転校生を学校案内する
一ノ瀬 瑠奈は廊下側の1番後ろに座る事になった。
5限のLHRが終わるとクラスメイト達に囲まれる一ノ瀬 瑠奈。
確かに転校生というのは目立つものだ。
小学生の頃も転校生が来た時は凄く目立っていた覚えがある。
やはりいくつになっても転校生なんて天然記念物は気になるものか。
何だか久しぶりにこんな光景を見た気がするな。
そんな事を思っていると、背中をツンツンされる。
振り返ると完士がコソッと言ってくる。
「な? めっちゃくちゃ可愛いくない?」
「確かに……」
完士の言う通りに可愛い。超絶美少女だ。この場合の超絶とは単にめちゃくちゃ可愛いというだけの意味である。
『室壁くーん! ちょっとー!』
「あ、はーい。――わりぃ。ちょっと行くわ」
自分から話かけたのに、すぐに話を中断してしまった事に気を使ったのか、完士は軽く手を立てて葛葉先生の所へ行ってしまった。
俺は姿勢を前に戻す際にチラリと一ノ瀬を見る。
その時に目が合った気がした。
もしかして……俺の事が――なんていうのはモテない男子特有の妄想だろう。
美少女の諸君は目が合うだけで男子が勘違いするという事を理解して欲しいものだね。
『――堂路くーん!』
今度は葛葉先生が俺を呼び大きく手を振ってくる。
「へいへい」と適当な返事をして教壇に向かう。
「ごめんね休み時間なのに」
「いえ。それで? どうしたんですか?」
尋ねると先生の代わりに完士が答えてくれる。
「る――ート案内を頼みたくて。一ノ瀬さんの学校案内が午前中で終わらなかったらしくてな。一ノ瀬さんは放課後でも見て回りたいって言ってるらしいんだ。そこで、放課後ならクラスメイトと一緒の方が良いと思ってクラス委員の俺にその話が来たんだけど――」
こういうのは教師の仕事ではないのだろうか?
しかしそれを生徒に押し付けるという事は教師連中が案内を面倒臭くなった……。
いや、言い方が悪いな。先生達も放課後は自分達の仕事で忙しいだろうから、本当に手が余って無かった。
あるいは他の理由――。
「――俺も今日はバイトが入っててな。ちょっと放課後は難しいんだよ」
完士が頭を掻きながら申し訳なさそうに言ってくる。
「それでさ、良かったら時人、俺の代わりに一ノ瀬さんの案内してあげてくれないかな?」
「俺が?」
「うん。一ノ瀬さん的にも出来ればクラスメイトの方が良いって言ってるし」
完士の言葉には違和感があった。
しかしまぁ特に反応する所でもないので、俺は違う意見をあげる。
「それなら同性の方が良いんじゃないの?」
「それはそうなんだけど……その……」
完士は頭をポリポリとかきながら申し訳なさそうに言う。
「やっぱりなんやかんや言っても男子の俺から女子にってのは頼みにくいし。それに俺から頼みやすいのは時人だからさ」
それは、友達としての信頼関係が高いという事で喜んで良いのか、はたまた、単にパシリやすいという奴という事なのか……。
「――私から他の人に頼んでも意味無さそうだし……」
葛葉先生がボソリと沈んだ声を出す。
「うっ……」
確かに、先生からの頼み事って断りやすいんだよな。
この人、ただ単に優しい人だから。それが良いか悪いかは分からないが、確実に損している人生ではあると言える。
俺も先生からだったら余裕で断る。
なので、転校生には興味はあるだろうが、わざわざ放課後残ってまで案内するなんて事をいきなり、この先生から生徒へお願いするのは難しいだろう。
「ダメかな? 時人」
完士は手をパンっと叩いてお願いしてくる。
「堂路くーん」
ウルウルした大人とは思えない程に弱い声を出す先生。
「――まぁ。別に良いですよ。今日はバイトもないし」
そう言うと2人は花が咲いた様に希望に満ちた表情を見してくる。
「ありがとう時人。流石は俺の親友だ」
「――親友ねぇ……」
たかだか小さな事を代わってやった位で安っぽい言葉を放たれて――ちょっと嬉しい。やっぱりね、そういう言葉って結局は嬉しいもんよ。
「ありがとう堂路くん。じゃあ早速一ノ瀬さんに言うね」
先生は少しだけ早口で言ってくる。
俺の気が変わらないうちに早く話を進めようってか。
「一ノ瀬さーん」と先生はブンブン手を振って転校生を呼ぶと、それに気が付いた転校生が周りの人たちに軽く声をかけてから立ち上がり、まるで歩きのお手本の様に姿勢正しくこちらにやってくる。
「葛葉先生。どうかしましたか?」
やはり透き通る様な心地の良い声である。そんな声で先生に質問をすると、同性の先生も少し彼女に見惚れてしまった様子である。
「――あっと……。放課後の件なんだけど、こちらの堂路 時人くんが案内してくれる事になったので紹介しておきますね」
そう言うと「堂路……時人君」と俺のフルネームをゆっくりと呼ぶ。
そんな綺麗な顔と声で呼ばれると何だか照れてしまうな。
「堂路くん。一ノ瀬 瑠奈です。放課後はよろしくお願いします」
そう言って軽く頭を下げてくる。
「あ……。こ、こちらこそどうぞよろしく」
俺も軽く頭を下げて挨拶する。
お互いに顔を上げると、一ノ瀬は俺に軽く微笑みかけてくれた。
♦︎
放課後になり、葛葉先生の帰りのHRが終わる。先生のHRはいつも早く、それは今日も例外ではなかった。
「ごめんな時人。あと頼むわ」
後ろから声が聞こえてきて振り返ると、完士が立ち上がり鞄を持ち上げていた。
「バイトなら仕方ないよ」
「また礼はするからさ。ま、今日は美少女との時間を大いに楽しんでくれ」
そう言い残して完士は手を上げてソソクサと教室を出て行った。
まぁ確かにポジティブに美少女と2人っきりで校内デートって考えれば役得であるといえよう。
「堂路君」
完士と入れ替わりで一ノ瀬が俺の席の前に立つ。
「一ノ瀬。それじゃあ行こうか」
言いながら立ち上がる。
「はい」
返事も可愛い一ノ瀬と共に教室を出た。
「――午前中に回った所って?」
廊下を適当に歩きながら聞く。
彼女の性格なのか、一歩下がり俺の足取りに付いて来てくれている。まるで大和撫子の様である。
癖なのか、右手を右耳に当てて歩いていた。
「はい。特別教室、体育館やグラウンド等の授業に関する場所は回らせて頂きました」
「なるほど。そしたら授業とは関係のない場所が良いな――学食とか?」
そう提案すると、小さく手を合わせて「そこに行ってみたいです」と可愛く言ってくる。
「じゃあ、最初はそこで」
「はい」
この学校の学食は体育館の近くにあるので、俺達2年F組の教室がある4階から1階に降りなければならない。
「一ノ瀬は転校って初めて?」
沈黙のまま案内ってのも味気ないので、階段を降りながら適当な話題を振ってみる。
転校したくてした訳じゃないかもしれないし、完士情報が正しいのであれば、社長令嬢が普通の公立高校に転校なんて深い事情があるだろう。なのでこの質問は失礼なのかもしれないが、初対面で会話の糸口がない以上こちらから話かけるのはどうしても『転校』の話題になってしまう。
ただ『何で転校してきたの?』なんて聞き方より何倍もマシだろう。
「はい。幼稚園の頃よりずっと同じ学園に通っておりましたので」
右耳に右手を持っていってたのを下ろして答えてくれる。
「幼稚園から……」
つまりはエスカレーター式の学校か。そういうのって金持ちが多いイメージがあるから、やはり完士の言っていた社長令嬢という情報は正しいのだろうか。
「初めてなら何かと不安だろうけど、困った事があったら遠慮なく言ってよ」
社交辞令100%の台詞を吐くと、そんな台詞なのに一ノ瀬は微笑んでくる。
「ありがとうございます。優しいんですね。堂路君」
それが社交辞令に対する社交辞令というのは分かっているが、これ程に可愛い人物から言われると自然とドキッとするのは男の性なのだろう。
♦︎
「――ここが学食」
質素な作りの学食。最近の学校はお洒落でまるでレストランみたいな学食もあると聞くが、この学校は古びた長机と丸椅子の歴史長い味のある学食である。
「これが……学食ですか」
この場所に不釣り合いな見た目の人物が自分の知っている学食とは全然違うと言わんばかりの声を出す。
「前の学校と全然違う?」
「ええ……こんなと――」
一ノ瀬は声を漏らして「ハッ」と我に返った様な声を出して咳払いをする。
「古風で個性的な学食ですね」
「古風ねぇ……」
さっき本音が出かけていたと察するが……。それは置いておこう。
『あれ? 時人くんだ』
学食から聞き覚えのある声がして見てみると、セミロングの髪に学校指定のジャージを着た1年、2年と同じクラスの南方 紗雪がこちらにやって来る。
「紗雪。部活前にまた食べてんのか?」
「うん。体力付けないとね」
「腹痛くならない?」
「ならないよ。ドガ食いする訳じゃないんだから――ところで――」
紗雪は視線を一ノ瀬に向けると一言放つ。
「デート?」
嬉しそうに聞いてくる。
「んな訳あるかいな。案内だよ案内」
「あー。さっき先生が完士くんと時人くんを呼んでたのってそゆことね」
ポンと手を叩いて納得する。
「そゆこと」
「なんだ。つまんない。フラグが立ったと思ったのに。ま、良いや」
紗雪は一ノ瀬に近づいて軽く挨拶をする。
「クラスメイトの南方 紗雪です。さっきは人が一杯集まってたから挨拶出来なかったけど、これからよろしくね」
一ノ瀬は、やはり癖なのか右耳に右手を持っていっており、紗雪が挨拶すると手を降ろし、微笑んで挨拶を返す。
「一ノ瀬 瑠奈です。南方さん、こちらこそよろしくお願いします」
一ノ瀬が軽く頭を下げると紗雪がフレンドリーに言う。
「あ、私の事は『紗雪』って呼んで欲しいな。名前気に入ってるから」
「紗雪さんですか?」
そう言うと紗雪は首を横に振る。
「さん付けはちょっと嫌かな」
「紗雪ちゃん?」
「うん! それで」
「では、私も名前で呼んで下さると光栄です」
「瑠奈ちゃんね。オッケー」
――はぁ。やっぱり凄いな紗雪は。コミュ力の塊みたいなもんだ。もはやコミュ力が服着て歩いていると言っても過言ではない位だ。コミュ力お化けである。よく初対面でガツガツいけるもんだ。
「――え?」
何故かいきなり一ノ瀬が声を出す。
俺と紗雪は首を捻ったが、一ノ瀬が右耳に持っていっていた右手でグーを作り、口元に持っていって、また咳払いをして誤魔化す。
「あの、堂路君の事も名前で呼ばせて頂けないですか?」
「――え? 俺?」
何でこの流れで俺なんだ。
「紗雪ちゃんも名前で呼んでいるみたいですし……。ダメですか?」
「良いじゃん良いじゃん。皆名前で呼び合おうよ」
紗雪がパリピみたいに囃し立ててくるが、断る理由は何もない。
「良いよ」
そう言うと花が咲いたみたいな笑顔で「ありがとうございます」と言われる。
「私の事も名前で呼んで頂けますか?」
「それは別に構わないけど」
「では1度お呼びになって下さい」
「えっと……。瑠奈?」
何故か疑問形になってしまうのは自分が照れているからであると思われるが、そんな呼びかけに「はい」と短く答えてくれる。ちょっと恥ずかしい。
「つ、次行こう。次」
「はい」
俺が歩もうとすると紗雪が「あ、時人くん」と呼び止めて耳元で囁いてくる。
「瑠奈ちゃんって多分お嬢様だと思うんだよね」
「え?」
紗雪も知っていると言う事は、まさか本当に職員室でそんな話を?
「勘だけど」
「勘かい!」
「あはは。でも、私お嬢様には縁があるから何となく分かるんだよね」
勘の割に自信満々に言い放つ紗雪。
「縁?」
聞くと紗雪は少しドヤ顔で頷いた。
「そうそう。義姉さんがお嬢様だからね」
姉さんがお嬢様ならお前もお嬢様じゃない? と思ったが、以前の会話を思い出し彼女に問いかける。
「あれ? 紗雪の兄弟って兄貴だけって言ってなかった?」
「そうだよ?」
当然の様に言った後に「あー」と声を漏らしながら言ってくれる。
「ごめんごめん。義理の姉さんね」
「あー。義理か。――って紗雪の兄貴って結婚してんの?」
そう聞くと首を横に振られる。
「結婚はしてないよ。まだ大学生だし」
「え? じゃあ何で義姉?」
「あー。まぁ婚約してるからねー」
「はぁ。凄いな」
大学生で婚約者がいるなんて、何だか非現実的だな。
「まぁそんな感じだから、瑠奈ちゃんを狙うなら任せて!」
そう言いなが肩に手を置いてくる。
「狙ってねーよ」
「照れるな照れるな。お嬢様のツボは押さえているからね!」
親指を突き立てて言うと紗雪は楽しそうに学食を後にした。
何でもかんでも恋愛に結びつけたがる女子であるな。紗雪は。