第134話。邪気竜エレサーレの中から現れたのは、彼に囚われていた城の者たちだった。エレサーレの一時的な許しを得て、彼らが口にする望みとは…?
第134話です。
しばらくして、エレサーレはやっと怒りを抑えたのか、私に向かって少し頭を下げた。
『本来ならばぁ…決して許さぬところなれど…ナギ様のぉ、願いとあらば…』
「ありがとう、エレサーレ」
すると黒い影たちは見る間に縦に細長くなって人の形をとり、ずずず…と足を使わず地面をこするように、私たちの近くまでやってきた。人の形をかろうじてとってはいるものの、邪気の塊であることに違いはなく、邪気がぼうやりと人の形をしているに過ぎなかったが。
『話ができるか、あやしいものだな。我の力を使えば、邪気ごと吹き飛んでしまうかもしれぬし』
そうね、ナギ。
でも今は最も邪気の力が強くなる深夜、彼らとも話ができるかもしれないわ。
すると、先頭に立った大柄な邪気の塊が、口とおぼしき場所を開いた。
『おお…ナギ様…もうしわけ、ございませぬ…』
その声はこもってはいたけれど、私が思っていたよりずっと大きく普通に聞こえた。
エレサーレとは、話し方が違うのだろうか。
『私はこの国の、王だった者…これは王妃です…』
ずずず、ともうひとつの細身の影が、話している影に寄り添う。
その後ろには、たくさんの人影が見えた。
「そうなのですね。後ろの方々は?」
すると王と名乗った影は悲しそうに俯いたように見えた。
『彼らは私の家族や側近、当時城にいた者たちです…まるごと、この御方の中に取り込まれてしまったのです…』
おばば様は、エレサーレが取り込んだのは国中の魂だと言っていたけれど、実際には彼の内に在るのは城の者たちだったのだ。
そのほかの魂たちは、邪気に覆い尽くされた大地に邪気の鎖で縛りつけられていて、さきほどの私の歌によって浄化され天に昇っていった。
けれどエレサーレの中に在る、彼が最も憎んで余りある王やその身内、近しい者、城の中にいたたくさんの者たちは、未だに彼にとらわれて開放されていないのだ。
城の中には王様と王妃様、側近や貴族たちももちろんいただろうけど、下働きの者たちも多くいたに違いない。
そう考えたとき、私の中にそのイメージが流れ込んできた。
手を赤切れだらけにして、先輩に叱られながらお皿洗いをしていた幼い男の子、ほかの大人のお掃除係に教わりながら、小さな手で一生懸命城の掃除をしていた女の子、懸命に洗濯をしていた様々な年代の少女たち、そして若者に教示する年老いた庭師や調理師たち。
それに城で一生を過ごすのだろう、下級メイドたち。
彼らには一様に、エレサーレから伸びたひものようなものでつながっていて、唸ったエレサーレがあごを引くと、それが鎖であるのが見えた。
あの鎖と邪気で、八千年たった今でも彼らを自分の中に縛りつけているんだわ。
王様はぼんやりとした輪郭の中でも必死に私に向かって頭を下げ続け、とうとう土下座のような形になった。王妃様もそれにならう。
『申し訳、ございませぬ。私が神竜のタマゴを持ってくるようにと指示したばかりに…そして邪気がタマゴの糧だと勘違いしたことも…全て、私がいたしたこと…知らぬでは、すまない罪でございます。私は、その報いを受け続けるつもりです。しかし、城にはまだ幼い子どもも、年老いた者もおりました。その者たちだけでも、どうかもう…開放してやってはいただけないでしょうか…』
『ふぅざけるなぁ!子どもだろうが老人だろうが全て、王に仕えていたのだから同罪だぁ!ただの一人も、離すものかぁ!』
ゆらゆらと輪郭が揺れているヒト型になっている王様たちは、エレサーレが怒って鎖を引っ張ると、悲鳴とともにすぐにその輪郭が消えてしまったが、またすぐにヒト型に戻って私に崩れた両腕を差し出してきた。
『ナギ様…タマゴの母、ナユ様の弟君…どうか、どうか、彼らをお許しください…この永遠の苦悶から、子どもと老人だけでも…お救いください…』(続く)
第134話までお読みいただき、ありがとうございます。
彼らの望みは叶うのでしょうか。
また次のお話も読んでいただけましたら嬉しいです。




