第17話。鞠絵の中のナギが一時的に目を覚まし、鞠絵は敵を追い払い皆の傷を癒す。ユニコーンたちには聖銀竜との混じりものだとばれてしまい?
第17話です。
パアン、という音と共に、私の首に嵌まっていた隷属の首輪がはじけ飛んだ。
ウオオオオ…と巨大な獣の叫ぶ声がどこかでする。大気がピリピリと振動する。その場にいた私以外の全員が、身動きを許されずに固まった。
私は真っ赤に染まった視界の中で、ゆらりと立ち上がった。私の手足を縛っていた紐なんて、もうどこにもない。
「ひっ、ひいいい!?」
振り返って私を見た魔法師の男が、目をむいて腰をぬかした。
他の只人たちはユニコーンの角を切っていたノコギリを離し、腰の剣を抜いて私に迫ろうとしたが、私がひと睨みするとたちまち吹き飛ばされていった。
何これ…体の中に、私のものじゃない力が渦巻いてる。
これが…ナギの力?
ううん、ナギだけじゃない。
これが彼と私の力が融合した力なんだ。
ナギは私の怒りに触発されて、一時的に目覚めたようだった。でも彼はとても眠そうで、本来のナギが目覚めたとは思えない。
いつか彼が本当に目覚めたのなら、これ以上の力が発揮されるってことなんだろうか。
「許さない…こんなこと絶対、許さないわ!」
青みがかった銀色の髪が、ごうごうと音をたてて私の周りを巡る風に煽られて舞い上がっている。私の瞳はきっと、深い紫の縦長の瞳孔になっていることだろう。
私を取り巻いていた風はユニコーンたちをも覆っていった。
私はわき起こる力に流されるまま心を籠めて祈り、無意識に詩のない歌を歌った。
それは他の者にとっては、叫びにも聞こえたことだろう。
―――どうか、ユニコーンたちの角が治りますように…!―――
風の中のユニコーンたちの角はその直径の半分近く切られていたが、その傷が外側から光輝きながら閉じられていく。
―――皆の焼き印が消えますように―――
角の傷と同じように、肉を焼いた惨い焼き印の外側が金色に輝いた。その光が内側へと向かっていくと、光が通った後は傷ひとつなくなっていた。
―――皆の麻痺が治りますように…!―――
ユニコーンたちの全身が黄金に輝き、その光の中で彼らはよろり、と立ち上がった。彼らの足を縛っていた紐も、私のそれと同じように吹き飛んでいた。
全部治りますように、とまとめて祈るより、具体的に念じたほうが確実な気がしたのだけど、私…歌詞がなくても皆を治してあげられてる!?
「ひ、ひい、竜、竜だ…!」
怯えた声に振り返ると、盗賊たちの中で魔法師が私を指さし叫んでいた。その指は私の身長よりもずっと高いところを指していた。
「なんてでかい竜だ、こんなデカイのは亜竜なんかじゃねえ。真竜でもねえ、神竜そのものだ!」
はい、当たりです。
風に包まれて青みがかった銀色の髪を舞い散らせている私の背後に、彼らは巨大な竜の姿を見たようだった。
ナギって私と同じくらいじゃなかったっけ。驚かせるために巨大に見せてくれてるのかな。
「神竜だとしたら黒鋼竜…アダマンタイトだ!」
えっ違います、ナギは聖銀竜です。黒鋼の上ですよ。
でも聖銀竜はもういないって言われてるみたいだし、訂正も面倒くさいから黙っていよう。
只人たちは魔力が低いはずだけど、ナギの力が強すぎて見えているみたいだった。色はよく見えていないみたいだけど。
「一国を一頭で滅ぼすっていう、アダマンタイトだ…!」
えっそうなの?
「隷属の首輪も焼き印も、全部吹き飛ばされちまった」
「武器も全部壊れちまったぞ!」
「こっここ殺される、こんなバケモノ…敵うわけねえ!」
「逃げるぞ!すぐに!」
「ひいー、お助けを!」
それ、さっき私たちが散々言ってたことですよね。
怒りに任せてギロリ、とローズクォーツ色の瞳で睨むと、盗賊たちの肩や腕や脚に鋭い切り傷が入った。ひいい、と叫んだ彼らは、各々肩を押さえたりびっこをひいたりしながらあわてて自分たちが潜んでいた荷車に乗り、命からがら走り去って行った。
おびえきった馬たちが、鞭を入れなくても全速力で走ったため、荷車の開いた後方部分から荷物をバラバラとまき散らしながら。
「…もう、敵はいないね」
急速に自分の中の力が収束していくのがわかる。ナギの瞳が閉じて、また眠りに入ったのがわかった。
ありがとう、ナギ。おかげで助かりました。
私は自分の中のナギにそっと御礼を言って、周囲を見回した。ナギはまだ自分が傷ついているのに、私を助けるために力を貸してくれたんだ。
ナギの力のおかげか、私は少しだけ脱力感があるくらいで済んでいるし。
周囲は激しい強風で草がなぎ倒されてはいたけれど、私の周囲…つまり荷車は二台とも無事だった。良かった。怒りに任せて破壊しちゃったかと思った。
そんなことより皆の無事を…と思って振り返ると、何故かヒト型になって私の背後に勢ぞろいしたユニコーンたちが、全員土下座して平たくなっていた。
「えっ、えええ!?皆さん、何してるんですか!?」
つい敬語になってあわてて両手を振ると、ビリーが一言声を上げた。
「聖銀様…!」
あっこっちにはバレちゃってる。そうか、伝承があるもんね…魔力の高い彼らはナギの姿を色ごともろに見たんだろうし。
只人たちには誤解されたままだけど、まあそっちはどうでもいいか。
「お助けいただき、ありがとうございました…!」
「あの」
「聖銀様ですよね、その聖なる輝き…言い伝えの通りだ…!」
「ちょっと」
「すみませんでした、鳥だなどと誤解していて…今までの数々の無礼、どうかお許しください」
「待って」
「聖銀様とは露知らず」
「ですから」
「オレ…いや私もタメ口きいて、不愛想ですみませんでした!」
「いえルイ、そんなことは」
「罰するならどうか、オレだけを…!」
「いえ私も馴れ馴れしくしてすみませんでした!」
「だからサラ、そんなことないから」
「我らユニコーンは元々聖銀様にお仕えする者。だというのに今まで様々なご無礼をいたしまして…!」
ビリーが更に平たくなる。
いや、着るものも住むところも食べ物も提供してもらって、無礼なんて何ひとつなかったですけど。
とても大切にしてもらいました。
皆が大好きだから…だからあれだけの力が出せたのだけど。
「と、とにかく、無礼なんて一つもないから!だからどうか全員顔を上げて!私は今まで通りがいいの、どうかお願い!」
「…しかし…」
それでも私が何度も懇願すると、恐る恐る顔を上げた全員がそれぞれの顔を見合わせ、やっと私を見上げてくれた。
「さあ、立って。ほら、皆大丈夫?どこも痛いところとか、ない?」
草まみれ土まみれになっている全員をようやく立たせて草と土を軽く払ってあげると、彼らはようやくぎこちない笑みを浮かべておかげさまで、と言った。
「本当に…今まで通りで、いいのか?」
「いいの。そうして欲しいの。もうバレちゃったなら仕方ないけど、今までみたいに接して欲しい」
「…そうか…」
彼らはそれでも納得がいかないようだったが、やがて年長のビリーが頷いてくれた。
「ではそうしよう。しかし村に着いたらきちんと報告させてもらうが、いいかね?」
「…それは…仕方ないわね…でも今まで通りに接してもらう、っていうのが条件で」
「それを飲めなければ…」
「仕方ないから、私はこのまま出ていきます」
本当はそんな気は全然なかったのだけれど言ってみる。
するとユニコーンたちは大慌てで両腕を振り、それは困る!とか我らが聖銀様をぜひ我が村へ!とか叫びたてたので、私はじゃあ、とにっこり笑って人差し指を立てて見せた。
「接し方は?」
「はい、今まで通りにいたしますので!」
「だから~…」
もうこれは、少し慣れるしかないのかな?(続く)
第17話までお読みいただき、ありがとうございます。
とうとう聖銀竜との混じりものだとユニコーンたちにばれてしまいましたね。
また次のお話も読んでいただけたら嬉しいです。




