第22話。病が蔓延している雷虎の村へ向かう途中、眠る鞠絵の隣でのユニコーン会議。そして到着した村で癒しの歌を歌う鞠絵。
第22話です。
結局雷虎の村に着くまで二泊を要し、主に馬型に乗りっぱなしの私を慮ってくれた休憩時間や野営の時に、皆で色々な話をした。
領主アラル・トリスラディ様の命を受け、さまざまな場所を巡っているというエルの話も面白かったし、領主の息子であるセレスト様の苦労話には同情した。傍仕えのフィルには小さい頃からずっと、未だに怒られてしまうのだという。
「そうだったのですね。私も昔は…」
言いかけて、あわてて言葉を飲み込む。うっかりしたことは言いたくなかったのだ、が。
「昔は?」
セレスト様が私を覗き込んでしっかり突っ込んできてくれたので、私は仕方なく必殺美少女にっこりで首を振る。
「色々なことで母にたくさん怒られていたなあ、と思い出したんです」
そんなことを暴露するのは恥ずかしかったのだけれど、皆はそうか、と笑ってくれたので、私はほっとして背中の力を抜き、食後のお茶をすすった。
翌日は休憩を挟みながらも一日中ルイやダグの背中に揺られていたので、疲れ切って夕飯後すぐにぐっすり眠ってしまった私は、こんな話がユニコーンたちの間で交わされていたとは全く知らなかった。
「マ・リエは寝たか?」
「ええ、今日は朝から移動だったものね。くたびれてぐっすりよ」
「そうか。…ダグ、サラ、この件が終わったら、二人はどうするつもりだ?」
「急になんだルイ?」
「オレはマ・リエと一緒に行くつもりだ。もう決してマ・リエから離れたくない。マ・リエが聖銀様だろうが何だろうが、傍にいたいんだ。だって…オレはマ・リエのことが…」
「わかるわルイ。その気持ち…!」
「だけどマ・リエは聖銀様だ。お前がどんなに想っても叶わないんじゃないか?」
「それでもいいんだ、ダグ」
「今のままじゃただの足でまといになるぞ。もっと鍛えないとな。オレもだが…」
ダグは苦い笑いを浮かべて首を振った。
「オレは、村一番とか持ち上げられていい気になって護衛についていたけれど、あの時は何もできなかった。角を切られて泣いた時の悔しさと惨めさといったら、今思い出しても身震いがするほどだ。オレは聖銀様にあの時の恩を返したい。聖銀様に救われた命だから、この命をかけて聖銀様をお護りしたいんだ。だからオレも一緒に行く。サラ、お前はどうだ?」
「私もよ。あの時のことは少し思い出すだけで怖いわ。ほんとに何もできなかった。お母さんって泣くことしかできなかった。だから助けてくださった聖銀様に少しでも恩をお返ししたい。お仕えしたいの。マ・リエは強いけれど、時々とても寂しそう。だから一緒にいてあげたいわ」
「ならオレたちの気持ちは同じだな、ダグ、サラ」
「そうだな、ルイ」
「そうね」
すやすや眠る私の横で、焚火を囲みながらユニコーンたちは気持ちを一つに微笑み合っていたのだった。
そして更に翌日。今日は雷虎の村に着く大事な日だ。
「マ・リエ殿。それにエル殿、ユニコーンの皆様方。村はエル殿が周辺に結界石を使って、それ以上病が外に漏れないようにしてきたといいます。だが一歩中に入ればそこは病の蔓延する村。私の魔力で皆の周辺に結界を張りますから、皆で固まって動くようにしていただきたい」
「わかりました」
先行する、セレスト様を乗せたエルの後ろに付くルイの背中に揺られながら、私は見えてきた村の様子に目を見張った。
人の…気配がない。
周辺の畑も荒れていて、草木までも元気がないように見える。
それに…何だろう、あの…煙のようなもの?
「あの」
「何だ、マ・リエ?」
私はルイに話しかけてみた。
「結界で覆われた村の中に、煙みたいなの…見えるよね?」
「煙?…いや、そんなものは見えないが」
見えない?私にだけ見えてるの?透明な壁の中にうっすらと立ち込める、少し紫がかった黒っぽい煙が。
その透明な壁の手前に、何台もの荷馬車と大勢の人々が待機していた。
「おお、後発隊の方々に追いつかれてしまいましたな、セレスト様」
「皆さん、ご苦労様です。我々のほうが少しばかり遅かったですね」
セレスト様が声をかけると、リーダーらしき一人の男性が進み出てきて頭を下げた。
「セレスト様。我らは馬を替えながら走って参りましたので。そちらはエル殿に乗っての移動ですし、我らも今さっき着いたところです」
「そうでしたか。では早速我々は村の内部に入りますので、皆さんはここで待機していてください。入れるようになり次第、結界を解くので後はよろしくお願いします。我々の荷物と鞍も、預かっていただけますか」
「勿論です」
セレスト様がそれでは、と私たちに声をかけたので、私はルイから降りて全員がヒト型になった。
初めてエルのヒト型を見たけれど、タンポポ色の短髪に青い瞳、長身でガチムチの筋肉質な人だった。そうじゃないかなとは思っていたけど、あまりに考えていた通りだったので不謹慎ながらちょっと笑ってしまいそうになった。
「では結界の中に入ります。皆さん、ヒト型になって私の周りに集まってください」
「わかりました」
「…すみません。結界を張る私とマ・リエ殿、それから案内役としてエル殿は必要ですが、ユニコーンの方々はここで後発隊と一緒に待っていていただけませんか」
するとルイが真っ先に声を上げた。
「オレはマ・リエの護衛だ。傍を離れる訳にはいかない」
続いてダグも。
「ルイだけでは、何かあった時に困る。オレも一緒に行く」
するとサラが。
「皆さん一緒に行かれるのに、私だけ除け者なんてひどいです。それにマ・リエに何かあった時、同じ女である私がいた方がいいと思います」
セレスト様は苦笑して、ユニコーンたちを手招いた。
「皆さん、それほどまでにマ・リエ殿を大切に思っておいでなのですね。わかりました、それでは私の周りに。あまり離れられませぬよう」
「はい」
結局総勢六人で、セレスト様が張った結界の中に入る。
結界石を使った透明な壁を抜ける時には何か衝撃みたいなのがあるのかなと思っていたけれど、セレスト様が手を掲げて何かを呟けば、すんなりと中に入ることができた。
「うっ」
何、この匂い。何かが腐ったような焦げたようなそれらが混じったような、いやな匂いが周囲にかすかに立ち込めている。
顔をしかめたのは私だけかと思いきや、見上げたセレスト様だけが私と同じ顔をしていた。
「セレスト様」
「はい。なんでしょう、マ・リエ殿」
「あの…見えて、ます?あと、匂いも…」
するとセレスト様は私を見下ろして足を止めた。当然全員の足が止まる。
「やはりあなたには見えていらっしゃるのですね。そうです、これがこの病の源です。どこかにほころびができかけていて、そこから瘴気が噴き出してきているのでしょう」
ほころびと瘴気。ミシャから世界の成り立ちの話で聞いた。ほころびは世界の裂け目であり、それを放っておくと世界が引き裂かれて虚無に飲み込まれてしまうと。
そのほころびを閉じられるのは、今はいないという神金竜だけだと。
そのほころびが、ここにあるというの?
「世界はもう大丈夫なんじゃないんですか?」
「いや…いえ、そうだったのです。数十年前までは。しかし最近ではあちこちで世界が歪み、ほころびができかけている、との報告があります」
えっそうなの?
じゃあナギが言ってた、世界を救う…っていうのは、今でも必要だっていうこと?
伝承では聖銀竜…つまりナギは、神金竜が繋いだほころびを封印し、固定するって役割だったよね?
でもそれじゃあ…まずは神金竜が必要なんじゃないの?
聖銀竜だけではどうしようもないのでは、と考えながら、私は改めて周囲を見渡した。
雷虎の人々は家の中にいるのかと思いきや、道端で倒れている人もちらほらと見受けられた。金色の髪がくすんで、皆苦しそうに肩で息をしている。
「これは…ひどいな…」
「かわいそう」
「だが我らにはどうすることもできない。薬もないんですよね?」
「そうです」
ユニコーンたちは顔をしかめて村の惨状にひそひそと囁き合っている。
「村の中央の広場に行きましょう。マ・リエ、そこであなたに歌ってみていただきたい」
「わかりました」
広場に移動する道中にも、立ち込めるうっすらとした煙、薄いけれどいやな匂い、そして倒れた人々で村中はひどい有様だった。家の中でも皆臥せっているのだろう。
青銀色の眉をしかめ、手で口を覆って移動する私の中で、ナギの声が響いた。
『マ・リエ。…マ・リエ』
ナギ?起きたの?
『ああ。この瘴気は歪みから漏れたものだ。まだ弱いものだがな。我はこういったものの浄化も行っていたので、気づいて起きたのだ』
そうなのね。これはほころびなの?
『いや、まだほころびになる前の段階だ。だから我らでも修正することができる』
それは良かった。私はどうすればいい?
『歌え、マ・リエ。お前の歌に我の力を乗せて、瘴気を押し流し浄化する』
わかった。それが私にできることなら、精一杯頑張るね。
私がそう頷いた時が、ちょうど全員で広場に着いた時だった。
「マ・リエ殿、ここでお願いしたい」
私は周囲を見回した。ユニコーンの村とは違う、けれど皆が集まれる広場は、今は閑散としていた。
「わかりました」
目を閉じて集中する。そして大きくゆっくりと呼吸をしながら、この村が元の美しい姿を取り戻すことをイメージする。
大丈夫、できる。私はできる。
ひとつ頷いて、私は歌い始めた。
「空気裂く 雷持ちし虎よ
今こそその雷とともに 立ち上がるとき
空の果てから轟く雷鳴のように
今 美しきその姿を取り戻さん」
私の歌に合わせて、ナギの低い歌声が響いてきた。低いパイプオルガンのように聞こえるそれは、私の歌に伴奏がついたかのようだった。
「すごい。前より神々しい感じになってる」
「この伴奏みたいな音のせいだ。これは何だ?」
ユニコーンたちが声を潜めて言い合っていたが、私は歌うごとに自分の中の高鳴りが強くなっていくのに夢中だった。
ナギの声は私の歌を引き立て、より強くし、周囲にまるでマイクでも使っているかのように響き渡らせた。そんな訳はないと思うのに、この村の全てに、家の中にいる人々全てに届くように、私には思えた。
「気高き雷の虎よ 今こそ立ち上がれ
病を押し返し 美しき元の姿に立ち返る時
瘴気よ 我の力もちて散り散りに吹き飛べ
世界のひび割れは我が力もちて封印されよ
封印されよ―――」
最後のフレーズを歌った瞬間に、それは起こった。
私自身が金色に輝き出したのだ。皆の驚いた声に目を開けると、目の前はキラキラと光る金色のきらめきで満たされていて、すぐ傍にいるはずの皆も見えないくらいだった。
「え」
ぱん、と軽く身の内から弾かれるような感覚があって、その光は私の周囲から弾き飛ばされ、周囲に向かって円状に広がっていった。金色の光の壁は広がりながら村の家屋や木々を通過していって、その光が通った後の木々はしなびた葉っぱが艶々と色を取り戻したように見えた。
「おお…!」
セレスト様が声を上げる。光が通った後は大気に漂っていた薄い瘴気が、更に薄まったからだ。
『歌え、マ・リエ。もっと、もっとだ』
私の中で激励するナギの声に押されて、私は同じ歌を繰り返した。私から何度も発せられた光の壁は、私を中心にして円状に村を通り抜け続け、そのたびに瘴気は薄まっていった。
気がつくと、広場のあちこちからよろよろと数人の人々が集まってくるのが見えた。中にはほとんど這いずっているような人もいるし、その方が体力がもつのか金色の虎の姿でよろめきながら歩いてくる雷虎の人もいた。
彼らは私の周りに集まってくると座り込み、私を見上げて歌に聞き入っているようだった。(続く)
第22話までお読みいただき、ありがとうございます。
癒しの歌を歌った雷虎の村はどうなるでしょうか。
また次の話も読んでいただけましたら嬉しいです。




