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いつも通りの家の中

 俺の家は駅の真前という高立地な2LDKのマンションである。

 ただ、駅前と言っても都心部からは離れた、少し田舎な町に住んでいる。

 しかし、コンビニはすぐそこにあるし、スーパーも近くにあるので生活には困らない。

 遊ぶスポットはないので、電車に乗って都心部へ行けば良いだけの話なので不便とは思わない。


 そんな町のマンションの5階の角部屋。そこが俺の今の住まいだ。


 鍵を開け、ドアを開けて「ただいマンモス……」と小さく呟く。


「おかえりなさいませ。時人様」


 無機質な声が聞こえてくる。


 ルームウェアに身を包んだミディアムショートボブの星野 雫が無表情で出迎えてくれる。


「腹減ったわー。雫ー」


 雫が手を差し出してくるので俺は鞄渡して「ありがと」と言い、靴を脱いで家の中に入り、手洗いうがいをサッと済まして学生服のままリビングへ向かう。


「本日はご用意しておりませんが?」


 リビングにあるダイニングテーブルのいつもの席に着席すると、後から入って来た雫が俺の前に立つと無機質に言ってのける。


「まじで?」

「本日は一ノ瀬 瑠奈さんのご案内という事で、時人様は大変お楽しみにしていると思いました故に、朝までコースかと」

「んな訳ねー。嘘ぉ……。腹減ったんだけど」

「でしたら返信して下されば良かったのに」


 そう言われて俺は立ち上がり適当なポーズを取る。


「変身! ジャジャジャージャジャーン!」


 お手製のオリジナルサウンドエフェクトも付け加えると無表情で言われる。


「――そういうところですよ? 先程の『ただいマンモス』も含めて――女子からモテないの」


 言葉のナイフが俺に突き刺さりダメージを受ける。


「ぐっ……。ボケたい年頃なんだもん……」と呟きながら着席して、先程の件を雫に謝る。


「メッセージはごめん。気が付いたの電車待ちの時なんだよ」

「それほどに楽しかったと? なら一ノ瀬 瑠奈さんと食事にでも行けば良かったのに」


 若干拗ねた様な言い方をされてしまう。


「いや、初対面でいきなりはないだろ――はぁ……。まじか……。今日は雫の飯なしか……」

「そんなに食べたいですか?」

「そりゃ俺は雫の飯で育ったもんだし。それにそこら辺のシェフなんかよりずっと美味いしさ……」


 椅子に深く座り込んで言うと「冗談です」なんて少し嬉しそうにサラッと言われる。


「んだよ。何の冗談だよ」

「メイドジョーク。たまにはご主人様をからかいと思いまして」


 たまには? と言葉に引っ掛かりがあったが、今はどうでも良い。


「今日の飯は?」

「『オリジナルソース。旬の魚と共にウィズ新鮮卵』でございます」


 何とも分かりにくい料理名である。


「一体どんな料理なんだ……」

「すぐに食事に致しますか?」

「うん。腹減ったよ」


 俺は机に伏せって雫に言うと「かしこまりました」とお辞儀する。


「オーダー『旬魚』ワン頂きましたー!」と誰もいないカウンターキッチンにイソイソと移動すると「喜んで!」と自分で返事する変態である。


 そんな変態はキッチンに向かい仕込んでおいた料理をすぐに提供してくれる。


「お待たせ致しました『魚』です」

「折角料理名付けたのに面倒臭くなってんじゃんかよ」


 雫が持ってきたのは鰈の煮付けだ。料理名はあれだけど、見た目はかなり美味しそうだ。


「それから――」


 そしてもう1品を机に置いてくる。


「玉子焼き?」


 晩ご飯に玉子焼き何て我が家では珍しい。


「玉子焼きです」

「珍しいな。晩ご飯に」


 そう言うと無表情ながらに少し怒ったかの様な口調で言ってくる。


「時人様の中で私は『妹』設定の様でしたので……。そんな『妹』の玉子焼きが好きだと仰られておりましたから、そんなに好きなら作って差し上げようと思いまして」


 昼休みの会話の事を言っているみたいだ。


「いや、あそこで『メイド』に作ってもらってるって言った方が不自然だろ」

「その点に関しては同意です」


 肯定の言葉を貰った後に「ですが」と否定の台詞を吐かれる。


「生年月日――生まれた年は同じですが、私の方が数ヶ月早く生まれております。そうなると事実上、私の方が年は上。架空の設定でいけば、私は『姉』に当たると思うのですが?」

「別に良いだろ。設定なんだから何でも」


 そう言うと「いけません」と強く否定される。


「架空の設定だとしても私の『兄』を名乗るのであれば、オシャレでカッコ良くて、頭が良くて頼りになって、強くて守ってくれて、誕生日にブランド物買ってくれて『お前も年頃なんだからそれくらいは持っとけ』とか言ってくれないとダメです」


 昼間に聞いた台詞をまんま言われた後に雫は俺をジッと無表情で見て言ってくる。


「時人様に当てはまりますか?」


 そう言われて俺は雫に言ってやる。


「オシャレでカッコよくない?」


 そう言うと「はん」と鼻で笑われる。めっちゃムカつく。


「あ、頭は良い方じゃない?」

「この前のテストでは学年12位ですか……。確かに数値だけ見れば良いのかも知れませんが……何とも中途半端な順位ですね。秀才キャラとは呼べない立ち位置。あ、ちなみに私は学年7位です」


 シレッと自分の方が成績が良いと自慢される。


「頼りになって、つ、強くてさ……守るってのは合ってんじゃない? ほら、俺さ筋トレしてるし」


 そう言って力こぶを作る。


「確かに時人様が筋肉トレーニングに励んでいるのは存じております。それは確かに素晴らしい事ですが、時折ダンベルを持ち上げた時に漏れてしまう声がマスター○ー○ョンをしている様で不快です」

「おまっ! 食事中!」

「というか、本当は自分を慰めているのでしょう?」

「してねーわ!」


 なんちゅう事を言い出すんだ、このメイドは。


「時人様も年頃の男の子。なのでうるさくは言いませんが、筋トレをしていると嘘を吐いてまでの行為はやめてください。あと、せめてドアは閉めてからの行為を推奨します」

「筋トレしてるから! ちゃんとしてるから! 見て! この上腕二頭筋と上腕三頭筋。キレてない?」

「知りません」

「つか、俺、筋トレしたあとにしてるから! ドアもちゃんと閉めてるから!」

「ふぅん……。そうですか……」

「――あっ!」


 勢いに任せて言っちゃった。


 雫は俺を見下す様に――ゴミクズを見る目でこちらを見て言い捨てる。


「うるさくは言いませんよ。この部屋を探したのも私、時正ときまさ様と共に契約しに行ったのも私――」


 うわー。ここぞとばかりに嫌味を言っくる。


「――ですが、私は所詮ただの住み込みメイド。ここは時人様の住まいであり、時人様の自由空間です」


 そう言いながらも「しかしですね」と引きつった顔をして言われる。


「時人様は大手企業グループの御曹司。今は理由があり庶民的な生活をしておられますが、その自覚だけは忘れないで下さい」

「御曹司だろうが陰陽師だろうがシ○るだろ!」


 開き直ってボケてみると、冷たい目でスルーして「あと」と付け加えてくる。


「オ○ニー中毒の方を設定だとしても『兄』とはプライドにかけても呼べませんね」

「中毒じゃねーわ! 全然中毒じゃねーから」

「あっそ」


 冷たくにあしらわれてしまった。




♦︎




 食事中は『兄』だの『妹』だのと架空の設定の話をしながらいただいた。下ネタは食事中はダメだからね。したけど……。


 というか、あくまでも俺は架空の妹を適当に作っただけであって、それは雫の事じゃないのだから本当に何でも良いと思うのだが、雫は何やら『兄』に強い想い入れでもあるのか、やたら絡んできたな。


 そんな正直どうでも良い話も終わりを迎えると同時に食事も終了する。


 雫はキッチンで洗い物をしてくれており、俺はその間ボーッとテレビを眺めていた。


 先日洗い物を手伝おうとしたら「でしゃばるな。です」と怒られたので、手伝う行為は出来ない。

 俺、ご主人様なんだけど……と言うと論破されるので黙ってジッとしておく事にする。


「――食べます?」


 洗い物を終えた雫が手に持っていたバニラ味のカップアイスを俺の前に置く。


「食べる食べる」

「どうぞ」

「ありがとう」


 そう言ってスプーンを渡してくれるので俺は蓋を開けてアイスを食べる。

 それに続いて雫も食べると彼女は幸せそうな顔をした。


「――お……」


 流し見程度で見ていたテレビにファミリーレストランのCMが流れた。


「『アスフレ』のCM久しぶりに見た気がするな」


 ファミリーレストラン『アースフレンド』は常連――とまではいかなくとも、中学の頃によくお世話になった店だ。


 まぁ、可もなく不可もなく、普通のファミレスだと記憶している。


「最近業績がよろしくないみたいですね」

「へぇ。まぁ……アスフレといえば! みたいなもんはないもんな」

「最初はハンバーグが売りの人気のファミリーレストランでしたが、それも数年経てば人気も落ちていきましたからね」

「あー。そうだった、そうだった」


 彼女の言う通り、俺達が小さい頃に見たCMはハンバーグをゴリ押ししていた気がする。

 しかし、今となってはハンバーグの影も薄くなっていってる。

 ハンバーグって難しいんだよな。それを目玉にする店が多いから。


「制服は可愛いんだけどな」


 ウェイトレスの制服は昔からずっと可愛いので呟く様に言うと雫が呆れた声で言ってくる。


「そういう単細胞の殿方で成り立っているのかもしれませんね」

「でも、それも戦略だろ?」

「確かにそうですが……。制服が目当てなら、そういう店に行けば良いじゃないですか」

「そういう店って?」

「メイド喫茶とか?」


 そう言われて俺は笑ってしまった。


「何でリアルメイドが家にいるのにわざわざ金払ってメイドに会わなきゃならんのだ」


 そう言った後に「そうだ」と閃いた事を言う。


「雫っていつも私服だよな」

「時正様よりラフな格好で、との許しは受けておりますので」

「いや、それじゃあやっぱりメイド感が――」

「お断りします」


 言い切る前に言われる。


「メイド喫茶等で働かれている方々は、制服もビジネスに入っております故に着た方が――いえ、着ないといけないと思いますが……機能性が悪すぎます。身動きが取れにくく、洗うのも大変そうなので。それが堂路家で仕える為の制服だと仰るならば喜んで着ます。ですが、そうでないのであれば無理に着る必要性を感じません」

「じゃあ明日からそれを雫の制服にしよう。主人命令ね」


 冗談交じりで言ってやると、雫は冷たい目で俺を見てきて「かしこまりました」と素直に言ってくる。


「時人様のご命令であれば致し方ありません」

「お! まじで」


 メイド服の雫。メイドなのにメイド服を着ない雫のメイド服姿を少し想像する。



 

 ――良い! うん。顔は整っているから良いし、何かエロいな。

 ま……胸が無いのが残念だがね。


「今ムカつく妄想してますよね?」

「してないしてない」

「あっそ」


 自分から質問してきて冷たい反応だな。


「――しかし……」

「しかし?」

「そうなってしまうと仕事が多少疎かになってしまうかもしれませんね」


 何が言いたいのか分からないが「まぁ多少は良いんじゃない?」と、適当に言ってみる。


「あーそーですかー。それじゃー明日のお弁当は野菜しか入れないですねー」

「はあ!?」


 いきなりの発言に俺は大きく疑問の念をぶつける。


「なんでだよ!」

「だってメイド服は機能性が悪いですからー。私、時人様の好物忘れますよーきっと」

「何で機能性の悪さと頭が連動してんだよ!」

「さぁ?」


 惚けた事続けてくる。


「その服を着る限り、ヘルシー料理オンリーになっちゃいますね。タイヘンダー」


 棒読みで言われてしまう。


 なんという脅しをかけてくるのだコイツは。俺が偏食だと知っての所業か。


「タコさんウィンナーも玉子焼きも明日の弁当からは外れますよー」

「わーった! わーったから! 着なくて良いから!」


 タコさんウィンナーと玉子焼きを失う位なら、メイド服なんて着る必要はない。


「そうですかそうですか」


 勝ち誇った声を出してくる糞メイド。


「――はぁ……。メイド服……」


 そこまで拘りは無かったが、着てくれないと言われると着て欲しくなる。


「着て欲しいなら頼めば着てくれるんじゃないですか?」

「誰に?」

「一ノ瀬 瑠奈さんですよ」


 少し機嫌悪く言って彼女の名前を出す。


「いや……。無理だろ」

「ワンチャンあるんじゃないですか? 私のメッセージを無視する程に楽しい一時を過ごした方なのですから」


 しつこー……。そんなに無視った事怒ってんのか? たまにコイツは執拗に言ってくる悪いところがある。


「だから初対面だし……。それにあの子はお嬢様っぽいからメイドとか似合わなさそう」

「ああ。そう言えば言動が少しそんな感じでしたね」

「完士も職員室で『社長令嬢』って聞いたって言ってたし、実際、今日一緒に回ってそう感じたな。あと、クレカがブラックだったから確定で金持ちだな」

「なるほど……。社長令嬢……ですか……」


 俺の言葉を繰り返し呟く。


「てかさ……。職員室でそんな話、普通はしないよな?」

「教師から生徒へはしないでしょうね。プライバシーの侵害になる可能性がありますから。ですが『私の親は社長よ』と一ノ瀬 瑠奈さんからの話題であれば可能性はあります」

「自分から言う?」


 俺の疑問に雫は「どうでしょう?」と疑問文で返される。


「私は堂路家の事しか分かりません。そして堂路家の方々は謙虚で人を尊重し大事にする一族だと存じております。しかしながら、他の富裕層の方々の中には自らの富を公に自慢する方々もいるものだと思われます。人それぞれ性格がありますから」

「マウント取りに行く金持ちって多いみたいだもんな」


 そりゃ人間誰しも上に立ちたいから、自分が金や権力を持ってたら人を見下す奴もいるか。


「あと、何か発言がちょいちょい意味不明というか……」

「意味不明……。まぁお金持ちの方は変な人が多いですよ。特に私のご主人様なんてそうです」

「え? それ俺?」

「しかし『社長令嬢』が『公立高校転校』ですか……」


 俺の言葉をシカトして雫は手を顎に持っていき何やら考え混む。


「――いつものやりますかね」


 そう言ってアイスを食べ終えた。


「え? やるの?」

「今回こそ当たりでしょ」

「まぁ……そうなのかなぁ……」

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