第20話。ユニコーンの村に戻った鞠絵を訪ねてきた人たちは、彼女が聖銀竜との混じりものだと知っており…?
第20話です。
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鞠絵たちがその前日に助けたペガサスのエルドラッド・パリスだが、陽が沈みきる前に街の上空を抜け、空に星が煌めき始める頃に首都サンガルに到着していた。
「エルドラッド・パリス、到着いたしました!領主アラル・トリスラディ様に御取り次ぎを!至急ご報告することがございます!重大にて、急ぎ御取り次ぎを!」
領主の館の門前でヒト型になった彼がそう叫ぶと、しばらくして館の大きな門が門番の手によって開かれた。その中から白銀の髪を長く垂らした男性が進み出てきて、穏やかにエルドラッドに話しかける。
「これはパリス殿。いつにもまして急がれておりますな」
「フィル殿!南の雷虎の村にはやはり病魔が侵食しておりまする!」
「なんと。では急ぎ取り次ぎます。こちらへどうぞ」
「館の中でも飛んでいきたいくらいです!」
「あなたの翼を広げてもぶつからない広さはありますが、ヒト型でお願いします。私がついていけませんので」
大柄なエルドラッドに負けない長身のフィルが二人で並んで速足で歩けば、広い領主の館の中といえすぐに執務室の前にやって来た。
「トリスラディ様はまだ執務室に?」
「このところ、不穏な気配がありましてな。お忙しくされているのです」
フィルが扉を叩くとすぐに中から応えがあった。
装飾の施された大きな木の扉を開けば、内装は思うよりさっぱりしていた。部屋の中央には落ち着いた色味の向かい合ったソファがあり、木でできたテーブルを挟んでいる。部屋の壁際にはたくさんの書籍や書類を収めた本棚が並んでおり、その最奥に重厚なやはり木製の大きな執務机があった。
机の上にはたくさんの書類が散らばっている。灯りの向こうで難しい顔をした壮年の男性が、この周辺を治める領主、アラル・トリスラディだ。
彼は真竜とされる地竜との混じりものである。
「これはこれは、パリス殿ではないか…お願いしてあった調査の件ですかな?」
黒髪の偉丈夫は書類から顔を上げ、エルドラッドを見るなり黒いヒゲを撫でながら声をかけた。
「はい。ご多忙のところ、失礼いたします」
「よい、そなたの情報はいつでも歓迎だ。して、今回は何か?」
「はい。南の雷虎の村はやはりかなりひどい病魔に侵されております。至急専門家の派遣を」
「何と。それは急を要するな…いつ見たのだ?」
「つい昨日でございます。私は今日の昼間まで滞在して様子を見ましたが、ほとんどの家が病にかかっています。お知らせするべく飛んで参ったのですが、夕刻に一度、森に落ちてしまいまして…遅くなってしまいました」
「落ちた?そなたが?それはまた一体どうして」
「私も病気になりまして。それで飛ぶのもままならなくなり、墜落してしまったところを獣に襲われそうになり、ちょうど通りかかったユニコーンたちに救ってもらったのです」
「しかし…今のそなたは病どころか、いつもにも増して息災そうに見えるが」
「それはその時に癒してもらいまして、それで首都に来ることができたわけでして」
エルドラッドの説明に、領主アラルは驚いて立ち上がった。
「今なんと!?その話をもっと詳しく聞かせてくれ」
「は、はい、実は…」
そして彼は、街の近くの森で起こった、ユニコーンが連れた少女の話を領主に詳しく話したのだった。
◆ ◆ ◆
私が聖銀として受け入れられてから数日は、平穏な時だった。
村人たちはぎこちなくも今まで通りに接しようと努めてくれたし、その日はキアとケリーが遊びに来てくれた。
「キアも今まで通りにしてね?」
「じゃあ…マ・リエおねえ、ちゃん?」
おねえちゃん。
じーんとくるわ…その響き…。
「キ、キア…!もう一回言って!」
「マ・リエおねえちゃん」
「キア~!そう!それでいいの!」
思わず両手を広げてキアを抱き締めると、隣のケリーがぶう、と唇を尖らせた。
「キアはまだ小さいから我慢してるけど…やっぱり…キアばっかりずるい」
「え?」
「おれだって、マ・リエにぎゅっとして欲しい」
「じゃあ…ケリーも私をおねえちゃんって呼んで?」
「…マ・リエ…おねえ、ちゃん」
きゃ~~~!
「ケリー~!なんて可愛いの!」
彼をぎゅっとして、それからキアも一緒にぎゅってして。
ああ、幸せ。
ユニコーンの村に滞在してしばらくたつから、キアやケリーも私に懐いてくれたし、村の皆も仲良くしてくれるから嬉しい。
「オ…オレも」
「え?何か言ったルイ?」
「いっいやなんでもない、何も言ってない。気にするな」
「そう?」
「ほらほら、皆でお昼ごはんにしましょうね」
ルイとは反対隣に住むシルとサラがお昼ご飯を作って持ってきてくれて、私たちは皆で美味しいお昼をいただいた。
ミシャとザインは畑仕事に出ている時間のため、今日はキアとケリーをうちで預かっているので、二人も一緒だ。
「ん~、美味しい!シルのごはんはいつも美味しいわね!」
私がそう褒めると、シルははにかみながら笑って首を振った。
「そんなこと…いつもマ・リエが教えてくれるからよ。マ・リエの料理はいつも斬新で驚くけれど、食べてみると美味しくてびっくりするもの」
それは、前の世界の日本で私が自分で作って食べていた料理だから。こちらの人たちには物珍しいみたいだった。同じ材料、同じ調味料が手に入らないことも多かったが、似たようなもので代替して作ってみたら、それなりの料理ができたのだ。
とてもじゃないが食べられない、っていうものは今のところ出来ていないから助かった。
そうして皆で楽しく昼食を摂って、さて午後からはまた各々の仕事に戻ろうかという時。
村長があわてて駆け込んできて、私を呼ばわった。
「マ・リエ、すぐに私の家に来ておくれ」
「どうかしたんですか?」
「お前に客人が来ている。火急の用事だそうだ。食事が済んでいるのなら、すぐに来ておくれ」
「食事はちょうど済んでいます。では今すぐに」
「マ・リエ、オレも行こうか?」
「ルイ…そうね、ルイも一緒でいいですか?」
「それじゃ私も一緒に行くわ」
村長は頷いてくれたので、私はルイとサラも連れて村長の後について行った。キアとケリーはシルが連れていってくれたので安心だ。
村長の家の前にいたのは、見たことのあるタンポポ色の大きなペガサス。
「あっ!あなたは…えと…エルさん!」
「おっマ・リエ殿!そうだあなただ!私を歌で癒してくださったのは!その節は世話になった、本当にありがとう!セレスト殿、この方がお話したマ・リエ殿ですよ!この青銀色の髪の可愛らしい少女がそうです!」
わあ相変わらず、声が大きいなあ。
私がちょっと引いていると、彼の隣に立っていたヒト型の男性が私を振り返った。
艶やかな黒髪を背中に流して、背中の真ん中ほどで一つに結んでいるまだ若い男性だ。瞳も黒く、薄いオレンジ色の上着と黒いズボンを穿いていた。
動きやすそうな服装であることと、エルの背中に鞍がついているところからして、エルに跨ってきたのだろう。
男性は私を見るなりその瞳を大きく見開いて、しげしげと私を上から下までじっくりと見た。そ、そんな見られるとさすがに恥ずかしいんですけど…。
私が何か言おうと口を開くより先に、男性の低くて穏やかな声が響いた。それは何だか周囲を心落ち着かせる声だった。
「エルドラッド・パリス殿、なんと素晴らしい方に引きあわせてくださったのか。心より御礼申し上げる」
「はっ?」
エルが男性を振り返るより早く、彼は右手を胸に当て、直角に腰を曲げて私に向かって深々と頭を下げた。
えっ…えっ?何ですか、エルを治してあげたことがそんなに嬉しかったんですか?
「あっあの、顔を上げてください」
何だかデジャヴ。ここしばらく、こんなことばっかりな気がするんだけど。
「若き聖銀の姫よ。お会いできて感激です。私は領主の息子セレスト・トリスラディ。首都サンガルより参りました」
ええっバレてる!なんで!?それでわざわざ首都から私を呼びに来たってこと!?
ユニコーンたちにはきっちり口止めをしてあるし、エルには聖銀竜どころか、霊鳥だという仮の設定ですら知られていないはずなのに。
あと私を聖銀竜との混じりものだと知っているのは…いるのは…。
「ああっ!!」
そうだ、あのウサギさんたち…!そういえば、彼らは街に戻るって言っていなかったっけ。彼らには口止めをした覚えがない…!
「あ、あの、えと、私は鞠絵です。沢村鞠絵」
この長い名前の人になら呼んでもらえるかもしれないと、私はうろたえながらもまずは本名をきちんと名乗った。
「す、すみません。もしかしてウサギの混じりものの方たちから、私のことをお聞きになったのですか?」
「ウサギの?いえ、私は聞いていませんが」
「でも今私のことを聖銀だと…」
「ああ、それは」
彼は上体を元にもどし、右手は胸に当てたまま、私を穏やかな黒い瞳で見て微笑んだ。この方が…領主様の息子。さすがに器が大きそうだ。
「わかりますよ。私は真竜が一角、地竜との混じりものなのです。あなたの中においでになるのが誰なのか…同じ竜ですから、わかります」
そ、そ、そ、そうだったんですね!領主様の家系が地竜だったなんて…あっそういえば前にそう聞いたような…。
「お分かりになったのなら仕方ない」
と村長が溜め息をついて、セレスト様に説明する。
「彼女は確かに聖銀竜様との混じりものです。これは我らだけの秘密にすべしとしたところでしたので…今、訳をご説明いたします」
村長が私についての説明を行うと、セレスト様はなるほどと頷いて、私に尋ねてきた。(続く)
第20話までお読みいただき、ありがとうございます。
鞠絵さんを訪ねてきた地竜の首都からやってきた二人。
また次のお話も読んでいただけたら嬉しいです。




