赤い糸で繋がってる?
「本当に仲がよろしい様で」
5限終わりの休み時間。
校舎から体育館への渡り廊下を少し外れた所にベンチとテーブルが設置されている小休憩スペースがある。そこには自販機が設置いるので、缶ジュースを買い、それを自販機から拾い上げようとした所、聞き慣れた声が聞こえてくる。
そこには珍しく、学内なのにメイドモードな表情の雫が立っていた。どうやら周りに人はいないみたいだな。
「んー? どゆこと?」
拾い上げた缶ジュースのプルタブを開けて尋ねてみると「分かっているくせに……」と呆れた声を出した後に言ってくる。
「一ノ瀬 瑠奈さんですよ」
「そう見える?」
「そりゃもう……。朝は仲良くご登校なさり、お昼は共にランチとくれば、最早付き合っていると言われても不思議ではありません」
「――確かに……」
そうやって言葉にされるとカップルと言われてもなんらおかしくない。
「別に時人様が誰と恋愛をしようと時人様の自由意志。それは時正様からの許しを得ておりますので、お好きになされば良いですが――あまりにも不自然ではありませんか?」
その点は俺と同じ考えであるが――。
「俺の隠しきれないカリスマ性と外見の良さが彼女を惹き寄せているとか?」
そう言うとジト目で見てくる。
「カリスマ性と外見の良さ……ですか……」
そう呟いた後に雫が溜息混じりで言ってくる。
「カリスマ性というのも、外見の良さというのも人それぞれ美的センスがありますので、もしかしたら時人様をそう感じる人がいるのかも知れません」
「しかし、お言葉ですが」と雫の口撃が始まった。
「まずカリスマ性についてですが、どの点がカリスマなのでしょうか? カリスマとは人間を超えた能力等で人を心酔させる人達の事。1流芸能人やアーティスト達がそれにあたるでしょう。しかし、時人様は何か超越した能力があるのでしょうか? 時人様の場合――」
「――ちょ! ちょっと! まっ!」
俺は胸を抑えて苦しそうに言う。
「まだカリスマ性に関して終わってませんし、外見の否定がまだですよ?」
「無理無理。もう精神削られたから。もう言わないから許して」
「それは残念です」
無機質な声で言った後に「全く人が真剣な話をしようとしてるのに」とブツブツと文句を言う。
確かに、真面目な話に水をさされたら怒るわな。
「――雫の言いたい事は分かる」
時を戻そう。
「そうですか。ご自身で気が付いているなら良かったです。これを本気で仰っておられるなら、堂路家最大の権力を使い、世界最高峰の精神科医に診て貰う段取りを取らなければならない所でした」
「そっちじゃねーよ!」
時を戻したつもりが、戻っていなかった。
「あら。そうですか。では一ノ瀬 瑠奈さんの件ですか?」
「そっちだよ」
このメイドエグいよ……。ホント……。
「雫の言う通り、転校初日から今日の2日間、彼女はグイグイ来ている。一目惚れ――なんて物じゃない限りそんなにグイグイ来ないのは分かるし、悲しいけど、俺が誰かに一目惚れされた事なんてないから不自然だと言うのも理解してる。それに今日の昼に明日買い物に誘われた」
「――なるほど。女子に買い物に誘われて『あれ? 俺に気がある?』と勘違いしている童貞の鑑ですね。分かります」
「話聞いてました?」
そう言うと「冗談ですよ」と、冗談じゃない様な言い方で言ってくる。
「しかし……そうですか……。やはり調べてみる必要がありそうですね……」
「昨日言ってた事……。本当にやるんだな」
「有言実行です。可能性が少しでもある限り調べあげます。今回は材料が揃い過ぎていますからね」
「いつも外れてるけど――今回に限ってはそれっぽいな」
溜息混じりで言うと雫が提案してくる。
「時人様。今回の席替えですが、どの席が御所望ですか?」
「――え? 良いの?」
「ええ。構いませんよ。今回は」
実を言うと、一端の悪の俺は1年の時から席替えを雫に仕組んでもらっている。なので、俺の席はいつも皆が羨む場所という訳だ。権力というのはこういう時に使わないと――ショボい使い方だが……。
しかし、いつもは渋った後に交換条件を出してくる雫だが、今回は自分から言ってくるとは、どういう風の吹き回しなのか。
「今のままの席が良いけど……」
「かしこまりました。では、席替えなしとの要望で」
「何でまた?」
俺が尋ねると雫は表情を和らげて言ってくる。
「――席替えって帰りにするって言ってたけど、時間かかるのかな? 私バイトあるんだよねー」
いきなり話が変わり、口調も変わり少し困惑するが、次の瞬間『やっほー。お2人さん』と声が聞こえて俺達の前に紗雪が現れる。
「何してるの?」
「ジュース買いに来たら堂路くんが奢ってくれるって言うから奢ってもらうとこー。あ、私、これね」
話の流れ的に俺が奢る羽目になってしまい、俺はしぶしぶと雫が指定するジュースを買う。
「紗雪も奢ってもらいなよー」
「え?」
いきなりの提案に声が漏れると雫がこちらをニヤついた顔で見てくる。
「なにー? 私だけ奢ってくれるなんて、もしかして私に気があるとかー?」
そう言うと紗雪も悪い顔をして言ってくる。
「えー。なになに? 時人くん雫の事好きなのー?」
「君ら恐喝って知ってる?」
「あはは。なにそれ? 美味しいの?」
「食いしん坊キャラだな……紗雪……」
溜息を吐いて紗雪にもジュースを奢ってやると、紗雪は缶ジュースを取り出して「かんぱーい」と言ってくるので3人で乾杯する。
「何の乾杯?」
乾杯した後に聞くと、紗雪は楽しそうに言ってくる。
「ノリだよノリ。そういうの大事でしょ?」
まさに体育会系のノリだ。
「あはは。大事大事。イェーイ。ってね」
雫が先程のテンションとはうって変わって楽しそうな声を出す。
演技派女優顔負けだよ、アンタ。
「それでさ、軽く席替えの話もしてたんだよね」
雫が話題を出すと紗雪が「あー」と声を出す。
「放課後するって言ってたね」
「何で放課後なの? って感じだよ。私バイトなんだよねー」
「まぁ放課後にってのはちょっとしんどいよね。それに雫は結構良い席だし、席替えってなるとちょっとテン下げだよね」
「そうだよー。――はぁ……。でも紗雪はラッキーなんじゃない?」
「そうだねー。ど真ん中って何かちょっと居心地悪いんだよ。今回こそは時人くんの席いただくからね!」
そう言ってビシッと指をさされる。
「俺……運だけは良いからな……」
勝ち誇った顔をすると「ムカつくー」と笑いながら言われる。
「でも、ホント時人くんって席運良いよね。1年の時から」
その言葉に雫が乗っかる。
「ホントだよね。去年もほぼ良い席ばっかりだったし。もしかしてイカサマしてんじゃない?」
お前がな。
「あはは。時人くん不器用っぽいからそんな事出来なさそー」
紗雪の言葉に雫が爆笑する。
「確かに! やったら絶対バレるよ。だからやめときなよー」
バレるからお前に頼んでんだよ。
雫の爆笑の声が響く中、休み時間終了のチャイムが鳴り響く。
「あ、ヤバい。早く戻ろー」
「そうだね。御馳走様時人くん」
「ゴチー」
そう言って2人はジュースを一気に仰ぎ、缶をゴミ箱に捨てて校舎に入って行った。
しかしながら――ノールックで誰か来たことを悟り、瞬時にキャラを変える雫はエリートメイドだな。
♦︎
6限が終わり、後ろの席を見てみると完士の席には箱が置かれていた。
天辺に穴が空いており、そこに手を突っ込んでクルクルとかき混ぜている。
「席替えのクジ?」
「そ。まぁこんなに混ぜる必要もないけど一応な。あ、あれだ、黒板に座席表と番号書かないと」
そう言いながら完士が席を立とうとすると雫が完士の方を振り向く。
「手伝おうか?」
「お! ありがとう。じゃあ星野さんは黒板に座席表と番号書いてくれる?」
「オッケー」
何ともナチュラルな物だ。
状況を知っている人間からすると、これ程に分かりやすいイカサマはない。いや、シンプルなイカサマだからこそ、警戒していないと分からないのかもしれないな。
「星野さーん。そこ数字7でも良い?」
「オッケー。その数字好きなんだ?」
「今日のウチのラッキーナンバーなんだよねー」
「ラッキーナンバー7って熱いね」
「そうでしょ」
雫が黒板に座席表を書きながらクラスメイトの小宮さんと話す。
そんな中、俺のスマホが震えたので見てみると雫からメッセージが届いた。
『クジの中、箱の上に時人様御所望の席が書かれた数字の紙を貼っておりますので、それをお取り下さい』
いつ打ったのであろうか……。雫を見ていてもスマホを出している素振りすら見えなかったが……。忍かよ……。
ま、何にせよ、ここまで計画通りに事を成している。
雫が書いた座席表のうち、俺の座りたい席――すなわち、この席の番号は『18』番だ。
『お待たせー!』と少し息を切らしながら教室に入ってくる三十路前の葛葉先生。
「センセ。書いといたよー」
雫が馴れ馴れしく葛葉先生に言うと、先生が黒板を見る。
「ありがとー星野さん。助かったよー」
「いえいえー」
言いながら雫は教壇を降りて自分の席に戻ってくる。
「はーい。ちゅうもーく」
手を3回叩く30手前の女教師へ既にクラス中が注目しているのに、そう言って視線を集めようとしていた。
「朝の予告通り席替えしまーす。室壁くん。お願いしまーす」
「はーい」と返事して完士はクジの入った箱をグルグルとかき混ぜながら教壇に立つ。
「じゃあ今から順番にクジ引いていってもらいます。順番は――どうする?」
クラスメイト達に質問を投げかける完士。
「普通に窓際からで良くない?」
「いや、なら廊下側でも良いだろ」
「あえて真ん中からとか」
――まぁ自分達が先に引きたいという心理になるよな。
確率の問題だから別に何番に引こうが変わらないんだけど。
心理的には先に引いた方がお得感はある。
そんなクラスの言い争いを腕を組んで高みの見物をしていると完士が「分かった!」と言う。
「俺と真野さんがジャンケンしよう。俺窓際の後ろだし、真野さん廊下側の前だし。それで勝った方から順番で良い?」
そう仕切ると「じゃあそれで」とクラスの連中は納得したようだ。
――完士VS真野さんの勝負は一瞬だった。
完士は自らの気合いを表すかの様な拳を作り出し、それを突き出した。
だが、真野さんはそれをかわすかの様に華麗にパーを出し試合終了。
ルールに乗っ取り廊下側の前からスタートとなる。
それは、つまり俺はブービー賞。最後から1つ前という事になる。
ま、関係ないけどね。
♦︎
どうしてこうなった――。
いや、席としては最高のポジションと言える窓際の1番後ろだが――俺が頼んだのはその1つ前である。
俺は確実に雫の指示通りにクジの箱の上に張り付いている紙を取った。それは確かだ。
だが、そこに書かれている数字は『18』ではなく『7』だった。
数字を見た時、内心焦ったが、それを表に出すのは怪しいし、雫の方へ視線が行きそうになったのを何とか耐えて、見た目には平常心を保てたと思う。
席替えをしてから雫の方を見る。
あいつは基本的に周りを見たいと言っているので後ろの席に自分を持ってくるのだが、今回はど真ん中の席になってしまった。
雫は見た目には何もない様に見えるが、そのオーラが怒っている様な感じがした。何となくだけど、付き合いが長いから分かる。
今頃は計算外の事が起こり何かを考えているのだろう。
そして――。
「――何かと縁がありますね。私達」
俺の隣は一ノ瀬 瑠奈である。
「そうだな。あはは」
「もしかしたら私達、運命の赤い糸で繋がれているのかも」
古い表現で言ってくる瑠奈に対して俺は少し引きつった笑いが出てしまった。