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第18話。ウサギの混じりものたちを癒し、とある約束を交わす鞠絵。

第18話です。

 困っていると、背後から小さな声がかかった。

「あのう…大変、申し訳ございませんでした…聖銀様」

 あれっユニコーン以外にもバレてるけど!?振り返ると、ウサギの混ざりものの人たちが、全員荷車から降りて正座していた。

 こんなにいたんだ…小さい子供も、赤ちゃんまでいる。さっきは先頭の男性二人しか見えなかったのに。

「子供たちを人質にとられていて…奴らの言うことを聞くしなかったのです。本当に…申し訳ございませんでした。私たちはどうなってもかまいませんので、どうか子供たちだけはお許しねがえませんでしょうか…」

 私たちに煙玉を投げつけてきた人が、そう声を震わせて草に顔を擦りつける。

 するとウサギたちは揃って全員が土下座した。皆ふるふると体を震わせていて、親なのだろう何人もの人たちにしがみついた子供たちも、泣きそうに肩を震わせている。

「おかあさん、ごめんなさい。私たちのせいで…おとうさん、せいぎんさま、ごめんなさい」

 私は何かを言おうとしたビリーやダグを制して、前に進み出た。

「そうなんですね。人質がいたなら仕方がないことです。きっと私があなたたちの立場だったら、同じことをしたでしょう。…でも」

 でも。

 私の耳には、まだ残っている。

 ゴリゴリと角を削られる音、肉の焦げる音と匂い、皆の悲鳴が。

 もし助かっていなかったら、全員が焼き印を押され角を切られて、奴隷として過酷な状況下に売り払われていた。

 それを思い出すと、勿論一番悪いのは盗賊だとわかってはいても、この人たちのしたことを許すことはできない。例え、どんなに謝られたとしたって。

 するとウサギの混じりものの赤ちゃんが不意に泣き出した。その子を抱えていたまだ小さい子供が、あわてて赤ちゃんを抱き締めて声を漏らさないようにした。

「ご、ごめんなさい、ごめんなさい…静かにさせるから、声を出させないようにするから、おにいちゃんをもう殴らないでください…」

 その子の隣にいた、十歳くらいの男の子がふらふらと顔を上げる。その顔を見て、私はギョッとした。

 男の子の顔は腫れあがっていて血だらけになっており、唇からも血を零していた。片目は開かないようだ。きっと顔をひどく殴られたのだろう。よく見れば真っ赤な服はそういう色なのではなく血で汚れたためのもので、あちこちが破れていた。ナイフで浅く切り刻まれでもしたのだろうか。片方の耳も半分ちぎれてしまっている。痛そう、なんてものじゃなかった。

 なんてひどい。この子を見せしめにして、他の子に言うことを聞かせたんだ。そしてその子供たちを人質に、大人を脅したのだ。

 ユニコーンを狩るために。

 だから、子供たちには声を出させないようにしたのだろう。

「ごめんなさい。静かにするから…もう殴らないで。おとうさんやおかあさんにも、ひどいことしないで」

血まみれの子供の妹らしき子供は、赤ちゃんを抱きかかえて呆然と目を見開いたまま、ブツブツと抑揚もなく呟いている。他の子供たちも静かに涙を流しながら、震えて縮こまっていた。

 余程怖い思いをしたのだろうと思えば、私にはそれ以上彼らを責める言葉を言うことはできなかった。

 けれど、起こるかもしれなかった恐ろしい未来を考えれば、彼らを許すことはやはり私にはできそうもない。

 だから。

「…あなたたちのしたことを、私は許すことはできません。だって…あの悲鳴が、あの恐ろしい音が、匂いが、未だに私の中に残っているから。決して、これからも忘れることはできないでしょうから。…でも…そんな姿を見てしまってはもう私には、あなたたちを罰することもできない。だから…罪を償ってください」

「償う…とは…我々は何をすればよろしいでしょうか、聖銀様」

「そうですね…」

 私は考えた。どうすれば、私も彼らも納得できる罪の償い方があるだろう。私の後ろでただじっと聞いていてくれるユニコーンたちにとっても。

「それでは…今後出会うユニコーンたちに、優しくしてあげてください」

「え?」

「あなたたちと私たちは、もう二度と会わないかもしれない。だから、他のユニコーンに出会ったならできるだけ優しくしてあげてください。あなたたちに無理のない、その時できるだけで構わない。困っていたら助けてあげるとか、何もなければただ仲良くしてあげるとか、毛を梳いてあげたり木の実ひとつあげるだけでもいいですから」

「は、はい」

「ただし期限はあなたたちが生きている間ずっと。その赤ちゃんが生きている間、ずっとです。それをもって、償いとしてください」

 ウサギたちは声をのみ、じっと私の言葉を聞いていた。

「…かしこまりました。我らの始祖の名にかけて。子供たちにも十分に話をし、きっときっと仰る通りにいたします。…ありがとう…ございます」

「ありがとうございます」

「美しき聖銀の姫よ。ありがとうございます」

「これでどうかしら。何か不満はある?」

 私はユニコーンたちを振り返り、そう聞いてみた。ルイが黙って近づいてきて、私の両手をそっと取った。その時になって初めて、私は自分の拳をぎゅっと握り締めており、ぶるぶると全身ごと震えていることに気づいた。

「…文句はない。それでいい。だからマ・リエ…そんなに泣かなくていい」

「…ルイ…」

「お前の綺麗なピンク色の瞳が、ウサギのように真っ赤になってしまうぞ」

 澄んだ草原色の瞳が、私を静かに映している。その色に慰められて、私は他のユニコーンたちを見つめた。カイが、ビリーが、ダグが頷き、サラを抱き締めたシルもサラと目を見交わして、二人で頷いてくれた。

「ありがとう…みんな」

 ダメだなあ、私。

 こんなことでこんなに緊張して。

 聖銀竜が何もかもを許す優しい存在なら、きっと私はなれない。

 でも。これぐらいなら。

 私は涙をぬぐってウサギの混じりものたちに歩み寄った。あの男の子を放っておくわけにはいかないもの。

「じっとしていて」

「え、聖銀…様?」

 リーダーらしき男性が声をかけてくるのに、すごくぎこちなく微笑んでみせる。

「だってこんなひどいケガをしていたら、ユニコーンたちに親切にするなんてできそうにないでしょ」

「聖銀様、もしかして」

 私は大きく息を吸い込んだ。とても歌う気分じゃないけれど、幸いにも私の中にはまだナギの力が残されている。

「ラ~ラ、ラララ…ラララララ…」

 血まみれの男の子の前にしゃがみ込み、小さい声で歌詞のないスキャットで歌い出した私に、ウサギたちは驚いて赤い瞳を見開く。けれど間もなく男の子の体が金色に光り始めて、ちぎれかけた耳の輪郭が外側から繋がっていくと、おお…という感嘆の声があちこちで上がった。

「あ…ボク…」

 金色の光が収まると、私はスキャットをやめた。目の前には可愛い二本のウサギの耳を頭につけた男の子。

 服は血で汚れたままだが、そのまろやかな肌には傷ひとつなく、ちぎれかけた耳も真っ白で内側がピンクの、ふわふわなウサギの耳になっている。殴られて腫れあがっていた顔は、可愛らしい十歳の男の子らしい顔に戻っていた。顔のあちこちに血がこびりついているのが痛々しかったけれど。

「あれ…痛くない。ボク…どこも、痛くないよ…?息するのも苦しくない…」

 きょとんとした顔で、男の子がそう声を上げる。その横で両手で口を覆って奇妙な声を出したのはこの子の両親だろうか。その二人は男の子をぎゅっと抱き締めて、やがて啜り泣き始めた。

「ああ…エディ、エディ…!」

「なんということだろう…!聖銀様が、この子を癒してくださった…!」

 私は男の子、エディを抱き締めている両親の隣で未だ呆然としている女の子の前に向き直った。傷ついたこの子の心も、なんとかしてあげなければ。

 私は彼女に手を添えて、そっと語り掛けた。

「赤ちゃんを少し離してあげて。もう悪い人はいないし、お兄ちゃんのケガも治ったよ」

 それでも彼女の涙をためた赤い目は、空中を見つめたまま焦点が合っていない。口の中ではまだ何かを小さく呟き続けている。

「もう誰もあなたの家族を苛めないわ。大丈夫、心配いらない」

 するとやっと女の子の目線が私に戻ってきて、赤い瞳でじっと見つめてきた。ああ、こんな時に優しく笑いかけてあげるべきなのだろう。でも今の私にはできない。だから。

 私はできるだけ静かにゆっくりと、彼女の心に沁みとおるように言った。

「だから…もう、声を出して泣いてもいいのよ」

 すると女の子の両方の瞳からぼたぼた、と涙が零れ落ちてきた。それに気づいた母親らしき人が彼女を抱き寄せると、あ、あう、と、ようやく小さな声が漏れた。

「サーシャ、もう大丈夫。お兄ちゃんも治ったよ。聖銀様が、治してくださったよ。怖かったね、よく我慢したね」

 そう母親が語りかけ、彼女…サーシャの小さな背中をさすってやると、サーシャはうわあああ、と突然驚くほどの大声を張り上げた。

「うわ、うわああ、うわあああん…!」

「サーシャ、サーシャ、いい子ね。よく頑張ったわね。もう大丈夫。もう、怖くないから」

「お、おか、おかあさん、おかあさん」

「ええ、ええ、サーシャ」

 父親に抱えられていたエディがサーシャに手を差し伸べて、母親ごと抱き締めた。

「ありがとうな、サーシャ。お前が頑張ってくれたから、皆も頑張れたんだ。よくやったぞ、えらいぞ」

「おにい、おにいちゃん、わあああ」

「ロンをこっちに。ほら、もう離していいから」

 エディが手を差し出すと、サーシャは大泣きしながらぎゅうと抱き締めたままだった赤ちゃんをおずおずと胸から離し、エディに渡した。赤ちゃんはしゃくりあげていたが、エディに抱き締められると大人しくなった。

 母親にしがみついて泣きじゃくっている小さな女の子は、どれだけ怖かったことだろう。

 それでも彼女は家族のため、必死に声を殺して漏れないようにしていたのだ。

 きっと、頭が少しおかしくなってしまうほどに。

「聖銀様」

 しゃがんだままの私を、ウサギの両親の真っ赤な瞳が振り返った。

「私たちを…息子のケガばかりでなく、娘の心の傷まで癒していただき…なんと御礼を申し上げてよいやら」

「…いえ…私は話しかけただけです。娘さんの心の傷をこれから癒すのは、親御さんたちですよ」

「はい、わかっております。けれど…娘のことでも、御礼を言わせてください。ありがとうございました」

「私からも御礼を。癒していただき、ありがとうございます」

「いえ…んっ?」

 今なにか、ユニコーンたちが声を上げた気がしたけど。

 でも残ったナギと私の融合した力を使ったことで、渾身の力を籠めて歌詞つきで歌わなくても男の子の傷を癒してやれたこと、女の子も大丈夫そうなことに心底ほっとしていた私は、背後でユニコーンたちが何やらヒソヒソと話し合っていたのには気づかなかったのだった。

「そういえば…聖銀様って、癒しの力あったっけ?」

「いや…伝承では聞いたことがない。聖銀様は神金様が閉じたほころびを封印し固定することで維持する役割をお持ちで、癒しについては何も言い伝えがないが」

「そうだよな…」

「いいじゃないの、マ・リエが私たちを、そしてあの子を癒したことは事実なんだし」

「まあ、そうだなあ。聖銀様の治癒力のことは、村長にも伝えなければ」

「皆、どうしたの?ケガした子も治してあげられたし、遅くなっちゃうからもう帰りましょう?」

 口々に御礼を言われるのを振り切って戻ってきた私がそう声をかけると、ユニコーンたちはそうだな、と一様に首を縦に振って、カイとビリーがユニコーン型に戻った。

 二人を荷車に繋ぎ直した後、全員がユニコーンの姿になって、私たちは再びユニコーンの村に向かって、街に戻るというウサギたちが手を振るのに応えながら出発したのだった。

 そしてうっかり、私たちがウサギたちに口止めをしなかったばかりに、その後街では聖銀竜とそれを宿す娘についての噂が広がることとなったのだった。(続く)

第18話までお読みいただき、ありがとうございます。

ウサギさんたちは悪くないですが、してしまったことへの償いは必要かなと思って書いた部分です。

うっかり口止めを忘れてしまった鞠絵さんたちですが…。

また次の話も読んでいただけたら嬉しいです。

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