第179話。差し向けられた敵を相手にして、元アトラス帝国の大将軍ヴィレドと、深手を負った第三皇子ガイウスが戦う。ヴィレドの話にただ一人納得いかなそうなカルロスだったが…。
第179話です。
危険感知と危険回避のギフトによる直感を使って、大木とガイウスを背にしたヴィレドは剣による攻撃を跳ね返し続けた。相手は生き残った護衛二人と馬で現れた三人の合計五人もいたが、下のほうまで枝が生い茂る大木に阻まれたため、ヴィレドは二人まで相手にすれば良かったのが幸いした。
それでも剣の先が皮膚をこそぎ、ヴィレドは傷だらけになっていく。
「はっ…はっ…はっ…」
もう若い頃とは違うのだ。
息が切れる。腕が、体が重い。
だが、敵はヴィレドを休ませてはくれない。斬撃が次々と襲ってきて、傷がまた増えた。
それでもギフトによるカンだけで斬撃を防ぎ、斬り返して、ヴィレドは歯を食いしばる。
もう少し…きっと、もう少しのはずだ。
わき腹を血に染めたガイウスは、片手で傷を押さえ、大木によりかかるようにしながらも、懸命にもう一本の手で剣をふるい、ヴィレドの対処しきれない敵をさばいていた。
甘やかされて育ったはずのガイウスは、この状況に泣きもわめきも命ごいすることもなかった。
激痛に耐え、浅い呼吸をしながら必死に戦の姿勢をとっている。
皇子であるガイウスは、戦に出てもほとんど実戦の経験はない。その彼が、剣を構え傷に耐えて戦っている。
その辛抱強い姿が、ガイウスを産んだ母親と重なった。
産後の肥立ちが悪く、ガイウスを産んで数ヵ月で亡くなったその女性は、ヴィレドが人生でただ一人だけ、愛した女性だった。
幾度も通って、何度も口説いて、ようやく結婚してもらえることになって、婚約者として皇帝の前に立ったとき、皇帝の目にとまって奪われていった女性。
その女性が産んだ皇子は、今こんなにも己の背後で戦っている。
「絶対に…あなたは死なせない…ッ!」
ヴィレドは血でぬめってきた、剣を握る手に力をこめた。
その、とき。
助け手は敵の背後から現れた。
「それが、あなた方です」
話し終えたヴィレドは、サラが差し出してくれたお茶を有り難く頂き、喉を潤した。
一同はそれぞれに納得したが、カルロスだけは難しい顔をしていて、唸るようにつぶやく。
「あなたは自分の出世のために、婚約者を皇帝に差し出した。そういう噂を耳にしましたが、本当は違ったのですね」
「そう思われても仕方がないでしょうね。将軍位と伯爵の位をたまわったあの日、私は何もできなかった。何もできず何も言えず、ただ忠誠を示せという皇帝陛下の御言葉に、はいと頷くことしかできなかった。だからあの場にいた者たちには、そう見えたことでしょう。彼女は私の立場を悪くしないために、抵抗もせず嫌だと言いそうになる口元を隠して、ただ瞳にたくさん涙をためて、私の前から連れていかれました。私は今でも、あのときの彼女の瞳を忘れることができません」
サラが半泣きで叫ぶ。
「そんなに想っていたなら、何故助けなかったの…!?位なんていらないから、彼女を返してと言えば良かったのよ…!」
ヴィレドは視線を落として苦笑した。(続く)
第179話までお読みいただき、ありがとうございます。
ヴィレドはサラの言葉に何と答えるのでしょうか。
また次のお話も読んでいただけましたら嬉しいです。




