第129話。邪気竜と化したエレサーレ・カルダットに、恐れおののきながらも話しかける鞠絵。エレサーレは鞠絵の中にナギの姉、ナユの気配を感じて、何を語るのか?
第129話です。
ダメよ、鞠絵。怖気づいちゃだめ。
この邪気からは、ヒト型になって私たちを囲んでいる黒鋼竜たちが守ってくれる。
私が頑張らなければ、誰がやるというの。
やるのよ、鞠絵。彼と話をするの。
私はふるえながら、大きく息を吸い込んだ。そして、できるだけゆっくりと吐く。
吸って、吐く。
私の中で、ナギが優しい声を出すのが聞こえた。
『マ・リエ。大丈夫だ、そなたならやれる』
そうよ、できるわ。私たちはそのために、この時間にここに来たんだもの。
彼と…邪気の中心、エレサーレと話をするために。
『心を鎮めて、できるだけ冷静に話すのだ。そなたとなら、きっとエレサーレは話をするだろう』
そうだといいのだけど。
目の前の、邪気竜と化したエレサーレは、低い声で呟き続けていた。
『黒ぉ鋼竜たちぃ…上を飛ぶのはぁ、同胞ゆえ…許してやぁっていたというのにぃ…裏切りぃおって』
エレサーレが、骨と邪気だけとなった口を大きく開く。私の周囲の黒鋼竜たちが緊張するのがわかる。
だめよ。あなたの相手はわたし。
「エレサーレ」
「…!」
呼びかけると、おそらくは体内の邪気を吐き出そうとしていたのだろうエレサーレの動きが止まった。黒鋼竜たちの中心にいる私をじっと見つめた彼が、戸惑いの声をあげる。
『ナ…ナユ様ぁ…!』
そして、邪気を内包した大きな体をむくりと起き上がらせて私に正面から向き合うようにして、その頭を大地まで下げた。
『ナユ様ぁ』
そうか、ナユによく似たナギの神気と、女性である私が入り混じって、エレサーレには私がナギではなく姉のナユだと認識されたのね。
『ああ…ナユ様ぁ…』
その声には懐かしさだけではなく、涙やその他の感情も含まれているような気がして、私は戸惑った。
◆ ◆ ◆
おお…ナユ様。
我が主、我が愛、我がすべてよ。
この身骨と邪気だけとなろうとも、あなたの御子を未来永劫御守りいたします。
あれから一体、どれほどの時が過ぎ去ったのだろう。
肉体を失い、魂のみの存在となったいまとなっては、時の流れさえあいまいだ。
ただ、治まることのない怒りと悲しみと悔恨だけが、川底に沈む大岩のように、朽ちることもすり減ることもなくただ、私の魂の中に存在している。
私はエレサーレ・カルダット。
黒鋼竜で…罪人だ。
私の腕の中には、救うことのできなかったいとしき聖銀様の幼子が在る。
この命を、存在の全てを捧げてもよいほどに愛したナユ様の御子が…その亡骸が。
私の周囲に広がるのはただの荒野だ。私がそうした。
もとは人々が住み、行き交い、笑い合い、郊外には獣たちが生活していた広大な大地。豊かな森と、花々の咲き乱れる草原があり、美しい湖と川が流れる、そこはひとつの国だった。(続く)
第129話までお読みいただき、ありがとうございます。
エレサーレは何を語るのでしょうか。
また次のお話も読んでいただけましたら嬉しいです。




