていて、空気がクリアになっている気がする。イヤな匂いもなくなっていて、結界石のため風の吹かない広場にいても、明らかに空気が澄んでいるのがわかった。
私、うまくやれたのかな。
どう思う、ナギ?
『ああ、うまくいった。この村にはもう歪みはない。我々が抑え込むことができたのだ。元凶となる瘴気がなくなったのだから、病も治まっていくことだろう』
私はそうなのね、と胸を撫で下ろした。聖銀竜で抑え込むことのできる規模とはいえ、世界の歪みを修復するなんて大層なことを、私の歌が成し得たのだ。しかも、少し時間はかかったけれどイメージして歌うことでこの村一帯を正常に戻してあげられたなんて、私は自分が誇らしくて、嬉しくて仕方がなかった。
お母さんを介護している頃は、こんなふうに自分を誇ることなんてなかった。仕事で誉められることもほとんどなく、やれて当然のことばかり。だから私は知らず知らずのうちに、自分を誉めてあげることを忘れていた。
でも。
村のあちこちで人々が動き出す気配と、ざわざわと遠くから聞こえてくる喧噪に、自分が上手くやれたことを知る。
やった!ナギ、私、いえ私たち、この村を救えたわ!
気づけば私は満面の笑顔を浮かべ、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねながら握った拳を突き上げて、やった、やったと小さな声で何度も呟いていた。その様を皆が微笑ましく見つめていることにようやく気付いて、飛び跳ねるのをやめる。
や、やだ、私ったら…エルやセレスト様も勿論、広場に集まってきた雷虎の人たちもいるっていうのに、いい歳をして恥ずかしい。
あ、でも、どう見ても十六、七歳の今の姿だったら微笑ましく映るのかな、それならいいんだけど。
それに結局、自分一人の力でやるつもりだったのにまたナギの力を借りてしまった。
でもほころびの問題だったのだから、これで良かったのよね。
ナギ、起きてくれてありがとう。お疲れさま。
「マ・リエ殿、どうだろう。この村はもう大丈夫なのか?」
エルが少し不審気味に問いかけてくるのにはい、と頷くと、セレスト様が周囲を見回してうむ、と言った。
「瘴気も晴れたし、病魔は祓われたと言っていいでしょう。皆さんの体調はどうですか?」
私の周辺に集まってきていた雷虎の人々にセレスト様が問いかけると、彼らは皆一様に表情を明るくして頷いてくれた。
「はい、今はとても体調がいいです。ここ数日ろくに水さえ口にしていないので体に力が入りませんが…」
それを聞いて私は胸を張り、はっきりと言い切った。
「病魔は祓われました。この村にもう病の元凶はありません。セレスト様、結界を解いてくださって大丈夫です」
「わかりました。それでは結界を解きますので、エルは村の様子を見つつ後発隊をこの広場まで誘導してきてください」
「了承いたしました!では!」
エルがペガサスの姿になるが早いか広場を飛び出していくと、広場の中央に据え付けられた井戸にサラが駆け寄った。
「ここの人たちに、せめてお水をあげなくちゃ」
そうは言っても、コップなどはない。ダグが井戸から水を汲み上げると、サラとルイが両手に水を溜めて一人ずつ飲ませていった。勿論、私もセレスト様もそれに加わる。
「ああ…冷たくて美味しい…ありがとう」
「あなたの歌声で、本当に病気が治ったようだ。あなたは治癒の魔法の力をお持ちなのですね…有難い…」
ちょっと違うんだけど、私はにっこり笑ってみせて、次の人にもお水を飲ませようと手に溜めてきて…その人が虎の姿なのに気づいた。
思わずちょっと怯んだけれど、水を求めて首を伸ばしてくるのを見れば、差し出さないわけにはいかない。
「ありがとう」
虎の姿の人はぺしょぺしょぺしょ、と大きな舌であっという間に小さな私の手の中の水を飲み干してしまったので、あわててまた水をもらいに行く。何度か繰り返すと、虎は大きな息をついてもう一度ありがとう、と言った。
「一昨日道端で倒れてしまってから、何も飲み食いしていなかったのです。助かりました」
「後発隊が来れば、食料も持ってきています。まずはあなたがたを家に帰さなければですね」
そんなことをしているうちに、エルがペガサスの姿で戻ってきた。結界石を外して後発隊を入れたのだろう、ガラガラという馬車の音と共に、外で待っていた隊の人たちが広場に入ってくる。
手際よく物資を運びだす人、広場にいる人たちに注射を打つ人、手を貸して立ち上がらせる人、とたちまちそれぞれが動き出して、残った人々は村中に物資を持って散っていった。
でも病が流行り始めてすぐに倒れた人たちは大丈夫だろうか。私がそう危惧していると、注射を受けて立ち上がった人が教えてくれた。
「この病がひどくなったのは、数日前にちょうどエル殿がやってこられた辺りからなのです。その前は病になってもなんとか動けていたようなので、死者はそう多くないのではないかと思います」
それでも死者がいるかもしれない、と思うと、私の胸は痛んだ。もっと早く、来るべきだった。遠い場所だからと、知らない人たちの村だからと、知らないふりをしていた。領主さまのほうでなんとかなるだろうと思っていた。
自分に治癒の力があると知っていながら、手を挙げなかった自分を恥じた。
「マ・リエ、大丈夫か」
そんな私を覗き込んできたのはルイ。相変わらず鋭いのね。
「ええ、大丈夫よ。私は全然疲れてなんていないわ」
「そうじゃなくて…浮かない顔をしていたから。さっきまでは明るかったから、何か思うことがあったんじゃないか?」
オレで良ければ聞くから、と言われて、私は涙が出そうになりながら笑った。
「ありがとうルイ。確かにちょっと、考えちゃったことがあったの。でももう大丈夫。もう終わってしまったことは考えても仕方がないことだから、今度から頑張ろうって思ったの。一つでも多くの命を救い上げるために」
「そうか」
「ええ」
その時、ペガサスの姿でまた各戸に様子を見に出ていたエルが飛んで戻ってきて、私の前で着地した。
「マ・リエ殿、村長があなたに会いたいと言っている」
「村長さんが?」
「彼は年寄りだし、水は飲ませたがここまで来るのは難しい。セレスト様と一緒に私と来てくれまいか、マ・リエ殿」
「わかりました」
「じゃあオレも行く」
「私とダグさんは、ここのお仕事の手伝いをしているわ」
そうサラが申し出てくれたので、私とセレスト様とルイの三人でエルについて村長の家に行くこととなった。(続く)
第23話までお読みいただき、ありがとうございます。
鞠絵さんを呼んだ村長の話とは。
また次回のお話も読んでいただけましたら嬉しいです。




