第11話。鞠絵が飛ばされてきた異世界の成り立ちの話。
第11話です。
「わかったわ。じゃあよろしくお願いします」
「マ・リエの食事の材料は、四人家族であるザインの家に全て任せるのはしんどかろう。今まではザインとシルとルードの三軒に頼んでいたが、これからは持ち回りにしようと思う。不満な者はいるかね?」
村長は村人たちを見回したが、誰も手を挙げる者はいなかった。
「よろしい。ここにいない者たちには風魔法を使って、今日あったことと持ち回りの件を伝えておこう」
「すみません…私も仕事をして、お金を稼げるようになったら皆さんには御礼をしたいです」
「気にするなマ・リエ。皆で持ち回りなら、各戸の負担は大したことはない。そなたは我らの客人であり恩人であるのだから、このくらいはさせておくれ」
村長が黒い瞳を細めてそう言うと、周囲の村人たちもうんうん、と頷いてくれた。
ごはんばかりは自分で調達できないから、本当に助かります。
「では解散としよう」
「マ・リエ、本当にありがとう。私の服も家も油まみれになってしまっているから、今日は片づけが大変だけれど、明日になったら私たちの家にお茶にでも来てちょうだい。あなたも忙しいでしょうけど、お茶くらいご馳走したいわ」
「うん。ありがとう。でも片づけは大変でしょう…私も行って手伝うわ」
あんなひどい目にあったのだ。油に大してはミシャとキアはトラウマになっていることだろう。本当は、もう見るのすら嫌なはずだ。
それが心配で、私は片づけの手伝いを申し出た。すると「私も」と手を挙げてくれたのが、シルとサラだ。
「えっいいの?それは…とても助かるけれど」
「女手は多いほうがいいでしょう。皆で一緒に片づけをしましょうね」
その日はミシャの服を処分したり油と水で散々なことになっている台所を片づけたりで大変だったけれど、ザインも含めて五人いたのでどうにかなった。
ミシャは気丈に振る舞っていたけれど、油の鍋に触れる時にはさすがに手が震えていて、私はそっとその手を抑えて私たちで片づけた。
「ありがとう、皆さん」
「ミシャ、大丈夫?」
「ええ。…でもマ・リエ、私…」
「なあに?」
「せっかく教えてもらったけれど、天ぷらはしばらくできそうにないわ」
彼女の声は、震えていた。
「いいのよミシャ。あんなことがあったのだもの、怖くて当然よ。気にしないで。また私が作った時にはお裾分けするわ」
「…ええ…ありがとう、マ・リエ」
そしてその翌日。
私は編み物を持ってミシャの家に向かった。せっかくのお誘いだったし、ミシャやキアがまだトラウマを引きずっていないか心配だった。歩けるようになったのでお手伝いをするキアが丁寧に持ってきてくれたお茶を頂きながら、他愛もない話をしお茶を飲みながら編み物をする。
すると、キアがミシャの膝を揺さぶってねだった。
「ねえおかあさん、いつものお話してちょうだい。マ・リエにも聞かせてあげたいの」
「いつもの話って?」
「ああ、この世界の成り立ちの話ね。マ・リエ、あなた記憶がないってことは、この世界のお話も忘れてしまっているのかしら」
「えっと…はい」
ナギがこの世界を救いたいって言っていたことしかわからないから、私は頷いた。
「じゃあ話しましょうね。この世界は元々、竜と私たちのユニコーン側の始祖、あらゆる混じりものたちの動物側の始祖がいた魔力の高い世界と、人間と獣がたくさんいる、魔力のない世界の二つがあったの」
ミシャはこう話して聞かせてくれた。
二つの世界は虚無の世界に吸い寄せられて互いにくっついてしまい、また離れていった。そのくっついた部分がちぎれて残ったのが、今私たちが暮らしているこの世界であること。
その際に動物と人間が魔力によって融合したものが『混じりもの』であり、この世界の比較的多くの者がそうであって、原初の激動の時代を生き延びる力を得たということ。
もちろんただの獣も人間も存在し、ごくわずかではあるが生き延びたこと。
その中で特に人間は、只人として混じりものからは敬遠されていること。
只人とは、大きい島に集まっていた一部の人間たちを、融合していない弱い生き物と哀れんだ当時この世界にいた神様たちが、最後の力で結界を張って守ったものたちであると信じる人間たちであり、彼らは島から出て居住地を増やしてきている。
只人は神様に助けられたから自分たちは特別だと思っていて、他はどうでもいい存在として自分たちより低く見ているそうだ。
「只人は乱暴者で、私たちは彼らにただの動物と思われているの。だから気をつけなければならないわ」
ああそれで…初めて会った時ケリーが、角を切られるって言って角のない私を警戒したのね。
それに、二つの世界が一度くっついて混じり合いちぎれた世界だから、豚とか牛とか私の世界にいたようなものがこちらにもいたり、使っているものが同じ名称だったりするのね。
ちぎれた後も、虚無の世界はまだこの世界とくっついていて、ほころびと呼ばれる世界の裂け目から、虚無の世界からの瘴気と強すぎる魔力が漏れてくるため、そのままでは虚無の世界に飲み込まれ引き裂かれてしまう危険があった。
竜とユニコーンの、豊富な魔力のある世界からきた神々がほころびをふさごうとしたけれど、彼らは体を持たない霊体、つまり意思をもった魔力の塊のようなものだったので、虚無の世界からの強い魔力に流され引き裂かれて消えてしまう。そのため神々は、竜に自分たちの力と魂を分け与えて宿主とした。
そして三種類の神竜が生まれた。
最も神の力を多く持つ神金竜、次に聖銀竜、最後にほんのひとかけらほどの神の力を分け与えられた黒鋼竜。
神金竜は神に与えられた力をもって、この世界に開いたほころびを閉じていった。神金竜だけが、唯一それを行うことができた。聖銀竜がその閉じたほころびに封印を施し安定させ、更に虚無の世界の強い魔力の影響で起こった災害を治めてまわった。黒鋼はその二竜の補佐をしていた。
「そして我らがユニコーンは、聖銀様にお仕えして地上の歪みを治して回っていたの」
そうミシャは胸を張り、キアも得意そうにふふふと笑う。
なるほど…えっナギって聖銀竜って言ってたよね。てことは…二番目に神様の力を持ってるってこと?
私、もしかしてすごい人…いや竜と融合しちゃったんじゃない?
でも傷を癒すために、まだ私の中で眠っているだけだしなあ。
「ねえミシャ、今の話ってどれくらい前のこと?」
「一万年くらい前のお話よ。これはお伽噺じゃなくて、本当のお話なの。この世界の成り立ちを、私たちは子供の頃に皆教わるのよ。只人たちは信じていないみたいだけど」
一万年前…じゃあナギはそこから、時間を超えてきたってことだろうか。ナギが戻りたかったのはその頃なのかな。
ていうことは、もうこの世界は安定していて大丈夫だってことじゃない?
「その…神様の力を頂いたっていう三竜は、今はどうしているの?」
「黒鋼様は今でも少しいらっしゃるという話だけれど、どこにおいでになるのかはわからないわ。数もとても減ってしまったそうだし。他の二竜はこの世界の始まりの時の封印で全ての力を使い果たして、去っていかれたということよ」
じゃあ神金竜も聖銀竜も、もうこの世界にはいないんだ。
「今いる竜は真の竜と書いて真竜様。全てを神竜様から伝え聞いているから、今でもこの世界を必死に守ろうとなさっているの」
「そうなのね」
ナギは世界を救いたいって言っていたけど、それはもう一万年も前の話で今は大丈夫そうだし、傷を癒すために私の中で寝てるから、ナギが起きたらもう大丈夫だよって話をしてあげよう。
おかげでこの世界のことと、聖銀竜がこの世界で、少なくともユニコーンたちの間で敬われ、大切に思われているのはわかった。
でも私が今はもう他にはいない聖銀竜との混じりものだと言っても信じてもらえるかわからないし、私が彼から借りて使えるのは彼の力のほんのひと欠片で大したことはないし、もし信じてもらえたとしても私一人で出来ることなんて歌うことしかない。
過度に期待されても困るから…私が聖銀竜との混じりものだってことは黙っていよう。いずれ何かでバレるまでは自分で言い出すことはすまい。しばらくは鳥ということにさせてもらおう。
そう決めた私は、ミシャの膝で嬉しそうに話を聞くキアに微笑みながら、お茶を啜ったのだった。(続く)
第11話までお読みいただき、ありがとうございます。
次回は街に出かけるための準備をします。
また読んでいただけましたら嬉しいです。




