転校生とランチタイム
「――時人様。朝ですよ」
まだ覚醒してない頭の中に聞こえてくる声と、揺れる身体。
「――んにゃ……?」
全く記憶にない夢の世界から現実世界へ引き戻されると、まるで夢の様に美しい美少女が学校指定の制服に身を包んでいた。
俺の目が開いたのを確認すると、美少女は無機質に言ってくる。
「朝ご飯の用意はしておりますので。では、私は先に」
それだけ言い残して俺の部屋を出て行った。
部屋のドアがガチャリと閉まったと同時に俺はまだ寝ていたい欲求を我慢し、起き上がりリビングへ――。
雫と主従関係というのは公にしていない。それには様々な理由があるのだけれども――単純な所で世間体を気にしてと言った所だろう。
その為、学校内でもそういう関係性ではなく『クラスメイト』として接する様にしている。
距離感で言えば『学校で話はするし、たまに皆でなら寄り道して帰る程度の関係性』を志す様に言われた。
近すぎず遠すぎず――近すぎたら恋人同士と思われる。それは違うとの事。
遠すぎたら、もしも一緒の所を見られたら怪しまれるから。らしい。
その関係性を保つにはお互い苗字呼びが至高らしいので、俺達は学校で苗字呼び。
しかしながら、昔から彼女を名前で呼んでいる為、たまに名前で呼びそうになるとギロリと睨まれる。
あいつ、ホント設定とか好きだからな――。
そう……。なので、雫とは登下校も勿論一緒ではない。
彼女はメイドらしく早起きなので、朝ご飯を用意してクラスで1位、2位を争う位に早く学校へ行く。
俺は逆にいつも遅めに出る様にする。
それも、一応周りから俺と雫の関係性を悟られない為だ。
――なんて言うとそれっぽいが、実は2度寝してしまったり、眠たすぎて朝の準備がノロマの亀よりもノロノロしてしまいギリギリになったり、お腹ピーピーだったり、何かと理由を付けて遅くなってしまう。
遅刻していけば雫からの説教プラス嫌味が入るので、しない様にするけど、朝は本当に苦手であるから「もう良いや……」と思い遅刻する日も少なくない。
雫の奴は凄いと思う。眠くないのか? そういやアイツが眠そうにしている姿を子供の頃から見た事ないな……。
『では、今日の占いでーす』
時報代わりに付けていたテレビからそんな声が聞こえた。
朝の情報番組の終わりかけでアナウンサーが明るく言ってくる。
星占いって、ついつい目が行ってしまうよな。
『本日1位は――』
お! 俺の星座だ。
別に信じちゃいないけど、なんやかんや1位って聞くと嬉しいね。
『ラッキーアイテムは黒電話でーす』
「黒電話!? この時代に黒電話!?」
ついテレビにツッコミを入れてしまう。
何で星占いのラッキーアイテム的なヤツって身近にある物言わぇんだよ。ペンとか筆箱とか。
なんて文句を言うが、不特定多数を相手にしているのだから仕方ないという気持ちにもなる。
いや、それにしたって今の時代に黒電話なんて中々ないんじゃないの?
だが、この前見たラッキーカラーよりはマシか。
普通は赤とか青とかだろ。この前見た時『瓶覗』とか言われたんだけど。
何だよ! その色! ってなって気になって調べたら、青で良いだろ! それか水色で良いだろ! ってなったわ。何でわざわざその言い方すんだよ! ってテレビに1人でツッコミまくってたな。
たまにふざけた事吐かす星占いもあるよね。それでも見てしまうのが星占いの謎だよな。
なんて思いながら、朝ご飯を食べ終え、重い腰を上げて学校への準備を行う。
♦︎
毎朝思う事がある。
揺れる箱に敷き詰められて数分耐えなければならないこの苦痛。
満員電車に乗る度に「明日は早起きして行こう」と心に誓うが、その誓いは神に誓うなんて大それた事ではなく、紙の様に薄い誓いの為、電車を降りた頃には頭の中から消えてしまっている。
そして、翌日に満員電車に乗った時に、まるでスイッチが入ったかの様に脳内に蘇り「明日は早起きして行こう」と、ダカーポの様に最初の思考に戻るのである。
満員電車からあまり人が降りない駅で「おりやーす」と言いながら降りて行く。
不幸中の幸いという言い方もあれだが、電車内の人達は優しいので道を作ってくれるし、駅員も絶対に待ってくれるので、そこは良い路線だなと実感出来た。
『――全く……眠気も――』
電車を降りて、目の前の駅のホームにあるベンチに座っている人物から声が聞こえてきて、つい見てしまう。
その人物は癖なのか、右手を右耳に持っていき、何やらブツブツと言っていた。
「――あ……」
ふと目が合ってしまい、少しだけ気不味い雰囲気が流れる。
しかし、その人物は立ち上がりニコッと微笑んで言ってくる。
「おはようございます。時人君」
無かった事にした。
ブツブツと独り言を呟いていたのを恥じらいを見せない事で消滅させた。
「おはよう瑠奈。どうして――」
「時人君。昨日はありがとうございました」
譲らないターン。
意地悪で、独り言を無かった事にさせない為に「どうしてこんな所に座ってブツブツ呟いてるの?」とでも言ってやろうと思ったが、こちらにターンを譲らない事で独り言を無かった事にしている。
彼女は鞄から封筒を取り出し渡してくる。
「昨日のお金です」
「あ、ああ……。もしかしてこれ渡す為にここで待ってたの?」
「――え? ええっと……。はい……。そうです」
嘘だ。
この子嘘めっちゃ下手だ。
お金を渡す為じゃないと分かる。言動もそうだが、顔に思いっきり違うと書いてある。
まぁわざわざ追求する事でもないので素直に受け取る。
「ごめんな。これの為にわざわざ待ってくれてたんだな」
学校でも良かったのに、何て言うのは失礼だから言わないでおこう。
「いえ。時人君を待つのは苦じゃありません。いくらでも待ちます」
貰った封筒を鞄にしまっていると、そんな事を言ってくれる。
それがあまりにもナチュラルだったので少し戸惑ってしまった。
「――あ」と、つい言葉を漏らしてしまった、と言わんばかりに可愛く口元に手を持っていったが、すぐに言ってくる。
「折角ですし、ご一緒に登校しませんか?」
「そ、そうだね」
お金を渡す為に待っていた訳じゃないけど、待つのは苦じゃない……。
なんだか昨日からちょいちょいそういうのぶっ込んでくるけど――。
いや、ないない。まだ出会って2日目だし。
♦︎
瑠奈と共に登校し、教室に入る。
「おはよー。あれあれー?」
「もう転校生とそんな仲に?」
「ぐぅ。手ぇ出すのが早いぞ! 堂路!」
転校生と共に教室に入る事によって、そんな言葉を投げてくるクラスメイト達。そんな彼等に「おはよー」とだけ返して自分の席に着く。
チラリと雫を見ると、ど真ん中の席にいる紗雪と談笑していてこちらを見る素振りを見せない。流石は徹底しているな、と思った矢先、ドス黒い怒りの様なオーラを感じてしまう。見なかった事にしよう。
「うぃー時人」
「おはよーさん」
自分の席である窓際の1番後ろから前の席というベストポジション。
その席に着席すると後ろの席に座っていた完士がニヤけ顔で絡んでくる。
「なんだ? なんだ? もうそんな仲か?」
「どういう仲?」
聞き直すと「惚けんな、惚けんな」と嬉しそうに言ってくる。
「転校2日目でもう、朝一緒に登校して来るなんて、こりゃお前……。くぅー」
朝からテンション高いなぁ。
「たまたま朝一緒になっただけだっての」
「またまたぁ。あれだろ? 昨日一緒に回っているうちに愛が芽生え『あ、明日も一緒が良い』的な? 的なやつなんだろ!? くぅ! 俺がバイトの時に青春しやがって! この青い春男め!」
バンバンと肩を叩いてくる。下町の酔っ払い並に絡んでくるからシカトしていると、俺の前に瑠奈がやってくる。
「あの、時人君。今日のお昼なんですけど――」と何か言おうとした所でチャイムが鳴り響いた。
「あ、チャイム鳴っちゃいましたね。また後でご用件をお話しさせていただきます」
「うん。分かった」
瑠奈そう言い残して自分の席に戻って行った。
「おいおい時人」
「んだよ?」
「なんだ? なんだ? もう名前で呼び合ってんのかよ!」
「完士だって女子と名前で呼び合ったりしてるだろ」
「いやいや。でも転校2日目で名前で呼び合うとか――もしかしてもう結婚秒読みじゃない?」
「――はぁ?」
何で付き合うを飛ばして結婚なんだ? という目をしてやると完士は大きく笑う。
「あっはっは! 話が飛躍しすぎたな。あっはっは!」
愉快に嬉しそうに笑う完士の意図するのはなんなのだろうか。
それとチャイムが鳴り、隣の席に戻って来た美少女から殺気の様な物を感じるのは気のせいじゃないはずだ。
恐らくは「あまり目立つ真似をするな」と言いたいのであろう。
♦︎
席替えをするらしい。
この前したばかりだが、転校生――瑠奈が来たから公平を期す為との事だ。
賛否両論。
席のポジションが悪い人は賛成。良い人は反対の声が上がる朝のHRで葛葉先生はあわあわしていた。
そんな感じになるならしなければ良いのにと思ったが、先生なりに転校生に気を使ったのだろう。
ちなみには俺は最高のポジションだがどちらでも良い派である。それには理由があるのだが――まぁそれには俺の性格の悪さが滲み出るから極秘なのである。
結局、クラス委員の完士の意向によりやる事になった。
クラスの連中は「あんな良いポジションの奴がやろうって言うなら……」みたいな感じでその場は収まり、葛葉先生は神に助けられた様な顔をしていた。
席替えは帰りのHRに行われ、クラス委員の完士がクジを作成する事で話がまとまった。
「――この席、完士と飯食うの楽だから良かったんだけどな」
「ああ……。それは言えてる」
昼休み。いつも通りに机を後ろに引っ付けて弁当を広げようとしたところ――。
「時人君」と瑠奈が声をかけてくる。
「すみません。お昼ご一緒させてもらってもよろしいですか?」
少し申し訳なさそうに言ってきた後に付け加える。
「まだクラスの方々と馴染めなくて、時人君とは昨日色々とお話しさせていただきましたので……」
そりゃ転校2日目じゃまだまだ何も分からない状態だわな。
人間、最初に絡んだ人と一緒になる事が多くなる。
仕事だって、結局1番最初に教えて貰った人の型になるし、教えて貰った人と仲良くなるケースは多いもんな。
「ああ。良いけど……。良いの? 男2人だけど?」
そう聞くと瑠奈は頷いた。
「勿論構いません。私からお誘いしておりますので」
「なら良いんだけど、完士は――」
聞こうとしたら完士は既に机の上に並べてあったコンビニパン達を袋に戻して立ち上がる。
「いやー。俺、他のクラスの奴等と食べる約束してたの忘れてたわー」
そう言って立ち上がり瑠奈に言う。
「る……。一ノ瀬さ――ん。ここ使って良いよ。じゃ」
そう言い残して完士は去ってしまった。
要らぬお節介を焼きやがって。
「良いのでしょうか?」
「まぁ本人がああ言ってるんだから良いと思うんだけど――」
言いながら俺は広げていた弁当を元に戻して立ち上がる。
「ここで食べるのは流石にちょっと恥ずかしいから中庭にでも行かない?」
そう提案すると手を軽く合わせて言ってくる。
「それは素晴らしいアイデアですね。今日は良い天気ですし、外で食べるのは気持ちが良さそうです」
「決まり。それじゃあ行こうか」
「はい」
そういう訳で2人して教室を出ようとすると、真ん中の席辺りにいる、紗雪と一緒にお昼ご飯を食べている雫。見た目には楽そうに談笑しながら食べている様子だが、そこにはドス黒いオーラが出ていた。そのオーラは俺を睨めつけている様な気がして股間が萎縮してしまったのでソソクサと教室を出る事にした。
♦︎
「――風が気持ち良いですね」
「そうだな」
中庭のベンチには誰もいなかった。
誰もいないのは好都合である。付き合ってもいない女の子と2人っきりというのは恥ずかしいから。
この学校だけなのか分からないが、大抵の人は教室か学食で済まして昼休みは教室で雑談したり、スマホゲームで盛り上がったり、部活してる奴は部室に集まったりといったイメージがこの学校にはある。
まぁ屋上なりが開放されているのであれば、物珍しさでそこで食べる人も出てくるのだろうが、現実は立ち入り禁止である。
なので、あまり教室、学食外でお昼を食べる人というのは見当たらない。俺も実際面倒だから教室で食べているし。
しかし、たまには教室外で食べるのも良いと思えた。なんだか新鮮な気分だ。
「そういえば、昨日学食案内したけど、学食派じゃないんだな?」
「あ、あはは……」
俺の質問に苦笑いを浮かべてくる。
「基本的にはお弁当派なんですが、ま、また機会があれば利用させてもらおうかと……」
恐らく彼女が学食を使う事はないだろう発言に俺も苦笑いを浮かべながら弁当を広げた。
「時人君もお弁当派なんですね」
俺の弁当を見て言ってくる。
「そうだな。学食は混むし」
学食は戦争――とまではいかなくても混む。別に目玉商品があるわけでも、特別に安いという訳でもないが、皆出来たての温かいご飯が食べたいみたいで、席は常に埋まっている。
「あれで混むのか……」と呟いた彼女の腹黒発言はスルーしてあげた方が良いだろう。
「瑠奈も弁当持参なんだな」
そう言うと「はい」と食い気味で返事される。
「――えと……。自分で作って――」
「そうなんですよー!」
これまた食い気味で答えられた後に瑠奈が自慢げに言ってくる。
「毎朝早く起きてお弁当を作っております」
「へ、へぇ……」
見てみると、その弁当はまるで冷凍食品を詰め込んだ様な気がするが、これはボケているからツッコミを入れて良いやつなのだろうか……。
「す、凄いね」
ここは様子見で褒めておこう。
「そんな、こんな物は花嫁修行中の身として大した事ではありません」
どうやらボケている訳ではないらしい。というか花嫁修行中らしい。
「あ、あはは……」
苦笑いを浮かべると「――あ……」と右手を右耳に持っていき声を漏らす。
「あの、時人君」
「ん?」
「明日なのですが……。何かご予定はありますか?」
「明日……?」
そう言われて明日は学校が休みで、バイトもない事を脳内で考えて「特にないよ」と答えると彼女は「それでは」と嬉しそうな声を出す。
「どうか、お買い物にお付き合いお願いできないでしょうか?」
「買い物?」
「はい。新生活に向けて色々と新調する物がありまして……。しかし1人で行くのは寂しいものですし、良ければご一緒してはいただけないでしょうか?」
――そう言われて、少し考えて言葉にする。
「あー。転校してきたし、色々物入りだもんな。別に良いよ」
OKを出すと、瑠奈は手を合わせて「ありがとうございます」と可愛らしく言ってくる。
不覚にも少しドキッとしてしまった。
「では……集合場所等を連絡したいので、連絡先の交換をしていただけますか?」
そう言われて「そうだな」とポケットからスマホを取り出してお互い交換を果たす。
「ふふ……。それでは明日楽しみにしております」
そう言う彼女の顔は可愛らしかったが、何処か計算通りと言わんばかりの表情な気がした。