表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/354

第16話。只人たちの盗賊に襲われる鞠絵たち。盗賊たちのやり方に鞠絵の怒りが爆発する。

第16話です。

 街から離れ、ユニコーン姿の六人とルイに跨った私の七人は、後ろからやってきた数台の荷馬車の手綱を取る人に声をかけられた。

「こんにちは」

「はい、こんにちは」

 振り返ってつい返事をしたのは、その人が頭に大きなウサギの耳がついた混じりものだったからだ。

 それに、全員が上機嫌で気が大きくなっていたから。

 彼らの荷馬車は縦に何台も続いていて、随分大規模な行商なんだな…と思った、その時だった。

 先頭の、挨拶をしてきたウサギの混じりものの男性が、手のひらサイズの玉を荷車を引くカイとビリーに向けて放ったのは。

 その玉はカイに当たるとたちまち紫色の煙となり、煙に包まれた二人が激しく咳き込みながら足を止める。

「な…!」

 ダグがこちらに走ってこようとするより早く、彼と私を乗せたルイ、それから荷車後方のサラとシルにも、その煙玉は立て続けに放られて、見る間に私たちは荷車ごと紫色の煙に包まれた。

「ご、ゴホッ、ゴホッ…!」

 周囲が紫一色になって、他に何も見えなくなる。目の前の白いルイの首が、煙の中で激しく上下左右に動いていたが、すぐにガクンと彼が膝をついたので、私はルイの鞍の上から放り出された。

「あ、…あ…っ」

 煙を吸い込んだ体が動かない。息が苦しい。何これ。

 あの玉に籠められていたのは麻痺の…魔法だったの?

 荷車の向こうも前後もユニコーンたちが静かで、ひづめで地面を掻く音さえしない。皆、体が完全に麻痺しているんだ。

 ただ私もだけど少しだけ声は出せるようで、皆苦し気に呻いている。私もうう~、と声を出すと、まだうっすらと紫色にもやがかかった向こうで、ルイが小さな声でマ・リエ、と私を気遣う声を上げてくれた。そういうルイこそ大丈夫なの?

 全く動かない体を必死にもがかせようと努力しながら浅く早い呼吸をしていると、わらわらと大勢の人たちがウサギの混じりものの荷車の後ろから降りてきて、私たちの周囲に集まってきた。

 全然気づかなかったから、並んでいた荷車の中に隠れていたのだろう。それにしても。

 この人たち…魔力が…感じられない。

 只人だ。

 まさか、盗賊!?

「やったぜ、うまくいった!」

「ユニコーン六頭だなんてついてるぜ!高く売れる!」

「おい、そっちのヒト型のヤツには首輪をしちまえ!ユニコーンは荷車から外して脚を縛るぞ!麻痺が効いてるうちに急げ!」

 な、なに、何が起こったの。

 煙がおさまりきる前に、私はぐいっと誰かに抱き起され、首にがちりと何かを嵌められた。

 えっ首輪!?

「やだ、何するの…!」

「隷属の首輪だよ。これでお前はオレたちに逆らえねえってことだ」

 何それ!いやだ!

 思わず両手で首輪を引っ張ろうとしたが、未だに麻痺していて全く動かない。しかもその両手は後ろに回されて紐のようなもので一つに括られてしまった。不安定な体勢ながらも立ち上がろうともがこうにも、全く動けないまま両足も手首と同じように縛られてしまう。

 そしてその頃にようやく、紫色の煙はひいていった。なんていうタイミング。

 この人たち…手慣れてる!

「や、やめろ、離せ」

 それでもまだ麻痺が効いていて動けないのだろう。ルイたちがろくにしゃべることもできないまま、苦しそうな声を口々に上げている。だがへへへと下卑た笑いを放ちながら、只人の盗賊たちは次々とユニコーンたちを縛りあげているようだった。

「おい、ノコギリ持ってこいや」

 えっノコギリ!?ノコギリって何するの、まさか。

「ユニコーンの角は高く売れるんだ。特にコイツのはデカくて形もいいし、すげえ値がつくぜ!」

「見ろよ、こっちはもっと珍しいぜ、純白のユニコーンなんて見たこともねえ!お偉いさんたちがこぞって欲しがるぜ、ペットとしてな!」

 何言ってるの、ルイはペットなんかじゃないのよ!

 私は憤慨したが、痺れた舌ではろくな言葉は出てこなかった。

「白いコイツは角つきのまま売るとして、他のユニコーンどもは全部角を切り落とせ!その前に、暴れられると厄介だからな、おいあんた!」

 煙が晴れてようやくクリアになった視界の中、片手に杖、片手に先端が太くなった棒のようなものを持ってこちらへ歩いてきた男が、その棒をルイに向けてかざす。

 棒の先は金属でできているらしく、何か紋様が入った丸い印が彫られていた。

「さっきの痺れ玉に籠めた麻痺の魔法はコイツらによく効いたぜ、さすがだな。さ、次の魔法師の仕事、ちゃっちゃとしちまってくれよ」

 魔法師?只人にも魔法を使える人がいるの?魔力がないんじゃないの?

 彼は他の只人たちと違い、胸の一部に魔力がいびつに固まっているように見えた。何あれ、気持ち悪い形…。

 彼が持っている長い杖の先についた丸い玉が白く光り始めると、やがてもう片手で持った棒の先の紋様も光り始める。

 それは赤く、赤く、まるでそこだけ炎が燃えているかのようだった。

 いや…違う。炎そのものなんだ。あの棒の先の金属が、おそらくは彼の魔力によって真っ赤に燃えているんだ。

 じゃああれは…焼き印?

 まさか焼き印をルイに押そうっていうの!?真っ白なルイに!

 やめて!!

「や…めて、やめて…おねが、い…」

 やっと少し動くようになってきた舌で必死に願い請うたけれど、魔法師と呼ばれた男は無表情のまま、真っ赤に焼けた棒の先をおもむろにルイの右後ろ脚の太腿に押し当てた。

「ギャーーーッ…」

 ああ、その悲鳴を、私は一生忘れることはないだろう。

 他のユニコーンたちも息をのんで静かになる。ジュウウウ…という肉を焼く音と、焦げた匂いが辺りに立ち込めた。

「る、ルイ。ルイ…っ」

 私の両の瞳から、ぼろぼろと涙が零れ落ちた。

「ウ、ア、ア、アアッ、アアアァァ……」

 すぐ目の前で、真っ白なルイの脚から立ち昇る真っ白な煙。

 ルイはビクン、ビクンと痙攣しながら、白目をむいて半分失神したようだった。

 なんて…なんてことを!

 焼き印をルイから離した魔法師の男は、そのまま荷車の前に回っていった。しばらくしてカイの、そしてビリーの悲惨な悲鳴が上がり、また焦げた匂いがする。ぐるりと荷車を回りながら、男が次々に焼き印をユニコーンたちに押して回っているのだとわかった。

 辺りに満ちる、肉の焦げる匂いにおかしくなりそうだ。

「ウ、ウワ、ウワウウウウウ……」

 ダグが歯を食いしばる低い悲鳴が上がった後、男が荷車の後ろに回る。

 やめて、そっちにはシルとサラが…!

「いや、いやっ、お母さん、お母さん…!」

「やめ、やめて、おねがい、やめて…!」

 泣き叫ぶサラと、麻痺のため動けぬながらに彼女を必死に守ろうとするシルの懇願の声が、背後から聞こえてくる。

 私…私には、何もできないの!?

 悔しくてどうにかしたくて、両手両足を縛られた上全く自由にならない体をなんとか動かそうとしたけれど、まだか細い声を出すことしか私にはできなかった。

「お願いやめて、せめて、女の子たち、だけでも…惨いことは、やめて」

「何言ってやがる。メスだから所有の焼き印が必要なんじゃねえか。買主が決まったらまたそっちでも押されるだろうが、これを押しときゃお前の隷属の首輪同様、こいつらもオレたちに逆らえなくなるんだからよ」

「それじゃあ焼き印なんて押さないで、首輪にすればいいじゃないの…!」

「首輪は高いんだ。馬になんて使うかよ」

 なんて、ひどい。

 私はぼろぼろと涙を零しながら、奥歯を噛み締めた。

 ついさっきまで、皆で楽しく村に向かいながら談笑していたところだったのに。

 異世界にやって来て右も左もわからなかった私を優しく受け入れてくれたユニコーンたち。そんな人たちをただの馬扱いして、所有の焼き印を平気で押す、只人の盗賊たち。

 私は怒りと悲しみでどうにかなりそうだった。

 ジュウウウ……。

「アアーーーッ……」

 シルの激しい悲鳴。お母さん、と泣くサラの声は、すぐに凄まじい悲鳴に変わって、とうとうユニコーンたち全員が焼き印を押されたのだとわかった。

 何ひとつ成す術もなく、私にできることは熱い涙を滂沱と流れさせることだけ。倒れたままただ、ユニコーンたちの荒い呼吸と泣き声を聞くしかないのか。

 すると、涙で霞む視界の中、数人の男たちがノコギリを持ってきてユニコーンたちの頭部にそれぞれ覆い被さった。

 なにする気、もうこれ以上この人たちに何もしないで!

「せっかくのユニコーンの角だ、綺麗に切れよ~。まあ、切ってもまた生えてくるけどな。不細工な形にしかならねえが、伸びたらまた切って生薬にすれば売れるだろ。それに一度角を切っちまえばヒト型にはなれなくなるから、馬として扱える」

 えっ…なんですって?聞き返そうとした私の耳に聞こえてきたのは心臓に響く、何かを削る恐ろしい音だった。

 ゴリッ、ゴリッ、ゴリッ…。 

「ギャッ、痛い、痛い…!」

 まさか…この音。

 本当に角を切っているの!?そんな…!

「痛い、いやだ、あああ、助けて…!」

 鹿などと違って、ユニコーンの角には神経が通っているのだろう。麻痺させられているとはいえ、さっきの焼き印の反応といい感覚はちゃんと残っているっていうのに。私はその冷酷さにゾッとしながら、ようやくまともに出るようになった声を張り上げた。

「おねがいです、やめて、おねがい…!これ以上皆にひどいことをしないで!」

 目の前に倒れたルイ以外の全員から、ゴリッ、ゴリッと角をノコギリで削られる音と泣き叫ぶ声が響いてくる。

 気が狂いそうな怒りと悲しみに私は叫んだけれど、当然笑いとばされて無視された。

 その上。

「こっちのメスはまだ若いから、馬と掛け合わせればユニコーンが産まれてくるな。ラッキーだぜ」

 と盗賊が笑い、角を切られながらサラがそんなのイヤ、と更に泣き声を上げた。自分も角を切られながらも、シルが必死な声を上げる。

「やめて、私なら何されてもいいから、娘は許してあげて」

「ああ、お前もちょっと歳いってるけどまだ産めそうだからな。バンバン産んでユニコーンを増やしてくれや。どんどん売れるからよ」

「ははは、今日はいい日だなあ!」

「すげえ儲かるぜ!」

 ああ…こんな人たち、今すぐいなくなればいいのに。

 こんなこと、全部夢だったらいいのに。

 体の奥から、あの焼き印のように真っ赤なマグマが湧き上がってくる。

「…やめて…」

「ああ?お前は何との混じりものかわかんねえけど、こんだけ美人ちゃんなんだから高く売れるぜ。御主人様にせいぜい可愛がってもらうんだな」

「やめ…なさい」

「美人ちゃんの泣き声はいつ聞いてもいいねえ」

 私の怒りの声が、泣き声に聞こえるっていうの。

「お母さん、痛いよう、いやだよう。助けて、たすけてえ」

「サラ、サラ…!」

 サラとシルの泣き声。

「痛い、痛い、やめて…くれ、切らないで…くれ」

 ダグの懇願する声。

 最初の焼き印は相当に強かったらしく、ルイは気絶したままのようだった。ビリーとカイも、ダグと同じように悲鳴を上げている。

 力の源であり、ユニコーンの誇りである美しい角が切り落とされようとしている。

「…やめな、さい…」

 湧き上がってきた怒りと悲しみのマグマが、私の全身に満ちて臨界点を超えた。

 私に優しくしてくれた、仲良くしてくれたユニコーンたちに惨いことをする盗賊たちへの怒り。

 声をかけてきたのが混じりものだったとはいえ、油断していたことへの後悔。

 起こってしまったこと、もう戻らないことへの、悲しみ。

 それらが私の中でドロドロと渦を巻き、呼吸もできないほどに膨れ上がる。

 その真っ赤な感情の中で、私は聖銀竜のローズクォーツ色の瞳が自分の中で開くのを見た。

 その瞬間私は大きく口を開け、自分でも驚くほどの大声で叫んでいた。その声は私だけでなく、低い男性の声と重なっていた。

「「やめろぉーーーーー!!……」」(続く)

第16話までお読みいただき、ありがとうございます。

今回はきつい回で、読むのもしんどかったかもしれません。すみません。

次回はナギが目を覚まし鞠絵さんがとうとうキレます。読んでいただけたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ