第167話。大将軍から降格されたヴィレドが皇帝ディガリアスに望むことを聞かれ、背筋を冷たくしながら答えたこととは。また、数百年前から帝国には皇太子も正妃もいない、その訳とは。
第167話です。
「ところで、余に望むことがあるそうだな、ヴィレド」
「は」
背中を冷たい汗が流れ落ちていくのを感じながら、ヴィレドは恐る恐る口を開いた。大将軍までのぼりつめた彼でも、この瞬間は恐ろしい。己が声が震えないように、注意しなければならない。
「ガイウス様と共に、帝国を出て竜の国の調査をしたいと存じます。どうぞご許可を、いただけますでしょうか」
己は淡々と申し立てられただろうか。皇帝の無言にさらに冷や汗が流れる。
皇帝はふん、と鼻を鳴らし、ヴィレドを上から睥睨した。
「失地回復のためにか」
「皇帝陛下のためでございます。陛下により有用な情報をもたらすために」
「ほう。そう言うからには、期待してよいのだな?」
「ご期待に沿うよう、全力を尽くします」
「次の失敗は許されんぞ?」
「はい」
すると皇帝はあっさりと頷いた。
「よかろう。どうせヒマなのだろうしな。護衛は連れていけばよい」
「有り難き幸せにございます」
「定期的に連絡を入れるようにせよ」
「はい」
皇帝が金竜の間を出ていったので、ヴィレドもそれに続いた。
「国を出るのはよいが…ヴィレド、ガイウスを兄弟に殺させるなよ?」
いかにも面白そうに笑いながら、皇帝が言う。
「聞いたぞ。先日は、毒を盛られたというではないか。地位を失った今のお前たちの力になる者などいないぞ?ああ、だから敵だらけの皇城を出たいわけか。ククククク…」
「さすが、ご存じでいらっしゃいましたか。ガイウス様も私も、毒には体を慣らしておりましたゆえ、たいしたことはございませんでした。お気遣いいただき、光栄でございます」
数百年前から、この帝国には皇太子というものは存在しない。
正妃もいない。
代々の皇帝が、死の直前に次代の皇帝を指名するためだ。
それゆえ、皇帝の血をひく皇子たちの争いはすさまじいものだった。
ヴァレリア女王が裏切者とされているため、帝国では女性に皇位継承権はない。
男子だけでも多いときには数十名といる皇子たちは、その半数以上が大人になる前に変死する。
大人になっても、病気や事故、時には自殺や理由のわからない衰弱死、あるいは毒などで、次々と死んでいくのだ。
まず間違いなく、母の違う兄弟たちやその周囲の者たちによって殺されているのだが、はっきりとその死の原因がわかる者は少なく、城内では大事にして調査しようという動きすらないのが現状である。
今の皇帝ディガリアスにも、十数人もの側室との間に二十人以上の男子が産まれたが、現在生きて大人になっているのは、ガイウスを含めわずか四人しかいない。
皇帝自身の兄弟は、酒と女に溺れて現世から遠ざかっている廃人同然の弟しかおらず、その皇弟の子で生きているのは愛人の子カルロス・ロッドただ一人だ。
だからこそ、皇帝はガイウスを死なせるなと言ったのだろう。(続く)
第167話までお読みいただき、ありがとうございます。
帝国はおそろしいところですね。
また次のお話も読んでいただけましたら嬉しいです。




