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転校生とお買い物

『時人様。聞こえますか?』


 日本最大級の繁華街。複合施設の屋上には観覧車が設置されており、そこの天辺から都会の街を一望出来る。乗るのは海外から起こしの方や、遠方から起こしの観光客がほとんどだろう。

 そんな都会の数ある待ち合わせスポットの1つである観覧車前には休日の昼前という事もあり沢山の人が来ている。

 人が行き交う事により生じる雑音の中、左耳に付けた『ツタエルくん』からの声は耳から聞こえると言うよりは頭に直接話しかけられていると言っても過言ではない位にクリアに聞こえた。

 流石は30万円するインカム、段違いだ。


「聞こえるぞ。俺の声は聞こえるか?」


 蚊が鳴くよりも小さな呟きをしてみると『聞こえます』と言われる。

 すげーな『ツタエルくん』


『ターゲット接近中。接触まで30秒前』


 耳から伝わるカウントダウンに俺は軽く笑ってしまう。


「お前どこいるの?」

『ふふ。内緒です』


 小さく笑って答えると『安心して下さい』と続けて言ってくる。


『この人の数ですので、まず私の存在がバレる事はありません。しかし、それは相手も同じ。私は相手の動きを探りますので、時人様は普通にしていて下さい』


 雫の奴、俺の見えない所で楽しんでやがるな……。


「時人君」


 雫からの通信が途切れたと思ったら、すぐに目の前に現れた私服姿に鞄を持った瑠奈。

 春らしい爽やかな服装と彼女との容姿が合わさって少し見惚れてしまった。


『ふむ……。時人様は女性ブランドへの関心がないので分からないと思いますが、瑠奈さんのファッションは全て高級ブランド。恐らく鞄の中の財布も同じ高級ブランドでしょう。成金によくある外見は高級ブランドでガチガチに固めるスタイルですね』


 本当に何処で見ているのやら……。

 瑠奈のコーディネートを教えてくれる我がメイドの口は悪かった。


『チッ……。羨ま可愛いです』


 ただの妬みかよ……。


『とりあえず会話の流れで見た目を褒めてあげて下さい。女の子は見た目を褒められるのが好きですからね。勿論、目的はデートを潰す事ですが、人を尊重するのが堂路家の教訓ですので』


 デートを潰すのに相手を褒める。

 なんだか矛盾している様な気がするが雫の指示に従う事にしよう。


「お待たせしましたか?」

「ううん。全然。今来た所だよ」

「良かった」


 胸を撫で下ろす瑠奈。

 あー……。なんだか本当にデートをしているみたいだ。


「私服姿似合ってるね」


 会話の流れ的に、ここだ! と思い褒めると、瑠奈は少し照れた様な表情を見してくれる。


「そうですか? ふふ。嬉しいです」


 その反応の後に雫から通信が入る。


『どうやら好感度が上がったみたいですね』


 ギャルゲーかよ……。


「じゃあ行こうか」

「はい」


 俺は適当に歩き出すと、彼女は1歩後ろを歩き出す。


「――って、今日の目的は新生活に向けての新調って言ってたけど、何を探してるんだ?」

「えっと……」

『おっと……。心拍数の上昇。呼吸の乱れ。これは今から嘘を吐く間です』


 お前はセンサーか! どんな間だよ。


「筆記用具……ですかね」


 瑠奈は右手を右耳に持っていきながら答える。


「筆記用具……の新調?」


 そんなもん近所で良くない? と思ったら『ね?』と雫がドヤ声が聞こえてくる。


「ひ、筆記用具か……」


 俺が困惑の声を出すと右手を下ろして言ってくる。


「時人君。良いお店知ってますか? 私、お店には疎くて」


 筆記用具の良い店って何? 俺、筆記用具の良い店何て分からんぞ。


『お困りの様ですね。でしたら百貨店の中にある生活雑貨専門店に足を運んで頂けたらと思います。そちらの方が外をブラブラするより、こちらも刺客を探しやすいので』


 刺客って……。雫は一体何と戦っているんだよ。


「筆記用具なら百貨店の中にある所でも良い?」

「はい。時人くんとなら何処へでもお供します」


 ああ……。これが純粋なデートで言われた言葉ならどれだけ良かったか。


『安心して下さい。時人様を落とす為の台詞ですので』


 お前はエスパーか!




♦︎




 大都会の百貨店というのは何でこうも高いのか。それに対してのエレベーターの数があっていないのか、数分待ちだ。

 エレベーター何て待ってられないのでエスカレーターで上がって行くが、目的地の生活雑貨店は10階なので地味に時間がかかる。


「――ここが時人くんのオススメのお店ですか?」

「オススメというか、なんというか……」


 地元にもある生活雑貨のチェーンなので自信を持ってオススメとは言いにくい。

 だが、同じチェーン店といえど都会と地元では全然規模が違うので、品物の数が違う。


「私、こう言ったお店は初めてですが……。色々な商品があるのですね」


 店の中に入るとまずはバラエティグッズが並んでおり瑠奈はそれらを珍しそうな目で見る。


「あ……『ヌタロー』だ」

「ヌタロー?」


 瑠奈が口に出すと、ふざけた顔したウサギの大きなぬいぐるみが置いてあり、その棚には、ふざけた顔したウサギのコップやらストラップやらトランプやら――。ふざけた顔したウサギとのコラボ商品の棚であった。


「可愛い……」


 瑠奈はぬいぐるみを手に取り癒された様な顔をして眺めている。


「可愛い?」


 コイツが? このふざけた顔して小馬鹿にしている様なウサギが可愛いのか?


 小さなぬいぐるみを手に取り顔を見る。ジッと見ているとなんだか無性にムカついた。

 これが感性の違いというやつなのか……。


「そうです」と瑠奈が声を出して言ってくる。


「ヌタローシャーペンが欲しいです」

「ヌタロー……シャーペン……」


 勉強中もコイツの不愉快な顔を見て、この子はムカつかないのだろうか? 俺ならストレスでペンを投げてしまうだろう。


「ヌタローシャーペンないかな……」


 瑠奈が商品を探し始めたので俺も一緒に探す。


「――ありそうにないな」


 コラボ商品ならシャーペン位ありそうだが、物欲センサーが発動して見当たらないらしい。


「そう……ですね。仕方ありません」


 瑠奈はスマホを取り出し操作し始める。


「どうするの?」


 右耳にスマホを持っていきながら言ってくる。


「発注してもらいます」

「発注?」


 業者かよ。


「――あ! あれですよ? 作らせる方じゃないですからね」

「そりゃ……そうじゃない?」

「あ、あはは! ネットです。ネット発注」


 言いながら瑠奈は少し俺と離れて電話を始めた。


 ネット発注……。普通はネット注文って言うと思うけど……。

 それと耳に当ててるっ事は電話だから、それはネット注文と呼べるのだろうか……。


『社長令嬢というのを隠しているのでしょうか?』

「さぁなぁ……。隠しているとしたら転校初日から設定ガバガバ過ぎてバレバレだけどな」

『ですよね』

「そっちは?」

『それらしい人物は見つかっておりません。引き続きそちらでのショッピングをお楽しみ下さい』

「了解」


 そんな小声での会話もバッチリクリアに応答出来る。

 しばらく待っていると瑠奈が「お待たせしました」と戻って来る。


「今回は諦めます」


 そんなにこのキャラクターが欲しかったのか、溜息混じりで落胆の声を出す。


「では時人くん行きましょう」


 そう言って店を出ようとする瑠奈。その背中は寂しそうであった。


「何処行くんだ?」

「何処って――あ……」


 瑠奈は苦笑いで俺を見る。


「そういえば筆記用具買いに行くんでした」


 設定を忘れる位に欲しかったのか、ヌタローシャーペン。




♦︎




 無事目的の物を手に入れて店を出る。


「新生活の新調ってのはこれで終わり?」


 そう聞くと「ええっと……」と、また右手を右耳に持っていく。


「はい」

「そっか……」


 なら、どうしようか。


『食事でもしたらどうですか』


 天の声が聞こえる。天の声にしたら少し不機嫌だが。


『まだこっちも調べたい事あるし、ここで帰られたら困るし、食事にでも誘ってあげれば喜ぶんじゃないです? てか、私がお腹空きました』


 急に偉い機嫌悪く言うメイドだ。調査が上手くいかなくて機嫌が悪いのだろうか……。


「お昼だし、お腹空かない?」


 そう言うと瑠奈は少し照れた様な声を出してくれる。


「実を言うと、少しお腹が空きました」

「じゃあご飯食べに行こう」


 そう言うと嬉しそうな顔をして言ってくる。


「はい。行きたいです」


 そう言ってくれたので、俺は「どうしようか?」と呟きながら考える。


「そうですね……」


 2人して考え混むと適当な声が聞こえてくる。


『パスタで良いんじゃないですか。パスタとパンケーキ食わしときゃ何とかなるでしょ』


 お前……。投げやりになってないか……。


『この上にパスタ屋さんあるんで、そこで。ほらほらさっさと行って下さい』


 何か不機嫌というか、怒ってるというか……。


「この上にパスタ屋さんがあるから、そこでも良い?」

「はい。時人君の食べたい物ならなんでも良いですよ」

「じゃあ行こう」


 俺達は15階にあるレストラン街へと足を運んだ。




♦︎




 休日の昼前なので人が多いレストラン街。

 店の前にはウェイティングの客もおり、俺達も待たされるのかな? と思っていたら、運良く待つ事なくすんなりと通してもらった。


 お互いに注文を済まして、食事が来るのを待つ。


 待つ間に、転校初日に案内していた時から右手を右耳に持っていく仕草が気になり、つい右耳に視線を送ってしまっていた。

 

 彼女にも仲間がいるとしたら、俺みたいにインカムを付けているのではないか?

 それで、つい癖で触ってしまっているとか?


「どうかされました?」

「あ……いや……」


 あまり見ているのも相手に失礼だし、今は髪の毛で耳が見えないので視線を彼女の目に移す。


「まだ2日しか学校に来てないけど、どう? やっていけそう?」


 咄嗟に出した質問に瑠奈は頷いて答える。


「最初は不安でした。どんな所なんだろう? クラスや学校の人達とやっていけるかな? そんな思いで一杯でしたが……」


 瑠奈は微笑んでくれる。


「時人君と出会えて良かったです」

『勘違いしないでください。彼女の設定ですから』


 恐らく、何も知らなければときめいていた言葉に、雫からフライング気味でツッコミが入る。


「あ……。え……。あはは……」


 設定と分かっていてもドキマキしてしまう。


「これからも時人君と仲良くしたいです」


 ぶっは……。こんなん嘘って分かってても、こんだけの美少女に言われたらテン上げだろ。


『これだから童貞は……。しかし、逆にそれが幸いして相手には好感触だと勘違いされているはず。そのリアルな態度から裏に私の様な存在がいない事を示してくれています。そこは感謝しておきます』


 右耳からは偽りの幸せの言葉。左耳からは現実を突きつける言葉。


「席も隣になりましたし。私、ずっと時人君の隣が良いな」

「それってどういう――」


 もしかして瑠奈ってマジで俺に惚れてるの? だって顔がマジっぽいもん。


『――時人様?』


 雫の声が聞こえた気がしたけど気のせいだ。


「どういう意味だと思います? ふふ。時人くんの思ってる通りかも知れませんよ?」


 俺の思ってる通りなら、瑠奈は俺の事好きって事? だって、それってそういう意味でしょ。

 そもそも本当に瑠奈が俺の家の事知ってるのか? てか、そうだとしても、結局俺の事好きなら――。


『――時人様? ハルくん!? おーい! ――チッ……。傾きかけている。何してんだよ……』


 そうだよな。俺の事好きならそれで良いだろ。それは政略結婚とは――。


『ポッポッポー。ハトポッポー。ハルトはハートの弱い鳩ー。ポッポッポー。ハトポッポー。ハルトはハダカで踊る鳩ー』

「誰が――! ――っで!」


 突如左耳から聞こえてきた、小学生の頃に歌われた恥ずかしい俺の歌。

 それに対してのツッコミを入れようとしたら思いっきり左足をテーブルにぶつけてしまう。


「大丈夫ですか?」

「あ、ああ……うん」


 危なかった……。あのままだと瑠奈の誘惑に負けてしまう所だった。

 何て危険な女なんだ……。恐ろしいな一ノ瀬 瑠奈。


「――お待たせいたしました」とウェイトレスさんが食事を運んでくれたおかげで、先程の甘い会話が流れてくれた――。




 ――瑠奈のパスタを口に運ぶ仕草は流石お嬢様である。

 テーブルマナーがしっかりと行き届いており、上品に食べている。


 食事をせずに、つい彼女の食事風景を見てしまうとフォークとスプーンを中断の位置に置いて聞いてくる。


「召し上がらないのですか?」

「あ……。ごめん。食べてる所見られるのは嫌だよな……」

「いえ。誰に見られても恥じのないテーブルマナーを昔から教育されてますので大丈夫ですよ」


 そう言われてので、この流れで踏み入った事を聞いてみる。


「瑠奈って、もしかしてお嬢様?」

『良い質問ですね。先程の事もありますし、隠しているのか、いないのか……。この返答次第で流れが変わります』


 メイドに褒められた。


 俺の質問に瑠奈は少し困惑の笑みを浮かべて答えてくれる。


「お嬢様――かどうかは分かりませんが、父が会社経営をしており、周りよりも裕福な家に生まれ、良い教育を受けさせて頂いているとは思います」

『つまりお嬢様ですね。分かります』


 遠回しに言われた瑠奈の言葉を雫が簡単に翻訳してくれる。


「しかし、裕福なのは私の親のお陰であり、私自身の力ではありません。その事は深く心に刻んで生きています」

『なるほど。金持ちだけど、金持ちを鼻に付けてはいないと言うアピールですか。ほっほー』

「時人君のご両親は何をなされている方ですか?」

「俺の親は――」


 まいったな……。どう答えたら良いか用意してなかった。

 何でも良いんだろうけど、何でも良いからこそ、今後、この話題になった時にそれに合わせなくてはならないので、今は良くても後々にしんどくなるに違いない。


『時人様。ここは営業としておいて下さい。後々の設定は後で書類として提出します』


 設定大好きメイド様より助けが入り俺は彼女の言葉に従う。


「――普通のサラリーマンだよ。営業の」

「そうですか。時人君の様な素晴らしい人を育てた人なのですから、ご両親も素晴らしい方々なのでしょうね」

「そ、そうかな? あはは……」

「1度お会いしてみたいです」

「え?」

「――ふふ。冗談です」


「今は――」と小さく付け加え、彼女は無意識に右耳に髪の毛をかけて、食事を再開する。


 俺はそれを見逃さずに、彼女の右耳を見る。

 しかし、右耳には何も付いておらず、控えめなピアスが反射して綺麗に光っているだけだった。

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