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作戦会議

「――ただい麻婆豆腐……」


 バイト終わり。

 夜も遅いので、出来る限り鍵をゆっくり開けて、扉も、そーっと開けたのだが、玄関にはルームウェアに身を包んだ雫が俺と目が合うと頭を下げる。


「おかえりなさいませ。時人様」


 そう言って手を出してくるので「ありがと」と礼を言いながら鞄を預けて、俺は洗面所で手洗いうがいを済ますと、制服のままリビングのダイニングテーブルのいつもの席へ着席する。

 消えていたテレビをつけて、軽く眺めていると、目の前に暖かいミルクティーの入ったコップが置かれる。


「本日もお仕事お疲れ様です」

「ありがと」


 バイト終わりは着替えず雫が淹れてくれるミルクティーを飲むのがルーティンとなっている。


「アルバイトの方は随分慣れてきたご様子ですね」

「ん?」


 珍しく雫がバイト終わりに話かけてきた。

 いつもは気遣って、こちらから話かけない限りは口を開かないのに、今日はレアケースである。


「初期と比べると大分な」

「最初の頃は帰るなり制服のまま寝てしまう事が多々ありましたね」

「あはは。お金を稼ぐって言うのは体力的にも、精神的にも疲れるな」


 ミルクティーを一口飲む。


「――ただ、今のバイトは人脈に恵まれていると実感出来るよ」

「堂路家は人脈に恵まれている一族と聞いております。その恩恵が時人様にも受け継がれたのかと。謙虚で人を尊重する方々には様々な人からの援助があると思われますが、横暴で人をぞんざいに扱う方々に人は寄り添いませんから」

「――ウチの子育て方針は間違っちゃいないってか?」

「それは分かりません。子育てに正解はありませんから。ただ、私は良いと思いますよ」

「子供を追いやる事が?」

「悪く言えばそうなりますが、良く言えば放任主義とも捉える事が出来ますよ」


 軽く笑いながら雫が言ってくるので「放任主義ねぇ」とミルクティーを再び飲み雫を見た。


「雫は凄いな……」

「いかがなさいましたか?」


 俺の呟きに軽く首を傾げて聞いてくる。


「あ……いや……。雫は小学生の頃から俺に仕えてくれているからさ。小さな頃から働くという大変な事をしているんだな――と」

「そうですよ。本当に大変です」


 あり? 思ってた返事と違う。


「昔っからわがままで、気分屋で、偉そうで、すぐ自慢してくるし、宿題はやってこないし、野菜は食べないし――メイドになったら拍車がかかって――」

「ちっがーう!」


 雫のマシンガンの様な愚痴が始まりそうになったから俺は彼女を止めると冷たい目で見てくる。


「なんですか? 今から本番なんですけど?」

「いやいや! ここは『時人様のお世話は大変ですが、楽しいですよ』だろうが!」


 俺の言葉に虫ケラを見る目で言ってくる。


「そんな訳ねぇだろ」

「そんな訳あるって! 楽しい事もあるだろ! 思い出してごらん! さぁ!」


 そう言うと彼女は天を仰ぎ「ああ……」と声を漏らした。


「ほら! あった!」

「――メイドになりたての頃――」

「小4位の頃ね」

「時正様よりお小遣いをいただいてその時、CMで流行っていたプリンを買いに行きました」

「ほうほう」

「そのプリンを食べていたら『くれ』と言われ横取りされた上に『まっず』と聞いてもいない感想を言われましたね」


 そんな事あったかな? 全く記憶にない。


「――あと、メイドになりたての頃に服を買いに行った時」

「ショッピングね。うん。楽しいよねショッピング」

「気に入った服があったので試着したら『ださ……』と言われました」


 酷いね。俺――。


「――それから――」

「待て待て待て待て!」


 俺の停止にゴミを見る目をする。


「いや、楽しい思い出! 楽しい思い出を言いなさいよ!」

「ない」

「まじかよ……」

「結果こんなメイドが生まれましたとさ。ちゃんちゃん」

「えー……。何かごめん……」


 昔の俺……糞だな……。


「――あ、あれだ。な、何か用があるんじゃない? 俺に」


 このままこの話をしていても俺が悪者になるだけなので、話を振ってみる。


「はい。お疲れの所申し訳ございませんが、少しお時間頂けないでしょうか?」

「大丈夫。もしかして?」

「予想通りの内容かと――準備をしますので少々お待ちください」




♦︎




 ダイニングテーブルに並べられた数枚の資料。それらを見ながら雫の説明が入る。


「一ノ瀬 瑠奈。『アースフレンド』で有名な大手外食企業『イチノセフードサービス』の社長『一ノ瀬 功成(いちのせ いさなり)』の1人娘。――どうやら室壁 完士さんが仰っておられた『社長令嬢』というのは本当の様ですね」

「やっぱ大手の社長令嬢か。でも、何でそんな奴が普通の公立高校に?」


 俺の疑問に雫は資料を見ながら言ってくる。


「はい。その質問に対しては順を追って簡潔に説明させてもらいます」

「頼む」


 俺は両肘を付き、手を組んで彼女の説明を聞いた。


「『イチノセフードサービス』は一ノ瀬 功成が一代で会社を大きくして数年前までは右肩上がりに業績を伸ばしていきましたが、ここ数年で一気に『アースフレンド』の店舗数を増やした事によってカニバリゼーションが起きていたみたいです。それと店舗数が増えた影響で人員不足となりQSCの乱れが起きてしまい、自ずと業績が悪くなったみたいですね」

「成金、共食いに、人員不足――。あるあるだな」


 雫は「そうですね」と相槌を打ってくれながら俺を見る。


「調査の結果、その為に瑠奈さんは親から政略結婚を強いられているみたいですね」

「あー……。ついにそのパターンか……」


 何となく予測はしていたけれど、雫の言葉を聞いて、呆れた声が漏れてしまった。


「業績の悪い『イチノセフードサービス』からすると、大手企業グループ会社の御曹司である時人様と瑠奈さんが結婚する事によるメリットは大いにありますからね」

「――でも、親父は『恋愛は自由。本当に好きな人と一緒になれ』って言ってるんだぞ? そんな親父が政略結婚何か許すはずないだろ」

「だからですよ」


 雫は資料を片しながら言ってくる。


「時人様が瑠奈様に惚れてしまえば事は簡単に進む訳ですから」

「――なるほど……。だからあんなにグイグイ来て惚れさそうって魂胆か」


 話が繋がってスッキリした気分だが、同時に少し寂しい気持ちになった。


「もしかして本気で一目惚れでもされたと思ってました?」

「――ばっ! んな事……」


 頭の中を読んでくるメイド。


「残念ながら時人様に一目惚れする方はいないと思いますよ」

「――っるせーよ! わーってらー!」


 認めると余計に悲しくなる。


「それで? どうするんですか?」

「どうするって?」

「一ノ瀬 瑠奈さんとの関係。時正様の仰る『恋愛自由』とは、今回の件も理由はどうであれ時人様の自由ですし、相手の気持ちはどうであれ、時人様自身が瑠奈さんを本当に好きになれば条件に合いますよ。ま、瑠奈さんの気持ちは完全無視となりますが」


 そう言われて「バカ言うなよ」と笑ってしまった。


「そんな理由でグイグイ来られても好きにならないっての」


 そう言うと雫は少し嬉しそうな表情を見して言ってくる。


「でも、あれほどに美しい女性は他にはいないと思いますが?」

「見てくれは関係ないだろ」

「仰る通りです。ふふ」


 雫から笑みが溢れた。


「――でも、色々な疑問が浮かび上がるよな」


 椅子に深く座り込んで漏らす様に言った。


「何で俺なんだ? 俺に拘らなくても、他にも色々といるだろうに。わざわざ学校を変えてまで狙う理由はなんだ?」


 頭の中の疑問を漏らすと雫が申し訳なさそうな声を出す。

 

「申し訳ございません。そこまでは調べられておりません」

「ああ……いや。ここまで調べてくれただけでも十分だよ。ありがとう」

 

 ふむ……。俺を狙う理由――なんだろ……。


 少し考え込んでいると雫が俺の目の前にワイヤレスイヤホンを置いてくる。


「何故時人様なのかという謎はまだありますが、今は明日の事を考えませんか?」

「ああ……。買い物な……。それで? これは?」

「超高性能ワイヤレスイヤホン型インカム『ツタエルくん』です」

「超高性能ワイヤレスイヤホン型インカム『ツタエルくん』だと?」


 俺は手に取り超高性能ワイヤレスイヤホン型インカム『ツタエルくん』を手に取る。


「普通のワイヤレスイヤホンに見えるけど?」

「こちらの商品は堂路家の財力を駆使して取り寄せた最高級のインカムとなっております。お値段30万円です」

「さっ――!? たっか! ネーミングセンスバカほどにダサいのにたっか!」

「ネーミングセンスは悪くても、その中身は超高性能。音漏れ、ノイズなしは勿論、何処にいてもクリアに聞こえるはずです」

「流石30万のワイヤレスイヤホンってか……。つか、何に使うんだよ?」


 尋ねると、良くぞ聞いてくれた、と言わんばかりの顔で説明してくる。


「僭越ながら明日のデートを潰す為のサポートをさせていただきます」

「潰すって……」

「勿論、瑠奈さんをぞんざいに扱う訳ではありません。そんな事をしては堂路家の名折れ。あくまでもナチュラルかつさりげなくかわすサポートです」

「サポートねぇ……」


 呆れた声を出しながら『ツタエルくん』を眺めた後に疑問に思う。


「――てか、それって付いて来るってことか?」

「無論です。なぜなら敵は一ノ瀬 瑠奈さんだけではないからです」


 敵って……。


「――てか、その言い方だと、やっぱ、誰かと手を組んでいるって事か?」

「その可能性はかなり高いですね。その人物の特定には至っておりませんが、可能性があるならば私達と同じクラスの誰か」


 雫の言葉に俺は首を傾げる。


「何で同じクラスって分かるんだ?」

「本日の席替えなのですが、実は、私は何も仕組んでおりません」

「え!? そうなの!?」


 俺はビックリして少し声が大きくなった。


「はい。ですが、時人様のクジを引いた後の表情を見た限り、時人様は私の指示通りに箱の中の上に貼り付いてあるクジを引いた事でしょう」

「うん。普通にあったな」

「それは私ではない一ノ瀬 瑠奈さんの仲間の仕業だと思われます。私もまさか箱の中の上に貼り付ける何てシンプルな方法を相手が取ってくるとは思いませんでしたが、イカサマはシンプルな方が逆にバレないという思考の持ち主なのでしょう」

「――てかさ、それって……」

「相手側からすると、時人様が席替えをする度にイカサマしてる事はバレているみたいですね」


 そりゃイカサマをやり続けたらバレるか。


「ですが、そのシンプルな思考のおかげで瑠奈さんの仲間がクラスにいる事が確定しました。あの箱を室壁 完士さんが作ったのは6限終わりなので、他のクラスの介入はありません」


 その説明に俺はツッコミを入れる。


「いやいや、でも、普通に紙が無かったらどうしてたんだよ」

「素っ頓狂な時人様の顔を拝めるだけでしたね」

「それだけ?」

「それだけ。誰も得しません」


 1言余計なメイドだ。


「でも、誰が――」


 そう呟いて1番怪しい人物が浮かび上がる。


「――やっぱクジを作った完士か……」

「可能性は1番高いですよ。ですが、決め付けるのはまだ早いです。他にも怪しい人がいます」

「怪しい人?」


 そう言われて俺は手を顎に持っていき、席替えの時を思い返す。


「そういえば小宮の奴、雫に数字を指定していたな」

「ええ。もしかしたら瑠奈さんの仲間の可能性はありますね」


 雫は頷いた後に「それと」と付け加える。


「真野さんも怪しいと言えば怪しいです」

「何で?」

「1番初めにクジを引いたからです。室壁 完士さんの次にクジに細工がしやすいと言えます」

「まぁ。箱の中にクジが多い方がやりやすいのかな?」


 ――はぁ……。瑠奈の仲間は誰か……。


「――個人的に瑠奈さんの仲間が誰なのか気になる所ではございますがこの際置いておきましょう」


 雫が俺に言ってくるので「そうだな」と頷いておく。


「事実、瑠奈さんは仲間と共に時人様を惚れさそうとしているという事です!」


 ズバッと決め顔で言ってくる。


「――お前楽しんでるだろ」


 そう言うと無表情で「はい」と答えられる。


「初めて調査して予想が当たったから楽しくて仕方ありません」

「いつも女の子が俺に親しくする度に『不自然です』って言って調べ上げるけど、全部一般的な家庭の女の子だったもんな」

「時人様が女子と親しくなるなんて不自然なものですから。近寄ってくる女の子達は政略結婚や金目当てのはずです」


 瑠奈はドヤ顔で俺を見てくる。


「いや、今回だけだからね、当たったの。何でそんなドヤ顔できるんだよ」

「何ですかその言い方。メイドに対して失礼です」

「あれ? これっておかしいの俺なの?」


 雫は「やれやれ」と溜息を吐いて言ってくる。


「私のおかげで時人様は童貞を守れるのだから感謝して欲しいですね」

「こちとら守りたくて守ってんじゃねーよ。お前だって男と付き合った事ないくせに!」

「ふっ……。私はキャリアウーマンなので」

「あながち間違いじゃないのが腹立つな」

「まぁ明日は拗らした童貞スキルの発動は抑える様にして下さい。理由はどうであれデートに違いはありません。堂路家の名に恥じぬ様なデートをお願いしますよ。ま! 私が全力でサポートしますから? その様な事にはならないと思いますがね! ふふふふふ」


 怪しい笑い声を出す雫。どうやら本気で楽しんでいるみたいだ。

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