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青団応援団初招集

 春の陽気。なんて言葉が段々と薄れて、1歩1歩夏への階段を上がっている。そんな気候になってきた5月下旬。

 冬服の制服を着ていると暑さを感じるので、上着を脱いでYシャツ姿の人達も校内で多く見られた今日この頃。

 俺もどちらかというと暑がりなので、昼近くにはYシャツ姿になっていた。

 衣替え前の時期。冬服姿の生徒とYシャツ姿の生徒が混じった一貫性のない姿が見られるちょっぴりレアな時期に応援団の打ち合わせは行われた。


「オッケー! それじゃあ! 早速はじめるか!」


 ガタイの良い男子の声が熱苦しく教室内に響き渡った。


 放課後の3年F組の教室に集められた『青団』の6名応援団。それぞれ適当な席にコの字に座る。

 

 まだ自己紹介も何もしていないが、雰囲気とガタイでこの人が3年生と予想出来る。


「松井ぃ。まずは自己紹介からした方が良いんじゃね?」


 暑苦しい声の後にギャルが爪を弄りながら軽く言い放つ。彼にタメ口で呼び捨てという事は、この人も恐らく先輩なのだろう。


「お! 塩路の言う通りだな!」

「いちいち声でけーな……」

「よしっ! まずは皆! 自己紹介しよう!」


 ガタイの良い先輩は立ち上がり黒板にデカデカと名前を書いた。


松井 和樹(まつい かずき)! 3年だ! よろしくな! みんなっ!」


 ニカっと白い歯を輝かせてバカデカく挨拶をする。


 そんな挨拶にギャル先輩は耳を塞ぎながら松井さんにツッコミをいれる。


「いちいち声でけーし、別に黒板に名前書く必要ねぇだろ」


 松井さんが席に戻って来たところ、ギャル先輩が皆を代表して思ってた事を言ってくれる。


「ん!? しかし! これなら視覚的にも! 聴覚的にも! 名前が分かるぞ!」

「――だあ! うるせぇ!」


 言いながらギャル先輩は松井さんの肩を軽くパンチした。


「お! 塩路! マッサージか!? 良いぞ! だが! もう少し下だな!」

「キモいんだよ!」

「――あのー……先輩?」


 2人の漫才に雫が手を上げて制止をかける。


「自己紹介の続きをお願い出来ますか?」

「――おっと、悪りぃ悪りぃ」


 意外にも見た目と違い素直な人だな。こういうタイプは年下から言われるとキレると言う印象があるのだが。


 ギャル先輩はコホンと咳払いをして俺達後輩を見渡した。


「3年の塩路 沙耶香(しおじ さやか)。よろしくな」


 そんな彼女の自己紹介に俺は一応ペコっておく。いや、俺だけじゃなく後輩達はペコっていた。


「塩路はこう見えてテニス部であり! 居酒屋でバイトしているんだ!」


 急に熱く解説が入る。


 いや、予想通りの見た目ですが?


 この場にいる後輩4人はそう思ったに違いない。


「だがな! 中学の頃は手芸部でな! 手先が器用な人なのだ!」

「お、おまっ! 何言ってんだよ!」

「見た目もこんな派手じゃ無くてな! ま! 高校デビューってやつだ!」

「コロス! お前絶対コロス!」


 言いながらギャル先輩が松井さんの肩をボコボコに殴っている。


「おっ! そこっ! そこだぞ! 塩路!」


 だが、全く効いていなかった。


「――はぁ……。はぁ……。――あっと、すまねぇな」


 学年別の初対面が集うあの独特の雰囲気を察したギャル先輩が話を脱線させてしまった事を詫びて俺を見た。


「それじゃあ自己紹介してくれるか?」

「――あ、はい」


 いきなり当てられたので少しびっくりしたが、素直に頷いて自己紹介をする。


「2年の堂路 時人です。よろしくお願いします」


 無難な自己紹介を終えると「堂路……だと?」と松井さんが、飲食店で注文した物と微妙に違う物が来た時の様な、何か引っかかる的な反応をしてくる。


 俺の苗字に反応すると言う事は――。俺と雫は顔を見合わせた。


「――知り合いか?」


 ギャル先輩が聞くと松井さんは手を顎に持っていき、中間テストの問題を解くかの様に真剣に答える。


「ピッチャーみたいな名前だ……」


 ――は?


 この場の彼以外の人間が抱いた感情だろう。


 いや、確かに野球経験者だが、ピッチャーみたいな名前と言われた事は1度もない。


「訳分かんねーよ」


 流石は同級生。我々を代表してギャル先輩がツッコミを入れてくれる。


「いや、訳分かるだろ!」


 熱く否定した後に俺の名前の解説をしてくれる。


「堂路――とうじ――とうしゅ――投手――ピッチャー!」


 説明の後に同意の意見や反応が見られないことから、この人は独特の感性の持ち主なのだと理解した。


「あ、あはは。すまねぇな堂路。こいつ野球バカだから」

「あー……野球部なんすね……」

「そうそう。だから許してやってくれ」


 そう言って手を立てて前に持ってきて謝りのジェスチャーをしながら言われる。

 ギャル先輩良い人だな。見た目すげーギャルだけど。


「そんじゃ気を取り直して、お願いできるか?」


 ギャル先輩が雫を見て言うと、彼女は頷いて自己紹介をする。


「同じく2年の星野 雫です。よろしくお願いします」


 無難な自己紹介を終えると「星野……だと!?」とガタッと椅子を震わせて立ち上がり俺達を指差す。


「君達は! 夫婦か!?」

「――は?」


 次は思ったのじゃ無くてしっかりと俺の口から言葉が出てしまった。


「座れ! 筋肉ダルマ!」


 ギャル先輩が筋肉ダルマ先輩を押さえつけて座らせる。


「良い加減にしろよ? 無難な自己紹介したら一々何かが発動する身体なんか? おおん?」


 ありがとうございますギャル先輩。皆の意思をはっきり伝えてくださって。良い人ですね。

 

「待て待て塩路。よーく考えてみろよ」

「また野球か? 野球関連か?」

「ああ!」

「星野の何処が野球っぽい名前だ!? それと自己紹介だけで何で夫婦になるんだ!?」


 筋肉ダルマ先輩がまた語りだす。


「星野――ほしの――ほしゅの――ほしゅ――捕手――キャッチー!」


 ドヤ顔をして言ってくる。

 誰も同意の声をあげず反応もない。


「そして! キャッチャーとは! ピッチャーの女房役と言われている! すなわち! 2人は夫婦!」


 訂正。

 この人ただの変子だわ。


「お前さ……」


 呆れた声を出した後に「もう良いや」と諦めて、雫を見てさっき俺に見したのと同じジェスチャーをする。

 雫は満更でも無い顔をしている気がした。


「じゃあ、次は1年かな。お願い出来る?」


 3年のキャラが濃すぎて完璧に空気になってしまっていた1年生にようやくバトンが回る。


 1年は先に女の子からの自己紹介となる。


 眼鏡をかけた女生徒が「はい」と返事して自己紹介してくれる。


「1年の五十嵐 陽葵(いがらし ひまり)です」


 全員が思っただろう。


 流石にもう何も言ってこないだろう――と。


 そして、流石に五十嵐さんの名前は野球関連にはこじつけられないのか、筋肉ダルマ先輩は黙っていたので、スムーズに事が進むと思った矢先だった。


 パンっと手を叩く音がしたと思ったら「サード!」と軽く言った。


「一応理由を聞こうじゃないか」


 ここまで来たら逆に理由が欲しいな。


「五十嵐さんの名前には『五』が付いている! 野球のポジションを数字に表した時、五はサードなんだよ!」


 すげー無理やりだったが、謎の達成感に包まれた筋肉ダルマ先輩は満足そうな笑みを浮かべていた。


「――じゃあ……最後お願い」


 そんな筋肉ダルマ先輩をスルーしてギャル先輩が最後の1人に言う。


「はい。1年、朝倉 洋介(あさくら ようすけ)です」


 1年男子の自己紹介が終わると筋肉ダルマ先輩が頭を抱え出した。


「うおおおおおお!」

「どした!? 筋肉ダルマ!!」


 突然の雄叫びにギャル先輩も心配の顔を浮かべた。


「朝倉ああああ!」

「え? え? は、はい?」


 低い声で3年が1年を呼ぶから朝倉くんが萎縮しちまってるよ。こえーよ。筋肉ダルマ先輩。

 

 何を言うのか待っていると、突然、思いっきり頭を机にぶつけ、そのまま擦り付けた。


「すまなああああい! 朝倉だけ! 朝倉だけ! 思いつかん!!」

「――は、はぁ?」


 場が凍ったが、それをギャル先輩が優しく溶かす様に筋肉ダルマ先輩に問う。


「野球関連って事か?」


 そう言うとまるで、全国大会で負けて、悔し涙を流しながら球場の砂をスパイクの袋に詰めている高校球児みたいな表情をして頷いた。


「朝倉だけが思いつかないなんて……俺は野球部しっかくだああああ! チクショー!」

「あ、あの俺は大丈夫なんで」

「大丈夫じゃないわああああ! 俺が大丈夫じゃないわああああ!」

「ひぃ!」


 訂正。

 こいつ変子じゃなくてヤバイ奴だ。


「――ふふ。中々キャラが濃い人ですね。悪くないですが」


 隣で雫は機嫌良く呟いた。


 キャラが濃い――で済ませるの?

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