巡るホワイトデードルチェ
どれだけのものを返せるだろう。
僕は褒められるのが苦手だ。
かっこいいとか、上手だねとか言われても「はぁ、すみません」とか「えっと、ありがとうございます」とかしか返せない。
そんな僕が好きな子から「好きです」と言われた。
2月14日、幼なじみのアユミからからチョコレートとともに渡されたその言葉を、僕はまだ冷蔵庫にしまったままにしている。
ハートの包装ではなく五線譜に音符が舞っているラッピングがアユミらしい。
夢かな、とか。ウソかな、とか。
そんなことばかり考える。
こんな自分の心の中に入れても居心地が悪すぎて大事な言葉が逃げていってしまうんじゃないかと思うと、ただ眺めることしか出来ない。
せめて飛んでいってしまわないように、ドアをバタンと閉める。
◇
「「あ」」
「おはよ!」
「……」
登校中にアユミと出くわした。
アユミがあいさつしてくれたのに僕はおはようと返すことができなかった。
無言のまま、並んで歩く。
途中でクラスメイトが合流してくれて助かった。
あれからアユミとうまく話せなくなってしまった。
もらったチョコレートは、アユミと話してもいいチケットのように思えた。
毎年もらうチョコは嬉しくて、誰にも取られないようにすぐにでも食べてたのに、今年のチョコは気持ちがこもってるんだと思うともったいなくて食べられず、まだ冷蔵庫に入れっぱなしだ。
せっかくくれたチョコを食べていない僕はアユミと話す権利すらないように思えて、目線さえ、逸らしてしまうようになった。
帰り道一人で歩きながら考える。
おかしいよね。
普通なら、好きな子から好きって言われたら、付き合ったりするものだよね。
でも僕は付き合うのが怖いんだ。
絶対僕の方が好きだから。
付き合ったら、僕がアユミを好きな気持ちと、アユミが僕のことを好きな気持ちの差が明確になって、こんなはずじゃなかったって離れていってしまうかもしれない。
ただの幼なじみでいられた方がよかったのにと、後悔する日がくるかもしれない。チャンスは一度きりだから。
家に着き冷蔵庫を開け、まだそこにあるチョコレートを見つめる。
わかってるよ、頭では。チャンスは何回でも訪れてくれるかもしれないってこと。
でもさ、僕は気づかないかもしれない。日々を過ごす中で、すれ違うだけかもしれない。
そう思うと怖くて、結局冷蔵庫のチョコに手を伸ばせないでいた。
ため息をつきながら、牛乳を取り出し扉を閉める。
牛乳をコップに注ぐ。
左手でコップを持ち上げ、牛乳を飲みながらスマホを操作し曲を流す。
ずっと前から好きなバンドの、一番最初のアルバム。
僕はこの5曲目が昔から好きだ。
この鬱々とした気分にぴったりの、臆病なやつの歌。
歌の中の臆病者は、最後に少しだけ勇気を出すんだ。
そんなやつに僕は憧れてる。
6曲目が流れてくる。
このバンドには珍しいラブソングだ。
新曲でもなんでもないその歌は、まるで初めて聞くかのように僕の心を鷲掴みにする。
9年前にリリースされた歌。これまで何度も耳に入っていた。知らないはずがなかった。ただ、自分には関係ないと素通りしていた。
ーーー
前から出会ってたのに
胸に響いたのは今なんだ
自分の必要としてる言葉には
もう出会ってるのかもしれない
大事なもの眺めてるだけで 独り占めして
予防線張って 自分が大事
自分で気づくしかない
今まですれ違った 日々の中から探す
手を広げて抱きしめる
君が大事だって知ってたから
ーーー
歌詞とメロディーが風のように僕の心を駆け巡る。
頭の中がアユミでいっぱいになって、たまらなくなる。
わかりかけた気がするんだ、大事なことに。
あふれる気持ちを自分の中にしまっておけなくなった僕は、2階の自室に行きピアノの前に立つ。
アユミとは同じピアノ教室に通っている。
ピアノが僕とアユミを繋げてくれた。
鍵盤蓋を開け自分の中から流れ出したメロディーを弾く。
今までもオリジナルの曲をパッと思いついて弾いたりすることはあったけど、それだけだった。
僕はこの日、勇気を出してこの曲を音楽サイトに投稿した。
そのサイトでは色々な人が、オリジナルの曲を演奏する動画を投稿している。
あのバンドが、もともとこのサイトで注目を浴びデビューしたと知り、僕は登録だけしていた。今まで見てるだけだった。曲を演奏している人の動画を見てすごいなとは思っていた。動画をあげてる人のパフォーマンスはかっこよくて、反応するのさえおこがましい気がして、ただ再生ボタンを押して眺めるだけだった。
動画を投稿したのは初めてだった。
アユミも同じバンドが好きだからこのサイトの存在は知ってるはずだし、もしかしたら見てくれて、想いが届いたりするかもしれないという、我ながら回りくどい淡い期待を込めた。
ピコンとスマホが鳴る。
さっきあげた動画に対して感想を書いてくれた人がいた。
『曲の終わり方がとても好きです。
あったかい気持ちになる曲ですね。』
わっと声が漏れた。
感想をもらえるなんて思ってもなかったから。
なんで認めてくれるの?こんなに嬉しいものなの?
その人のページを見てみる。
たくさん動画をアップしてて、かっこいい。
褒められるのが苦手だったはずなのに、自分には関係ない他人から贈られた言葉はなぜか自分の胸にストンと届いた。
僕は初めて感想を送ってみる。
『2番の歌詞が好きです。
あと、2番Aメロの音が跳ねるところがかっこいいと思います。』
ピコンと返事がくる。
『聞いてくださってありがとうございます!
作っていてこだわった部分なので褒めていただいて嬉しいです!』
あ!返事するものなんだと、慌てて自分のページに戻る。
『聞いてくださってありがとうございます。曲の終わり方褒めてもらえて嬉しいです。あったかい気持ちになるって言ってもらえて、なんでこのメロディーが浮かんだかわかったような気がします。ありがとうございました。』
ピコンと別の人から感想をもらう。
『最初の切ない感じも好きです。
恋の曲ですか?』
『聞いてくださってありがとうございます。
切ない気持ちを込めました。最後は僕の願望みたいなものです。感じ取っていただいて嬉しいです。ありがとうございます。』
恋の曲ってバレていて恥ずかしくなる。メロディーだけでやっぱりわかってしまうものなんだろう。
その後もピコンピコンと感想が届く。
僕も感想をくれた人のページへ行って感想を書く。
続けていくと、今まで眺めていただけだったのがもったいなく思えて、いつも見ていた人の動画に感想を送った。
『感想ありがとうございます!!
すっごい嬉しいです!!
曲を制作する励みになります!
この曲は生み出すの苦労したので、そう言ってもらえて幸せです!
これからもいっぱい聞いてやってください!』
わーっ!と画面を見て嬉しくなる。返事がもらえるなんて思ってもなかった。
気持ちが届くってこんな感じなんだ。
その人の別の曲にも感想を送る。
いつも見ていたから、書きたい気持ちがいっぱいある。
素直ってよくわからない言葉だったけど、もしかしてこういうものかもと扉を開ける予感があった。
僕は褒められるのが苦手だから、相手の言葉を心に届く手前で受けて、いやそんなって謙遜して、予防線張ってた。
でも、自分が生み出したものを損得関係なしに褒めてもらえたからかな、相手からの言葉は胸に響き、僕の心に種を植えた。
アユミには気づかれなかった。
そりゃそうだ。
僕がこのサイトを使ってることもアユミは知らない。僕だってアユミがこのサイトを利用してるか知らない。
本当にただの淡い期待だったんだ。
でもサイトでのやり取りに育まれ、僕の心に植えられた種からは芽が伸びていた。
◇
土曜日、僕以外の家族は映画を観に行った。『スキツタ』とかいう恋愛もののアニメーションで素直になれない主人公がどうたらこうたらって話だって。それってまさにさ、と思った僕は誘われたけどパスした。
やけに寒いなと部屋の中から外を見ると雪が降り始めていた。
雪が降るのは年に1、2回。珍しいことだ。
チラチラと降る雪がきれいだと思った僕は、窓に近づき上から下に目線を移す。すると、アユミが歩いているのが見えた。僕は窓を開け、2階から声を出す。
「アユミ!」
アユミは驚いた表情でおーいと手を振る僕を見た。
「ちょっと待ってて!」
僕は急いで階段を降りた。
玄関を開け、家の前で待っていてくれたアユミに話しかける。
「ごめん。最近変な態度とって」
「…ううん。私があんなことしたから」
「あんなことって!」
「いいの!あの…忘れていいから。いつも通りに戻れて嬉しい」
そう言ってアユミは下を向く。
忘れていい。あぁ、なんで僕はあんなに大事な言葉を冷蔵庫にしまったままにしているんだろう。
もったいないとか夢みたいとか、そんな言葉で大事にしている気になって。
違うだろ、そうじゃないだろ。本当に大事だったら、しまったままにしておくんじゃなくて心の真ん中まで届かせて、味わって、生まれた気持ちをちゃんと伝えろ。
幸せな気持ちを、自分以外の人にも味わってもらえるように。
1番大事な人へ届くように。
淡い期待を抱いても、頭でいくら願っても、やっぱり行動しないと相手には届かない。
「アユミ時間ある?うちきてよ」
「へ?今から映画観に行くところで」
「あ!もしかして『スキツタ』?うちの家族も今観に行ってるよ」
「そう!原作が好きでね!」
「へ〜どういうとこが好きなの?」
「んと、素直になれない男の子が結局最後勇気を出すの、そこがかわいくて」
「かわいいとかなんだ」
「うん!!」
「ははっ!ちょっと元気になってくれてよかった」
「え!?あ!私はしゃぎすぎた!?」
アユミが両手で頬を覆い照れた顔をする。
かわいいと思いながら手を繋ぐ。
「うちおいでよ、たぶん、観たいものこっちでも観られるから。予約とかしてるの?」
「ううん。映画館で買うつもりだったから」
「じゃあいいね」
アユミは僕に手を引かれるまま家に入った。
幼い頃はよく行き来していたお互いの家。
いつの間にかアユミがうちに来ることは無くなっていたけど、間取りは変わっていないからアユミは気づいた。
「キッチン?」
「うん。大事なものがしまってあるんだ」
僕は冷蔵庫からアユミがくれたチョコレートを取り出す。
僕とアユミを繋げる音符のラッピングが音でも奏でているかのように僕の心臓はバクバク鳴っている。
「それ…まだ食べてなかったの!?!?」
「うん。もったいなくて」
僕はできるだけ丁寧にラッピングを解く。
「手作りだから、賞味期限…!」
「うん、ごめん。過ぎてるかもしれないけどいただきます!」
そう言って立ったまま両手を合わせた。
「え!?お腹壊しちゃうからダメだって!!」
アユミはまだ困った顔をしている。
僕はツヤツヤと輝くチョコレートトリュフを指でつまみ口に運ぶ。
パリッとした外側のチョコのコーティングの中に思わずニヤけてしまうようなとろっと甘いチョコレートが隠れていた。
「ん〜〜!!おいしい!!」
僕は幸せを噛み締める。
毎年もらっていたチョコももちろんおいしかったけど、初めてもらったトリュフの中にはアユミの気持ちが包み込まれているようで、その柔らかい甘さは格別だった。箱の中にきれいにしまわれた宝物は、全部僕の口の中で溶けていった。
言葉は空気の振動が終われば聴こえなくなるし、チョコレートは溶けて消える。
いくら大事にしたって無くなっちゃうんだよ。独り占めしてたら。
でもさ、夢じゃない。ウソじゃないって思える方法を見つけたんだ。
「おいしかった。ありがとう」
「あ、えと、どういたしまして。お腹大丈夫?」
「うん。あのさ」
「うん」
アユミは僕の言葉を待ってくれている。
こんなに臆病なやつの言葉を。
でも僕は勇気を出すよ。
僕の伝えたい言葉と、君が喜ぶ言葉が同じなんて奇跡だと思うから。
僕はアユミの両手を取り、目をまっすぐ見て言う。
「好きだよ。付き合ってください」
アユミはわーんと顔を上げながら泣き、うんうんと首を縦に振った。
僕が腕を引くとアユミは僕の胸に収まる。
そのまま包み込むように抱きしめた。
「ホワイトデーのお返しは、いつもみたいにクッキー焼こうと思う」
アユミは僕の腕の中で頷く。
「あと、デートしよう。映画デート。一緒に『スキツタ』観に行こう。これからもっとアユミが好きなもの知っていきたい」
もらった気持ちを夢で終わらせない方法。ウソにしない方法。それは僕も行動して相手に気持ちを返すことだと思う。
僕はどれだけのものを返せるだろう。
幸せをくれる君に。
大事なことに気づかせてくれたバンドに、音楽サイトに。
◇
その後も僕は音楽サイトに投稿を続け、交流を楽しんでいる。
バンドには初めてファンレターを出した。
いつも曲に支えてもらってますという感謝が伝わり、僕の手紙が少しでも彼らの力になることを願って。
頭のどこかで思っているだけだったことを、一つずつ行動に移してみる。自分の中に独り占めしていた思いが広がり、周りにも幸せが伝播していくような感覚になる。
サイトに初めて投稿した曲をアユミに告白した。引かれるかなとも思ったが、反応は意外にもよく
「えへへ。なんだか照れるな。切ないけど、変イ長調がロマンチック」
と、かわいく笑っていた。
◇
今日は3月14日。
僕はアユミを迎えに行く。
玄関から出てきたアユミに昨日焼いたクッキーを手渡す。
手のひらほどある大きなハート型のクッキーにアユミは驚いていた。いつもと違うって。そうだよ、だって彼女にあげる初めてのクッキーだからと返すとアユミはさらに目を丸くさせた。
「アユミだっていつもと違うじゃん。ワンピースとか…かわいい」
僕は飲み込みそうになった言葉を勇気を出して素直に伝える。
照れたアユミが顔を隠すように僕の右腕に抱きついてきた。
「えへへ」
アユミが顔を上げた。嬉しさがパッと広がった彼女の満面の笑みは、僕の心で成長中の花も一緒に咲かせる。
「「大好き」」
願わくば、咲いた花が種を落とし、また花が咲くように、この幸せな巡りがいつまでも続きますように。
お読みいただきありがとうございます!
恋愛小説に挑戦してみました。
とっても難しかったです。
恋愛小説にチャレンジしたのは自分でも予想外なのですが、ご縁をいただいたときに感じた気持ちを大切にしたかったので、完成させることができて嬉しいです。
二人や周りの方々が幸せになるように願いを込めて書きました。
思ったより甘い味付けです。
「うっ」ってなった方すみません。賞味期限切れのチョコがあたったかもしれません。
どうぞお大事になさってください。
もしよろしければ感想いただけるととっても嬉しいです!力を分けてあげてもいいよという方、ぜひよろしくお願いします!