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殺されかけて聖銀と呼ばれる特別な竜と融合して異世界に来た、歌えることだけが取り柄の私。異世界でどうなるの!?

第1話です。

 世界が割れる。

 助けてと泣く声が響く。

 私は歌い続ける。

 世界を救うために。

 もっと、もっと歌い続けよう。

 そうすればきっとーーー。



 ぷつん、と意識が閉ざされる。

 暗くて寒い、独りぼっちの空間は上も下もなくて。

 寄る辺もなくただ流されていた私に、一筋の光が当たった。

 あれ、あったかい…。

 無意識にその光に意識を向ければ、今にも霧散しそうだった意識が急速に一つにまとまった。

 あれ、私…生きてる?

 死んだはずなのに。

 これからやっと、あれもこれも楽しもうって思ってた矢先に、殺されちゃったはずなのに。

 ああ、そうだ。

 私は沢村毬絵、二十八歳。

 小さい頃に父が事故で他界して以来、ずっと女手ひとつで私を育ててくれた母が、私が音楽大学に入った年に難病にかかった。

 私は大学も好きな歌も全部あきらめて、働きながら母の病院に通い続けた。

 早朝四時からパン屋さんのバイトに入って、九時まで働いて、母と暮らしていた小さなアパートに一人帰って洗濯をして、簡単なごはんを食べて、後片付けと掃除をする。

 前日に乾いていた母の洗濯物を持って病院に行って、母の体を拭いて着替えさせ、夕方まで母と他愛もない話をしたりして過ごす。

 母の洗濯物を持って部屋に帰って、適当に夕飯をすませたら、夕方の五時から十時まで居酒屋のバイト。

 帰ってきたらシャワーを浴びて泥のように眠り、翌朝の三時には起きて支度をする。

 日曜日はパン屋さんがお休みだから、代わりにいつもは夜の十時までの居酒屋のバイトを、途中休憩を一時間もらって閉店の夜十二時まで入る。

 土曜日は仕事から帰れば六時間は眠れるし、朝には一週間に一度の楽しみが待っているから天国なのだ。

 そんな生活を十年続けていたら、私はいつの間にか二十八歳になっていた。彼氏もいない、忙しいから一緒に遊びに行ったりする友達もいない。

 唯一の楽しみといったら、日曜日の朝七時から十時まで、二十四時間営業のカラオケ店に行って大好きな歌を歌うことだけだった。

 毎日病院に行かなければその分休むこともできただろう。でも私は母に会いに行かないなんて思いもしなかったし、私を見て嬉しそうに笑う母を見るだけで、心が癒されていた。

 母の傍で本を読んだり、あやとりをしたり、クイズを出しあったり。お金がないから大部屋なので、小さな声で歌を歌ったりしていたら、同じ部屋の患者さんたちから大きな声で歌って、と請われて、皆さんのリクエストの歌を一緒に歌ったりもしていた。

 それはとても、楽しい時間で。それもあって、体力的に辛くても病院に毎日通っていたんだと思う。

 私は物心ついた時から歌うことが大好きな子供で、テレビやラジオで聞いた曲を一度で覚えては母に披露していた。母は私に絶対音感があるのではと、苦しい家計のやりくりをして音楽を習わせてくれたので、母と二人の生活でも音楽や母の笑顔に囲まれて楽しかった記憶しかない。

 ほんとにありがとう、お母さん。

 大好きよ。

 そんな母は十年の闘病の後に亡くなった。最期まで、私がちゃんと寝ているか、食べているか、笑っているかを心配しながら。

『毬絵ちゃん、笑って』

『毬絵ちゃん、歌って』

 それが母の口癖だった。

 いつもいつもどんな時も、最期の時まで、私を見つけると微笑んでくれた母。

 できるだけ母の傍にいてやりたくて、母が危篤になる少し前から仕事はやめた。しばらくならやっていけるだろう。

 意識の朦朧としている母の手をベッドサイドで握って、ずっと話しかけていたら、酸素マスクの下から苦しそうに私を見た母は、やっぱりうっすらと微笑んでくれた。

 そしてこう、囁いたのだ。

「毬絵…ちゃん、…うたっ…て」

 それが、母の最期の言葉になった。

「…うん」

 私は歌った。心を込めて。

 数ある私のレパートリーの中でも、特に母の大好きだった歌を何曲も…何曲も。

 母の心臓が止まる、その瞬間まで。

 大部屋の他の患者さんたちは、何も言わずにいてくれた。

 母は、いつも喜んで聞いてくれた私の歌に乗って、別の世界へと旅立っていったのだ。

 そうしてやれたことが嬉しくて、泣きながら大部屋の皆さんに頭を下げる私に、皆さんは私の背を撫でて毬絵ちゃんの歌は最高だったよ、私も鞠絵ちゃんの歌を聞きながら逝きたいよ、などと声をかけてくれた。

 私の歌が、死にゆく母を少しでも苦しみから救ってあげられただろうか。

 そんな母の御葬儀をこつこつ貯めたお金できちんと上げて、四十九日まで終えて二週間。

 いつでもまた戻ってきてね、と言ってくれた仕事もまだ再開していない。突然の母ロスで呆然としていた私だったけれど、最近ようやく落ち着いてきた。

『笑って、鞠絵ちゃん』

 そうだ、お母さんだってずっとそう言ってたじゃない。

 しっかりしろ、私。

「…そうだ」

『歌って、鞠絵ちゃん』

「うん。そうするよ、お母さん」

 私はやっと、母の御位牌がおさまった仏壇の前から顔と腰を上げた。

 あまり高くはないけど。もうじき三十歳だけど。でも可愛くて綺麗でお洒落なワンピースを買って、それを着て大好きなカラオケに行こう。

 思いっきり歌うんだ。何時間でも、好きなだけ。

 そうして満足したら美味しいものを食べて、何日もゴロゴロして過ごそう。

 仕事に戻る前に、好きなだけカラオケだけして暮らすんだ。

 うん!そうしよう!

 歌うんだ、私!

 そう決めた翌日の朝、私は意気揚々と白いレースに包まれた薄水色のワンピースを着て、新しいバッグを持ってアパートを出た。空は雲一つない晴天、ワンピースと鞄と靴を買いに行った昨日は曇りだったから、久しぶりに見る太陽が眩しかった。

 気持ちも明るく、大きく朝の空気を肺一杯に吸い込んで笑顔になった私は、よし!と一つ大きく頷いてカラオケ店に向かって足を踏み出した。

 これを、私の新たな一歩とするんだ。

 見ててね、お母さん!

 その時、通勤時間帯も過ぎて人通りのない道の向こうから、誰かが走ってきた。

 黒い影、としか認識できなかったくらいのスピードで。

 男か女かもわからない。ただランニングにしては速いな、と思っただけだった。

 私に走り寄ってきたその影が、何かを私に向かって突き出したと思ったその、直後。

「!?」

 喉、が。

 凄まじい熱が喉全体に広がって、悲鳴を上げたはずだったのに声は出なかった。代わりに出たのは、ゴボッ、という水っぽいイヤな音。

 そして口いっぱいに熱い液体があふれ返り、たまらず吐き出したそれは鮮やかな赤い色をしていた。

 熱い喉の真ん中に突き刺さっていた冷たい金属が引き抜かれ、黒い影は何かをわめきながら走り去っていったのだけれど、私にそれを察知することはできなかった。

 呼吸ができなくて、ただ真っ赤な熱い液体が喉から口から噴き出して、たまらず膝をついた地面は真っ赤に染まっていた。

 ああ…買ったばかりのワンピース、薄水色の上にかかった白いレースがお気に入りだったのに汚れちゃった。

 いっぱい歌うつもりだったのに、もう声が出ないよ、お母さん。

 あれ…空がみえるな、と思って初めて、自分が仰向けに倒れているのだとわかった。

 息ができなくて痙攣する私を見つけてくれる人は、誰もいない。

 ぷつん、と。

 誰にも看取られることなく、私の意識は闇に落ちた。

 これが死、というものなのか。お母さんもこの道を通ったのかな。もっと、歌いたかったな。

 そうぼんやり思ったのが、この世界での私の最期だった。




『世界が割れる』

 どういうこと?

『破滅の目が開く。どうか、助けてくれ』

 と声が響く。

 貴方も助かりたいんだね。

 私、もう歌えないのかな?

 もっと歌っていたかったのに。

『歌いたければ、我と共に世界を救え』

 ええっ世界?そんな重いもの、私には背負えないよ。

『大丈夫だ。その体を我と融合さえしてくれれば、世界のことは我がやろう』

 私の体を?それって、私いなくなっちゃうじゃない?

『いいや。我はこことは異なる世界にて負った傷を癒すため、眠りに入る。そなたが必要な時には目覚めて力を貸そう。その代わり、我の傷が癒えた暁には我と共に世界を救うと約束してくれ』

 そしたら、私また歌えるの?

『そうだ。我が生きる力を貸そう。我と融合しひとつになれば、そなたはまた生きられる。我と共に、生きてくれ』

 もっと生きられる?それは私にとってとても都合がいい話だけれど、貴方はどうしてこんなタイミングで私のところに来たの?

『我はそなたの世界とは異なる世界よりやってきた。我はそこで世界の綻びを繋ぐ修復の役目を担っていたのだ。しかし事故が起こって傷を負い、そなたの世界に飛ばされてきた。ヒトの魂の力は生き物の中でもとても強くて、我は引き寄せられてきたのだ。その中でも、我がこの世界にやってきたタイミングで生と死の狭間に立ったのがそなた。しかもそなたには親の魂がついていて、より強かったのだ。魂の中でもより強く、美しく輝いていた。だから我はそなたを選んで話をもちかけたのだ』

 なるほど、そうだったのね。

 それじゃあ私は運が良かった…っていうべきなのかな?

 いやいや、どう考えても殺されてるって時点で運がいいわけないけど。

 考え込んでいると、耳触りのいい低い声が必死さを帯びた。

『頼む。我が傷を癒し、元の世界に戻るためにはそなたの力が必要だ』

 でも私、普通の人間だから何の力もないんだけど、大丈夫なの?

『大丈夫だ。我は眠りのための揺りかごとして、そなたを選んだ。我と融合すれば、そなたも生きられる。頼む、そなたが賛成してくれなければそなたの中に入ることはできない。お互いが生きのびるためには、お互いの力が必要だ』

 そっか。わかった。

 いつか貴方に力を貸すって約束する。だから私を生かしてください。

 私、もっと生きてもっと歌っていたいの。

 どうせこのままじゃ死んじゃうんだもんね。

 私がそう頷くと、冷たく真っ暗闇だった周囲に差していた一筋のあたたかい光が強くなり、左右にカーテンが開くように目の前が明るくなった。

 その中央に、小さな…といっても私と同じくらいの背丈の、本の中でしか見たことのない生き物が佇んでいた。

 それは幼い頃に母が読み聞かせてくれた絵本の中にいた、架空の生き物の姿をしていた。

 えっ、ドラゴン?

 なんて…綺麗。

 翼以外の全身を覆った鱗が、降り注ぐ光を受けて青みがかった銀に輝いている。一枚一枚が磨き抜かれた鏡のように、深い青を映して煌めいていた。ドラゴンが身じろぎするたびに、きらきらと青銀色の光が揺らめく。

 コウモリの羽根のような翼は、青というよりは薄い水色を映した銀色の鏡だった。そう、ちょうど私が着ていたはずのワンピースの、生地の水色の上にかかった白いレースが銀色になったみたいな。

 澄みきった清水を真上から覗き込んだような、透明感のある翼だった。

 思わず見入ってしまっていた私は、囁くような低い声に気づいて初めてその顔に目線を移した。

 やはり青銀色の鱗に覆われたドラゴンの顔の中で印象的だったのはその瞳。

 純度の高いローズクォーツのように、薄いピンク色をしている。鱗との対比がとても綺麗な桜色の瞳の中に、赤紫色の縦長の瞳孔が収まっていて、まるで瞳そのものが、高価なアクセサリーを青銀の鱗の中にはめ込んだみたいだった。

 その瞳が細められると同時に、頭の中に先程の囁き声が響いてくる。

『我の名はナギ。聖銀竜のナギ。そなたの名はなんという?』

 せいぎん、りゅう?なんだか厳かな二つ名。

 ナギっていうんだ、この人。

 銀の輝きをまとった聖なる泉みたいな姿にぴったりな名前ね。

 私は毬絵よ。まりえ。沢村鞠絵。

『マ…リエ?そうか。マ・リエというのか』

 ん?

 いやいや違うから。毬絵だから。ま・り・え、だから。

『マ…リィエ?』

 まりえ。

『マ・リエ』

 ああそうか。この人、まりえって発音をしづらいんだ。

 ドラゴンの口だからかな?

 じゃあいいよ、それで。

 …というか…そういえば私…なんでドラゴンと普通に会話してるんだろ?

 こんなリアルに見えるのに、全然怖くないし。

 ドラゴンっていったらものすごく大きなものだと思っていたけど、私と同じくらいの背丈で小さいからかな?

 それとも、もう死んじゃうってわかったから、何も怖くないのかな?

 この人は…ナギはこんなに綺麗だし、何より私を生かしてくれるって言ってた。

 それならもうこの際なんでもいいやって感じなのかも、私。

『ではマ・リエ。我は眠りにつく。そなたは今までとは違う世界で生きることとなるが、そなたが好きな歌を歌えることは保証しよう。…我もそなたの歌が聞いてみたいものだ』

 えっ、ほんとに?

 ほんとに聞いてくれる?

 それじゃあ、貴方が眠りにつくまで私が歌っていてあげるね。

 そう考えると、ドラゴン…ナギのシルバーアクセサリーの瞳が更にすう、と細まった。

 まるで、笑っているみたいに。

『そうか。それは嬉しいことだ。では優しい歌を頼む。子守歌ではなく、物語のような歌を』

 いいよ。

 私は頭の中のレパートリー帳を高速でめくって、彼が…彼、でいいんだよね?彼が喜んでくれそうな歌を探した。

『ああ…その歌はいいな。心地よく眠れそうだ。力が必要な時は我の一部を起こすがいい。来たるべき時が来るまで、そなたが幸せに暮らせるよう…願っている』

 ナギの姿が透けるように薄くなっていくのと同時に、私の意識も薄れ始めたけれど、ナギが安心して眠れるように、私は最後まで歌い続けた。

 ナギは耳に心地いい低い声で眠そうに、ありがとう…と言った。(2話に続く)


第1話を読んでくださいましてありがとうございます。

苦労したからこれからは前向きに生きよう!と思っていたのに殺されかけてしまって、生き延びるため竜と融合して異世界に飛ばされてきた鞠絵さんですが、この先彼女が出会う生き物とは…。

第2話もまた読んでいただけたら嬉しいです。これからも更新していきますので、どうぞよろしくお願いします。

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