第1話退団
ガイアがレバーを下げると勢いよく水が流れる。
憂鬱そうに普段は着ない、真っ白な隊服のシャツをズボンにしまい、ベルトを締め、トイレのドアを開けると、外で待っていた隊員達に連れられ酒場の壇上に誘導された。
「静かに! これから天空に誇り高く浮ぶ天空国家ヒンメル! 天空防衛隊の総隊長ソル・ガイアの退団式を始める!」
白い髭を首が見えないほど長く蓄え、頭は光を全て反射しそうな髪が一本もなく、しわくちゃな顔の中に気品が漂う、副総隊長ハル・ケイロスが壇上から叫ぶと隊員は一斉に視線を壇上に向け、ガイアに注視する。
「こんな夜中に集まってくれてありがとうございます。 ソル・ガイアです、ヒンメルに来て2年で総隊長まで上り詰めた自分を自分で褒めたいと思います。 皆さんも1年間お疲れ様でした」
ガイアははっきりかつ堂々と言葉を発す、19歳という若さながらその恰幅の良さと自尊心の高さ、誰にでも分け隔てなく接する姿勢が一部の隊員からは支持を集めていた。 だがそれはごく一部、他の隊員はガイアが挨拶を始めるや否や酒をあおり、笑い、やじを飛ばしていた。
「ご苦労様だった。 ガイアのドラゴ100体討伐は天空国家ヒンメルの歴史に一生残る伝説となった! 私からも最大の賛辞を送ろう。 これからはゆっくりと体を休めてくれ」
ガイアとケイロスは握手を交わし、ガイアが壇上から下り、店の端の席に戻るとすぐに壇上には音楽隊が上がり演奏を始め、酒場は一気に活気を取り戻した。
隊員達はより深く酒盛りを始め、ガイアは騒がしくなった酒場から逃げる様に灯りが1つだけ点いたバルコニー出る。
ガイアの退団式に使われたこの酒場ら空に浮かぶヒンメルをぐるっと一周囲った塀の外側に作られていて、そこのバルコニーは身を投げたら落ちるまでにひと眠りつけそうなほど高さだった。
「ガイアさん! ご立派でした!」
「イレイザ! いつものはやるな!」
ガイアは体を退け反らせてイレイザの抱擁を避ける。
抱擁を避けられ、残念そうな顔をしながら、ガイアの横に立った。
イレイザは緑の長い髪が地面スレスレまで伸び、度の強いメガネをかけていて、服は今年からガイアが取り入れた隊員のバッジを付けていれば服は自由で良いという方針に従い、一見緑色のシャツを着ているように見えるが全て自分の蔦と葉で作った服を着ている。 イレイザ曰くこの方が光合成が出来て気持ちいいかららしい。
「イレイザありがとう。 この1年ほぼ毎日一緒に居たな」
「そうですね、にしてもあいつらこんな酒場じゃなくて普通国式にするべきですよ! 防衛隊の総隊長の退団式なんて」
「いや、俺は酒場ぐらいがちょうど良いよ」
「毎年毎年、この退団式の後に総隊長が行方不明になるの、きな臭すぎますよ! 明らかに総隊長が力を持ちすぎるのをケイロスと国が阻止したいんですよ。
その証拠にこの酒場にはケイロス派の隊員と私とガイアさんしか呼ばれて無いじゃないですか!」
イレイザは段々と早口になりながら興奮気味に息を切らす。
「でも今ここで全員が襲いかかって来ても俺とイレイザには勝てないんじゃないかな? それよりもう一つの方の噂を信じてるよ」
ガイアの直属の部下のジル・イレイザはガイアより2つ年上だが、ガイアに自分から敬語を使い慕っている。性格は仲間以外には冷たく、いつも合理的な判断を下す。
ガイアにはさっきみたいに毎朝後ろから抱きつき、胸元の膨らみに当たり恥ずかしがるガイアの顔を見るのが日課だ。
「確かに負ける気はしませんね、もう一つ? あの勇者が団長を攫いに来るって言うやつですか?」
「うん、そっちの方が可能性あるんじゃないかなって」
「いや、無いと思います。 勇者は200年前に地球という星から来た開拓者ですよ? この世界の発展を何万年も早めたらしいですけど、50年前からはその消息は掴めていないですし、死んだんでしょう」
「どうだろね、俺的には勇者だった方が良いかな」
「何でですか? また強いやつと戦いたいからみたいな事言うんですか? いい加減その自意識過剰も辞めましょう。 退団した後も地に足つけて生きないといけないんですから」
「…………っょぃゃっと戦いたいから」
ガイアは羞恥心から小声で呟く。
「え!? 何て? とにかくこの後は私も一緒に居ます。 鬼強いガイアさんにヒンメルでは最強の私が居ればどんな敵が来ても勝てます!」
イレイザは呼吸を荒くガイアに詰め寄るガイアを挟むように手すりに手を乗せると手すりは今にも壊れそうな軋む音を立てた。
「危ないって! 俺高い所苦手なんだよ。
前の総隊長のタケルさんはヒンメルの郊外の森で噂を確かめようと1人で罠を張り巡らせ待ち構えていたらしいだが忽然と姿を消した。その前の年のブルドさんは酒盛り中に小便をしに行って戻ってこなかったと。
思うんだけど2人は人の目が薄い時に居なくなってるだから例えば今みたいな2人きりしか居ない状況とか何かしらのアクションを仕掛けられるタイミングじゃないかと思うんだけどどう?」
ガイアは長ったらしく話した後、イレイザに顔だけを向けて反応を求めた。
「え?」
そこにはイレイザの姿は無くバルコニーには1人きりになっていた。 ガイアはすぐにバルコニーから身を乗り出すと落下するイレイザの後ろ姿を見つけ、すぐさま自分も飛び降りた。
「イレイザ!!」
ガイアの呼びかけに反応せず落ちていく。
イレイザはアラウルネ、状態異常系の魔術には掛からないはず、ただ気を失っただけか、アラウルネの耐性を超える魔術の使い手が居るか、確実に後者だろうな。
ガイアはイレイザに追いつくとその体を抱きしめそのまま地上に向かって落ちていった。
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「ここは? 地上か」
ガイアは陥没した地面の中心で目が覚める。
「イレイザ! 居るか! 無事か!?」
「無事だよ。 彼女は家に返しておいたよ」
「誰だお前は」
ガイアが陥没した地面から這い上がると頭上から声が聞こえる。
「君がガイア君だね、一緒に来てくれるかい?」
声の先には図太くガイアと同じく堂々とした声で話す、人生の折り返し地点は過ぎているだろうが、黒い髪の毛先に少しの白髪が見える以外は肉体は若々しく灰色のローブを着ていた。
「一緒に行かないし、誰だって聞いてるんだよ」
「勇者だよ、君の言ってたもう一つの方が当たってたって事だ」
「俺とイレイザの会話を聞いてたのか、ならお前がイレイザを攻撃したって事だな。 それにしても勇者か、なおさら着いていけなくなったな」
「なら、力づくで連れて行くことにするよ」
「お前が勇者だって事まだ信じてないし、例え勇者だとしても、俺は自信があるやつのプライドを折るのが大好きなんだ」
2人の間の空気が一気に張り詰めた。
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