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第21話。首都から迎えに来た領主の息子の頼みに、病が蔓延しているという雷虎の村に向かうことを決めた鞠絵。

第21話です。

「マ・リエ殿は、この村に滞在しておられたいのですね?」

「はい。…あと、鞠絵です」

「は?」

「私の名前は、鞠絵です。発音、難しいですか?」

 するとセレスト様はああ、と納得したように声を上げ、私に今までずっと謎だったことを説明してくれた。

「我々はマから始まる固有名称は発音しづらいのです。大変申し訳ない。私の友人にも、マ・ティアスという者がいますよ」

「あっ…そうだったんですね…」

「有名な歴史書に残っている人物の中にも、トーマ・スベンという者がいます。マ・ルガリーテという者も。だから大変恐縮ですが…お許し願えませんでしょうか」

「あー…それならもう、仕方ありませんね…大丈夫です、もう慣れましたから」

「本当に申し訳ない」

 細くて綺麗なラインを描く眉を潜めて私に頭を下げるセレスト様に、私はがっかりしながらもそう笑ってみせた。

 そうだったんだあ…道理で、長い名前の人もいるのにおかしいとは思っていたのよね。

 じゃあもう一生私はマ・リエかあ。ははは。

「聖銀様が混じりものになっている理由も、まだそれを伏せておきたい理由もわかりました。それを私も尊重しましょう。いいですね、エル殿」

「わかりました!マ・リエ殿が聖銀様であらせられたことも驚きながら、私がその恩恵に授かることができたことも非常に有難いこととして受け止めています。マ・リエ殿、私も秘密を守ると約束いたしましょう。それから、あなたが望む、態度はこれまでと同じ、ということも了承した」

 ペガサス姿のエルはニカリ、と大きな歯を剥き出して笑うと、それでは、とセレスト様に話の続きを促した。

 それにはい、と答えるセレスト様の丁寧な言葉遣いは、誰に対してもそうであるらしかった。

「エル殿からもう、南の雷虎の村に病気が広がっている、という話は聞いていると思います。領主である父はその実態を調べましたが、これという薬がないことも判明いたしました。エル殿からあなたを癒したという話も聞いた父は、もう頼れるのはあなたの癒しの歌だけと判断したのです。父は首都を離れられませんし、病気の蔓延している場所に赴くこともできません。ですから、息子である私がこうしてお願いに参りました。マ・リエ殿。どうか私どもと雷虎の村に赴き、あなたの歌にて病気を癒していただきたい。どうぞお願いできませぬでしょうか」

 そういえば、エルが病気のことは言っていたと思い出す。私たちとは遠い場所だから、何も心配はしていなかったけれど、病気が広がればこのユニコーンの村も侵食される恐れもあるんだ。

 それに、今現在苦しんでいる人々を、私の力でどうにかしてあげられるというのなら。

 先日ナギが起きたのは、私が危機に陥ったことに共鳴したからだと思っている。今回は彼の力を借りることはできないだろう。

 だから不純かもしれないけど、自分の力でどれだけやれるのかを試したい、という気持ちもあった。

「はい、わかりました」

「マ・リエ!?」

「私一人でナギの力も借りずに村一つ救うなんて、本当にできるのかわかりません。出来る限りのことをする、ということでよろしければ」

「それは勿論です。我々も村の食事や医療品を運ぶ後発隊を組織して既に向かわせています。それには医師や看護師も同行しています。もしうまくいかなくても、我々も出来る限りのことはするつもりでおります」

「そうでしたか。それでは同行いたします」

 私がそう言い切ると村長は複雑な顔をしながらも頷き、ルイとサラはあわてたように声を上げた。

「マ、マ・リエ、本当に大丈夫か」

「あんなことがあってまだ数日なのよ…あなたのことが心配だわ」

 優しい友人たち。大丈夫、私は頑張れるよ。

 だってこれが、私がこの世界にやってきた理由のひとつだと思うから。

 ナギが言ってた世界を救うってことにはまだ遠くても、救いを求める人々に応えることができるなら。

 私はどんなにしんどくてもやってあげたい。

 この世界で、私だけができることをするんだ。

 「ところで村長。私はマ・リエ殿とユニコーンの方々に恩義があります。お礼が遅くなりましたが、これをお渡ししたい」

 拳を握って決意する私をよそに、エルが村長におそらくは金貨や銀貨の入った袋を手渡していた。

「いや、困っている方を助けるのは当然のことでしょう。それが旅の途中であれば尚更に、お互い様ということでは」

 村長が受け取らずにいると、エルは困ったように首を振った。

「私は本当に命が危ないところをこの村の方に助けていただいたのですから、この村へのお礼としてぜひ受け取っていただきたい。急ぎやって来たものですからわずかですまないが、他に必要なものがあればまた後で礼として用意しますので」

 私はダグと一緒に村長に呼ばれ、それでいいかと聞かれたので、エルがどうしてもと望むならそれで構わないと答えた。

「…わかりました。村への礼というのであれば、お預かりいたしましょう。村のために不足しているものや、薬などを買わせていただこうと思います」

 持ってきた礼の金貨を受け取ってもらえたエルは満面の笑顔になり、早速私に向き直って大きな声で言った。

「それではマ・リエ殿!さっそく私の背中にお乗りなさい!」

「えっ」

「エル殿、それでは私はどこに乗って行くのですか?父からの命で、私も同行する義務があるのですが」

「そんな小さな少女一人増えたところで、この翼はビクともいたしませぬ!心配めさるな、ささ、早く!」

 い、いやいや、ちょっと待って。

 私は昼食の後急に呼びだされてきたんですけど。家の中も片づけてないし、ミシャやシルにも何も言ってきてないんですけど。

「近所の者には私から言っておこう。家の中もミシャやシルが片づけてくれるだろう。着替えと身の周りのものだけ持っておいで」

「は、はい…わかりました」

 そうだよね、そんな暇はないものね。

 急いで家に戻り、荷物を小さなカバンに詰めて戻る。すぐ隣のシルの家にいる彼女とキアやケリーに挨拶をして行きたかったけど、長くなってしまいそうだと判断してあえて寄らなかった。

 村長の家の前まで戻ると、そこにはユニコーンの姿になったルイとサラ、それにダグもいた。

「我々もついていく」

「ペガサスに乗せるなんて危険だ。万が一落ちたらどうする。オレの背中には乗り慣れてるんだから、オレが乗せていく」

「るっルイ」

「地面を走っていくのなら、護衛が必要だろう。話は聞いた、オレが護衛につく」

「ダグさん」

「ダグさんが行くなら私も行きます!それにマ・リエの世話をするには女性が必要よ、男ばかりじゃダメです!」

「サラ」

 みんな…ありがとう。サラの動機はちょっと不純な気もするけども、確かに女性がいてくれると有難いことには変わりない。

 皆つい数日前にひどい目にあったばかりだというのに、その後遺症もきっと残っているだろうに、私のために行くと言ってくれるなんて。

 本当はそれぞれが、色々な想いを抱えていると思うのに。

 村長が進み出て、エルとセレスト様に頭を下げてくれた。

「この通り誰一人引き下がらないので、連れていってやってください。パリス殿、申し訳ないが低く飛ぶか走ってユニコーンたちを誘導してやってはくださいませんか」

「この私に大地を走れとは…全く…仕方がないな」

「雷虎の病気はペガサスにうつったのです、ユニコーンにもうつるかもしれませんよ?」

「マ・リエの力があれば大丈夫だと、我らは信じています」

「なるほど…それでは行くぞ!」

 ルイの背中には既に鞍が締めてあった。街への往復で鞍に一人で跨れるようになった私が乗ると、ルイは首を弓なりにしていつもの片方の前脚と後ろ脚がそれぞれ一組ずつ地面に着いたり離れたりする、側対歩という歩き方で小走りになった。村を抜けると速足になり、私が大丈夫そうと見るや駆け足になる。実は馬にとっては、この走り方のほうが楽で長時間走れるらしい。

 鞍の取っ手に捕まって、ルイの走り方に合わせて体を揺らしながら、私はどれくらいで着くんだろうと考えていた。お尻が痛くなる前に着いてくれるといいんだけど。でもダグとサラの背中には荷物が括り付けられていて、少なくともどこかで野営をするのだと知れた。

 がんばれ、私のお尻。(続く)

第21話までお読みいただき、ありがとうございます。

病を治すべく雷虎の村へ向かうことを決めた鞠絵さん、どうなるのでしょうか。

また読んでいただけたら嬉しいです。

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