第117話。風竜の長、美少女の姿のミンティ・ラナクリフのもとを訪れ、お願いごとをする鞠絵。快諾するミンティとしばし話をする。
第117話です。
「それじゃ、そろそろ出立しようかと…あら?」
七竜の中で黒鋼竜の領地からの出立が最も遅くなったのは、風竜の長ミンティ・ラナクリフ。
若草色の短い髪を白い指で掻き上げて頭をひと振りし、竜の姿になろうとしたとき、駆け寄ってくる小さな姿に気づいた。
「聖銀ちゃん?」
手を振り駆け寄ってくるのは、彼女のお気に入りの小柄な少女だった。青みがかった銀色の髪に明るく輝くローズクォーツ色の瞳をした、聖銀竜との混じりものである少女、マ・リエだ。
この世界では変わった発音をすることになる名前をわざわざつけている少女は、まろい頬を白からピンク色に染めて、ミンティのもとへと駆け寄ってきた。
そのとき竜の姿にならなかったのは、ミンティにとって、とある理由があったからだ。
マ・リエには美少女であるヒトの姿のまま、接していたかった。
「ラナクリフさ…いえ、ミンティ…ちゃん」
自分がそう呼んでくれと頼んだとはいえ、いつまでも言いにくそうにするマ・リエに、ミンティは思わずくすくすと笑ってなあに?と首を傾げてみせる。
「あの、お願いがあるんです。お帰りになろうとするところ、申し訳ありません」
「えっ、聖銀ちゃんがミンティちゃんにお願い?」
いけない、つい嬉しさに声が跳ね上がってしまった。
ミンティはこほん、とひとつ咳払いをして、その翠色の瞳でマ・リエを見つめる。
本当に可愛い少女だなあ、と胸躍らせながら。
「は、はい。実は…」
この黒鋼竜の領地まで空を飛んでやってくる七竜には、当然山の向こうの邪気にまみれた広大な土地のことはわかっている。
そこが何故あの状態なのか、マ・リエから説明されたミンティは非常に驚き、そして納得の上、マ・リエに同行することを承諾した。
「ありがとうございます、ミンティ…ちゃん。私ひとりではどうにもできないことでしたから、あなたの御力を借りることができて本当に助かります」
「んもう、水臭いなあ聖銀ちゃんたら。そんなことくらい、いつでも言ってよ。ミンティちゃんにできることなら、いくらでも協力するんだから~」
つんつん、とマ・リエの白い頬を、ミンティの綺麗に爪の切りそろえられた指先がつっついた。その感触にマ・リエはきゃ、と小さな声を上げて首をすくめ、ミンティは柔らかさに驚いて翠色の瞳を見開く。
「やだ、やわらかっ」
「も…もうミンティちゃん、やめてくださいよ」
「ごめんね~つい。てへ」
「てへ…?」
マ・リエは首をかしげてため息をついたが、ミンティの様子にやがてぷっ、と噴き出した。
「ふ、ふふ、あはははは」
「聖銀ちゃん可愛い~、ははははは」
しばし二人で笑い合ったあと、目尻にたまった涙を拭いたマ・リエがふう、と息を吐いた。
「ありがとうございます。私、少し緊張してたんです。今ので力が抜けました」
「そう?だったら良かった。そうだ、タニアにはもう言ったの?」
「いえ、これからです。ついてきてくれる黒鋼竜たちの準備もあるでしょうし、夜中まで待っていていただけますか?」
「もちろんよ。あなたのことは、黒鋼竜七頭が責任をもって邪気から守るし、あなたの歌はこのミンティが国中に広めることを、風竜の名において約束するわ。だから安心するように、タニアに言ってきてね」
「はい。ありがとうございます」
ぺこり、とミンティの前で青みがかった銀色の頭が下がり、再びローズクォーツ色の瞳が見えた、と思ったらマ・リエはその身をひるがえしていた。
「身軽だなあ~。さすが、若いよね」
その背を見送りながら、ミンティはそう苦笑して、己の竜の姿がマ・リエに見られなくて良かった、と胸を撫で下ろした。(続く)
第117話までお読みいただき、ありがとうございます。
ミンティちゃんには何か理由がありそうですね。
また次のお話も読んでいただけましたら嬉しいです。




