転校生と部活見学後に帰宅する
瑠奈と共に学食を後にして俺達はグラウンドにやって来た。
グラウンドには午前中、既に足を運び、体育の授業を少し見学させてもらったらしい。
だが、今は放課後で部活動の時間の為、どんな風に活動しているのか行ってみたい、と言う事でやって来た。
遠目だがグラウンドでの部活風景を観察させてもらう。
「――えっと……。時人君」
困惑の声を出す瑠奈
「ん?」
「あの……野球部だがサッカー部だが、ゴチャゴチャになってますよ?」
「ゴチャゴチャ?」
グラウンドを見てみるがそんな事はない。
野球部は野球部らしい練習用のユニホームを着ており、サッカー部はサッカー部らしい練習用のユニホームを着て、それぞれ練習している。
明確に差別化出来ていると思うのだが――。
「野球部とサッカー部は仲が良いのですか? お互いのグラウンドにはいかないのでしょうか?」
それを聞いて彼女が何を言っているのか理解出来た。
「公立高校は基本的に専用グラウンドはないよ」
「え!?」
驚きの声を出す瑠奈。
私立の専門グラウンドがある学校なら驚きなのだろうが、普通の公立高校は運動部は共有で使うのがベターだろう。
たまに公立高校でも、違う場所に練習場があるっていうのを聞いた事があるが、我が校は共有で使っている。
「陸上部なんてあそこで活動してるからな」
グラウンドの端っこで数人が走り込んでいる姿を指差すと「まあ!」と心底驚いた声を出す瑠奈。
「これが公立――」
カルチャーショックでも受けたのか。呆然とした様子で呟く。
「瑠奈は何か部活でもしてたの?」
ショックを受けている様子の瑠奈に問いかけると「はい」と切り替えて答えてくれる。
「弓道部に所属しておりました」
「弓道部か……。ウチの学校にはないな」
「はい。存じております」
「無くてもよかったの?」
そう聞くと申し訳なさそうに言ってくる。
「弓道部の方々には失礼な話ですが、弓道に全てを捧げた訳ではありませんので」
「そっか。趣味程度って訳ね」
「はい」
頷いて返事をしてくれた後に彼女から質問がくる。
「時人君は部活動はしていないのですか?」
「そうだな。部活は中学までで、高校生になったらバイトしようと思ってたから」
「バイト……ですか?」
瑠奈は不審に思ったかの様な声を上げる。
「何か変かな?」
そう尋ねると瑠奈は「あ……」と声を漏らして手を振りながら否定する。
「すみません。そういう意味では無く、意外だと思いまして」
「意外かな?」
どこか言い訳っぽい彼女の言動を不審に思っていると野球のボールが足元に転がって来た。
『――さーせーん!』と野球部らしく低い声の主が左手に付けた外野手用のグローブをブンブン振ってこちらに呼びかけてくる。
足元にあるボールを右手で拾い「いくぞー」と右手を上げて今から投げるというジェスチャーをした後に、オーバースローで投げる。
ボールは野球部員の構えた外野手用のグローブに見事に収まった。
『あざーす!』と野球部員はお辞儀して練習に戻って行った。
「――野球は続けなかったのですね……」
「え?」
瑠奈の呟きに反応してしまう。
俺、彼女に中学の頃まで野球してた事言ったかな?
そんな俺の反応に瑠奈が少しだけ焦って答える。
「いや、み――じゃなく……。今のを見て明らかに野球経験者だと思いまして」
「ああ……。まぁ野球経験がなかったら、あそこまで投げられないわな……」
彼女の話に合わせてあげて答えると瑠奈は首を傾げて聞いてくる。
「野球を続ける気は無かったのですか?」
そう聞かれて俺は本来の答えとは違う答えを彼女に言ってやる。
「瑠奈と一緒さ。野球に全てを捧げてない。趣味程度だからだよ」
「そうですか。残念です」
「何で?」
そう聞くと寂しそうな声で言ってくる。
「時人君が野球部なら私も野球部のマネージャーとして近くで応援したかったから」
そう言われて彼女と過ごす野球部での青春を妄想してみる。
『時人君!』
『瑠奈。ここで俺がホームランを打ったらお前に伝えたい事がある』
『伝えたい……こと?』
『ああ……。だから見ててくれ。俺の勇姿を』
真夏の太陽が降り注ぐ中、360度、見渡す限りビッシリ詰まった観客席。
試合は1対0で負けている。ツーアウト、ランナー1塁の場面。
左打席に向かう俺。
ピッチャーはプロ注目の本格派左腕。155km/hのストレートを中心に決め球のフォークでバッタバッタと三振に取られている。
悔しいが俺もここまで2三振と良い所がない。
威圧感たっぷりのピッチャーがセットポジションから投げた。
『時人くーん! 打ってー!』
はっきりと聞こえた瑠奈の声。
彼女の声が天を味方に付けてくれたのか、俺の得意のインコース低めにストレートがくる。
俺は思いっきりフルスイングをする。
打った瞬間にホームランと分かり俺は1塁側ベンチに座る瑠奈にガッポーズを見せる。
打球はライトポール側に伸びていき、サヨナラツーランホームランとなる。
ゆっくりとダイヤモンドを1周すると瑠奈が出迎えてくれる。
『あの……。話って?」
『俺は……。瑠奈の事が――』
――良い……。非常に良い! こんな青春送ってみたい。野球部員と野球部マネージャーの恋。たまらいね。
ま、俺が今更野球部に入るって事はないけどな。
「それは楽しそうな部活だね」
また社交辞令な言葉を送っておくと瑠奈は嬉しそうに言ってくる。
「きっと楽しい部活動になるでしょうね」
♦︎
一通りの学校案内を終える頃には陽が傾いてきており、空は青色からオレンジ色に変化していた。
そんな綺麗な夕日の中を超絶美少女と共に歩く。
目指しているのは学校の最寄り駅だ。
最寄り駅までは学校から10分と少し歩く。
お互い電車通学との事で駅まで一緒に行動する。
「何か良い部活でもあった?」
学校案内とは言ったものの、放課後だった為、ほとんど部活見学みたいになってしまった。
なので、質問も自ずとこうなってしまう。
「皆様楽しそうに部活動に励んでおられるご様子でしたが……私、部活動はご遠慮させてもらおうと思っておりまして」
「へぇ。バイトでもするの?」
俺の質問に、手を顎に持っていって少し考えて答える。
「アルバイトも良いかもしれませんね」
「時人君と同じアルバイトなら……」と小さくギリギリ聞こえる位の声で付け加えてくる。
「バイトはどういう系とか考えてるの?」
「――え?」
俺の質問が予想外だったのか、疑問の念が漏れてしまった様子。
慌てて彼女は右手を耳に持っていく。そうすると落ち着くのだろうか……。いや……もしかしたら……。
「執事――」
「え?」
こちらも予想外の言葉を放たれて疑問の念が漏れてしまう。
「ひ、羊の鳴き声を真似するアルバイトとかー……ないですかね?」
「独特なバイトを探しているみたいだね」
羊の世話をするバイトとかならあるかもしれないが、声真似って……。
彼女を見てみると、咄嗟に誤魔化せて安堵している様な顔をしている。
ボケているのだろうか? それともマジで誤魔化せたと思っているのだろうか?。
「やはり皆と同じアルバイトよりも、個性のあるアルバイトをしたいと思いまして」
恐らくマジで誤魔化せたと思ってるらしいテンションである。
しかし、彼女は気が付いていないのだろうか? もう既に見た目と話し方で個性を出している感が否めないのだが。
そんな会話をしながら、中核市の駅に到着する。
改札口の前で尻ポケットに突っ込んでいた定期券を取り出すと、瑠奈は「えーっと……」と、また右手を右耳に持っていきキョロキョロと辺りを見渡していた。
「どしたよ?」
「あ……。お恥ずかしながら余り電車というものには縁が無くて……」
なるほど。つまり電車に乗った経験がほとんどないと。
「定期券? それとも切符買う?」
「テーキケン……」
初めて聞く様な反応をされた後に瑠奈は「はい」と思い出した様に言ってくる。
「私、テーキケンをお預かりしておりました――」
そう言いながらスクールバッグから定期券を取り出して見せてくる。
「――こちらですよね?」
見せられたのは、まごうことなき定期券であった。
「そちらです。じゃあ行こうか」
「はい」
――にしても定期券をカタコト読みする位に縁のない人生って、本当に電車とは無縁の人生なんだな。
ガチガチのお嬢様ってか?
何て思いながら改札を潜ると「きゃ!」と小さな悲鳴と共に『チャージして下さい』と改札に説教されている。
「え? え?」
少し涙目で何が起こったか分からない様子の瑠奈。そんな彼女に注目する通行人。
改札弾かれた時って妙に注目受けて恥ずかしいんだよな。
俺はもう1度改札を潜り、彼女に話かける。
「もしかしたらそれ定期券じゃなくて、ただのICカードじゃない?」
「ICカード?」
「ちょっと見せて?」
「どうぞ」
渡されたのはやはりICカードだった。
「やっぱり。定期券じゃないね」
「あの……。時人君のと何が違うのでしょうか?」
「ん?」
瑠奈は俺のカードを見て首を傾げる。
「ああ。見た目には同じだけど――ほら、ここ。利用区間が俺のには書いてるけど、瑠奈のには書いてないだろ?」
見せながら説明すると「確かに」と納得のご様子。
「それでは……私は帰れないのでしょうか?」
マジに不安な声を出したので、その様子が少し可愛くて笑ってしまう。
「そんな訳ないだろ。ほら、あそこの切符売り場でチャージすれば良いだけさ」
俺は改札のすぐ隣にあるキップ売り場を指差す。
「ですが、使い方が分かりません……」
「分からないなら教えるよ。ほら、行くぞ」
そう言うと瑠奈は希望に満ちた目で「ご教授よろしくお願いします!」と言ってくる。
大袈裟な態度が可愛らしくて、つい口元がニヤけてしまいながら俺達は切符売り場に足を運ぶ。
「ここにカード入れて――そしたら――」と軽く説明してやると機会音で『現金をお入れ下さい』と言われる。
「現……金……」
「え?」
瑠奈を見ると手元にはクレジットカードらしき物を出していた。黒色の。
黒か……。
「もしかして現金持ってない?」
「お恥ずかしながら……。ど、どどど、どうしましょう……。私、やっぱり帰れないんじゃ……」
マジに心配する声を出す瑠奈に俺は大きく吹き出してしまった。
「笑い事じゃありません! あーどうしたら……」
「あはは……。笑ってごめん。瑠奈の反応が余りにも可愛いかったからさ」
「か、可愛い……って……」
彼女は照れている――恥ずかしがっている様に見えた。
「ごめんごめん。お詫びに――」
俺は財布から1000円札を取り出して機会音の指示通りに入れてやる。
『ICカードをお取り下さい。ご利用ありがとうございます』と『ぺっ』と吐き出す様にカードを返してくる。
「ほい。これでチャージ出来たから。流石に片道1000円以上の場所から来てないだろ?」
「恐らく……」
恐らくか……。少し不安だな……。
足りなかったらどうしよう……。
俺が財布からもう1枚取り出そうとすると「あ!」と瑠奈が言う。
「足ります。全然足ります!」
何故急に強気になったのか?
「そ、そう?」
「はい。申し訳ありません。お手数をおかけしました」
「いえいえ」
まぁ深く聞く内容でもないか。
「それじゃあ行こうか」
「はい」
駅のホームに入ると、どうやら瑠奈の家は俺の家とは逆方向らしい。
「もうすぐお別れですね……」
「お別れ……ね……」
今生の別れの様な言い方に戸惑っていると、先に瑠奈の乗る電車がホームに着いた。
「――まだ時人君と一緒にいたいな……」
「え?」
彼女の言葉に反応すると、瑠奈はワタワタと手を振り「あ、いえ!」と言って電車に乗る。
「今日は色々とありがとうございます! また明日。ご機嫌様」
「ご、ご機嫌様……」
別れの挨拶を済ますとタイミング良くドアが閉まり、瑠奈を乗せた電車は俺の家とは逆方向に走って行った。
別れの挨拶にご機嫌様を使う奴を初めてみたな。
そんな事を思いながら俺はスマホを取り出して、自分の電車が来るのを待つ。
メッセージが入っていたが、数時間前のものだし、今更『もう帰る』と言っても送り主的には『遅いわ』ってなるだろうから放置で良いだろう。
メッセージは置いといて、自分の気になった事を調べる。
「――あ!」と声が漏れてしまった。
マジで羊の声真似するバイトってあるんだ……。何のメリットがあるの? しかし、世の中ピンポイントなバイトもあるもんだな。