厄介な《魔境》
「……」
俺の言葉に、ルキアが黙り込む。
大結界マークⅢを配置する――そのプレゼンテーションは、理解してもらえただろう。そして今、ルキアなりに取捨選択をしているのだと思う。
だが正直、事態は一刻を争うと言っていい。現状、雲魔竜が二体に増えたという情報だけでも、緊急に対処しなければならないのだ。当座は小型結界でどうにか凌ぐとしても、もし《白光》を二発放たれてしまったときにはどうしようもない。
だから、俺はここでルキアの答えを待つ。
「はぁ……まったく、つくづく厄介な《魔境》だ」
「ルキアさん……」
「先程までの話を整理した上で、きみに幾つか質問をしたい。構わないかな?」
「はい」
ルキアの言葉に頷く。
ひとまず俺の中では、マークⅢを製作することは決まっている。だが、それにあたりルキアの裁可がなければ、始めることもできないのだ。
魔鉄鋼の枠を作るにも金がかかるし、錬金術師グラス――リズに妖精鏡を頼むのだってタダじゃない。そのあたりの財源は、どうしてもノーマン侯爵家に頼らなければならないのだ。
「きみはマークⅡの少し後ろに、マークⅢを置くと話したね」
「ええ」
「つまりそれは、マークⅡが破壊されることを前提に考えている、と」
「仮に雲魔竜が《白光》を二発放ってきた場合、破壊される可能性が高いと考えます。魔物に連携する知恵があるかどうかは分かりませんが、放ってこられたら終わりです。そうなる前に、着手する必要があると考えます」
「そうだな……それは、わたしも重々承知している」
ふぅ、と息を吐くルキア。
その頭の中で、どのように考えが巡っているのかは分からない。だがきっと、現状の最善が何かを見極めているのだろう。
ルキアの形の良い唇が、さらに俺へと質問をぶつけてくる。
「だが結局、それをしたところで堂々巡りではないのか?」
「……というと」
「マークⅡの後ろにマークⅢを配置する。《白光》が二発放たれ、マークⅡが破壊される。マークⅢによってどうにか止める……だが、これと同じことが、二日後に起こるのではないか? きみは、マーク幾つまで作ればいいんだ?」
「……」
うっ、と言葉に詰まる。
それは、俺も懸念として考えていたことではあった。マークⅡが破壊されることを前提にマークⅢを作るとなれば、次はマークⅢが破壊されることを前提にマークⅣを作る必要がある――そんな繰り返しになる、と。
《魔境》の魔物が、大結界は破壊できるものと考えて、実際に《白光》で破壊されてしまった場合――きっと魔物は理解するはずだ。
《白光》を二度放てば破壊できる、と。
「それに正直、我が領も無限に金があるわけじゃない。大結界マークⅢを作るとなれば、その予算を捻出するので精一杯だ。マークⅢが破壊されることを前提に、マークⅣを作るための予算は出せないだろうね」
「……」
「そうなれば……ノーマン領どころか王国、大陸全土が終わりだ。これにあたって、きみには何か腹案があるのかな?」
「……」
ごくり、と唾を飲み込む。
正直、腹案なんてない。今のところ、マークⅢを作ることでしか現状が解決できないだけのことだ。
今後のノーマン領の安全を確保するためには、どうすればいいのか――。
「先程、大結界の強度はもうこれ以上改善することができない、とも言っていたね」
「……俺がベースとしているのは、封印都市の大結界です。あの強度が、今のところ俺の出来る最善です」
「きみのオリジナルで、もっと強力な大結界を作ることはできないか? 例えば十枚重ねではなく、二十枚重ねにするとか」
「……それは」
「質を改善できないならば、量で改善するしかないだろう? わたしは専門家でないから、適当なことしか言えないが」
確かに、ルキアの言っていることは分かる。
純粋に重ねている結界の枚数を増やせば、その分だけ強度は上がるだろう。単純に倍とまではいかないが、強度は間違いなく上がるはずだ。
だが、そのために必要な仕事は、非常に難儀である。
何せエルフの遺した古代遺物――その全貌も、未だに俺には理解できていないのだ。ようやく虚数領域を用いた並列起動を出来るようにはなったが、それ以外でもまだ分からない部分はある。
その部分を、どうにか理解しなければ――。
「現在の、マークⅡの基幹部なんですが……」
「うん?」
「基幹部の魔術式については、俺はそのまま……エルフのものを流用しています。その魔術式は……俺には、ほとんど理解ができない、難解なものです」
「……そうなのか?」
俺なりに、解読している部分は改良している。
魔術式の発動において必要な流れを、より良く改善している部分も多々ある。
だが、基幹部――そこだけは、エルフの魔術式をそのまま流用することしかできなかった。その上で、その魔術式の中にある設定部分については、俺でさえ弄ることができない。
分かりやすく言うと、エルフの魔術式で決められた設定通りに作らなければ、動いてくれないのである。
「はい。その部分に存在する、結界素材の使用限界……それが、十枚なんです。この魔術式を弄ることができれば、もっと枚数を増やすことは可能だと思いますが……」
「……」
「ですが、下手にこの魔術式を変更してしまうと、別のエラーが起きてしまう可能性も……それに枚数を増やすことで、どのような異常が起きるかも想像ができないというか……」
「……」
封印都市でも、使用されていた妖精鏡は十枚重ねだった。
だから俺は、この枚数だけは絶対に遵守している。マークⅡを作ったときにも、決して十一枚にならないようにチェックを徹底したのだ。
そんな俺の言葉に、ルキアは腕を組んで眉を寄せる。
失望しているのだろうか。
俺が、エルフの魔術式を理解することもできずに、ただ流用していたことについて――。
「分かった」
「……ルキアさん?」
「わたしは優秀だ。そして、優秀な者は優秀な者のところに集まる。王都にも、それなりの伝手はあるつもりだ」
にやり、とルキアが俺に向けて笑みを浮かべ。
そして――告げた。
「王都から、エルフ語の専門家を招聘しよう」
「――っ!?」




