転校生がやって来た
新作です。お楽しみ頂ければ光栄です
「いよいよだな時人」
昼休み。進級したての2年F組の教室。
弁当派の俺は自分の席である、窓際の後ろから1つ前の席を後ろの席とくっつくてお弁当を広げていた。
広げていると、俺の後ろの席に座る爽やか系イケメンの友人である室壁 完士が話題を振ってくる。
「んー? 何が?」
主語なしの言葉に話の内容が皆目見当つかず、弁当の蓋を開けならが聞く。
完士は机の上に置いたコンビニ袋からパンを取り出しながら答えてくれる。
「転校生だよ、転校生。今日の午後から転校生が来るだろ?」
「転校生?」
いきなり聞き慣れない言葉が耳に入ってきたので、聞き直してしまったが「あー」と自己解決の言葉が漏れる。
「そういやそんな話、葛葉先生が言ってたな。今日だっけか」
箸を持ち、弁当のおかずを選びながら言う。
「興味なしかよ」
軽く笑いながら完士はタマゴパンの袋を開ける。
「いやいや、高校生で転校してくるって珍しいから、興味なくはない」
俺の返しに「おいおい」と苦笑いを浮かべるカンジ。
「転校生が女ぁとか、可愛いぃとか、そういうのは興味ないのか?」
「んー。そりゃ出来れば可愛い方が良いんじゃない?」
「何で疑問形だよ……。はぁ。折角良い情報を持ってきたってのに」
ため息を吐きながら完士はタマゴパンを食べる。
「良い情報?」
「気になるか?」
仕掛けた餌に獲物が喰らい付いたみたいにニヤッと笑っている。
何か裏がありそうだが、そんな言い方をされたら人間誰だって気になるものだ。
「まぁ。気になるな」
玉子焼きを食べながら言う。
うん、今日の玉子焼きも美味しい。
「聞きたい?」
「聞きたい」
普通に聞きたかったので素直に言うと「素直でよろしい」と言われ、完士はタマゴパンを食べ切り、紙パックのミルクティーでそれを流し込む。
「実は――その転校生超絶美少女なんだぜ」
何故かドヤ顔で言ってのける。
「まぁ転校生が美少女ってのはテンプレ展開でどうかと思うんだけど……なんやかんや言っても結局美少女が良いよな」
「そりゃ美少女が良いわな」
そんなテンプレ展開なら大歓迎である。
「だろ? でも――」
完士は一旦間を空け、俺の様子を伺いながら言ってくる。
「それが、ただの美少女と違うんだわ。あ、ここでの超絶美少女ってのはただ単に可愛いってだけじゃないから」
ただの美少女ではない? 可愛いだけじゃない?
――そうなると……。
「もしかして戦う時にセーラー服に着替える?」
「ムーンプリズム――って、ちげーよ!」
違うか……。
「なら、戦う時にフリフリの衣装に着替える?」
「プリ――じゃねーよ!」
これも違う。
「分かった! 仮想世界に閉じ込められてた人だ!」
「イキリ――ちっがーう! てか何で美少女の例えが全部戦闘系なんだよ! つか何で最後だけ趣向変えてきた!」
完士のツッコミが入り、そういう系統ではないと理解すると、俺の脳裏に1つの答えが導き出された。
「なるほどな……完士。そういう事か」
頷きながら言うと「おっ」と彼は声を漏らす。
「もしかして分かったのか? 流石は時人だな……」
カンジが感心して頷いてくる。
「只野美少女。または但野美少女。はたまた多田野美少女。それから――」
俺の台詞に「何言ってんの?」と言わんばかりの表情をした後、すぐに理解したのかツッコミを入れてくれる。
「名前じゃねーよ! 苗字が『ただの』美少女じゃねーよ! くだらねーよ。くだらなすぎで一瞬訳分からなかったわ!」
「だって分かんねーもん。何が超絶なんだよ?」
ギブアップ――というか、最初からクイズみたいな事はしてないが、聞いてみると完士は嬉しそうに答えてくる。
「社長令嬢らしいぞ」
その台詞を何故かコソッと言うカンジ。
「社長令嬢……。金持ちのお嬢様……?」
「そうそう。何かゾクゾクするよな。そういうの」
コイツの性癖は置いといて、そういう情報を一体どこで手に入れてくるのだろうか?
彼はいつも情報収集が早い。学校の事は勿論、最近のトレンドやファッションに関しても、何にでも敏感に行動している。流行に乗っているというか、なんというか。
「なんだ……」
俺は彼とは反対にテンション低くタコさんウィンナーをほうばる。
うん。美味しい。あと、タコさんウィンナー可愛い。
「え? インパクトなかった?」
苦笑いで聞いてくる。
「いや、だって双子のモーニングスター持った美少女でも、ポンコツな女神様でもないってなると――」
「いやいやいや! ここ現実! ファンタジーじゃないから! 異世界じゃないから!」
完士のツッコミに笑い返してリアルに思った事を口に出す。
「でもさ……。真面目な話、社長令嬢がなんでこんな普通の公立高校にわざわざ転校してきたんだ?」
俺の疑問にカツサンドの袋を開けながらチラリとこちらを見て答える。
「さぁなぁ。そこまでは分からないけど……。職員室でそんな話をしているのを聞いたぞ」
「へぇ……。職員室で……」
チラリと彼を見ると「ん?」とカツサンドをほうばりながら声を漏らす。
「いや、完士の情報ネットワークは凄いな、と思ってな」
そう言うと軽く笑って言ってくる。
「情報を制する者は世界を制する――ってのは大袈裟だけど、それくらい情報は大事だと思っててな。転校生が来るって事で職員室を張っていたのさ」
鼻息を荒くし、ドヤ顔で言ってくる。
「職員室を張るのはどうかと思うけど……。情報は大事だよな。情報は」
頷きながら肯定して、食べ終えたお弁当箱に蓋をすると、完士はカツサンドを食べ終えて、そのゴミをコンビニ袋に入れながら言ってくる。
「情報といえば、時人の弁当って確か妹が作ってるって情報だけど。ホントか?」
「なんだよその情報」
くだらない情報に笑いが出てしまった。
「まぁ……。そうだな……。妹が作ってるよ」
そう言うと『妹?』と隣から女生徒の声が聞こえてきた。
隣を見てみると、鞄に食べ終わったお弁当をしまい、こちらの前に立つミディアムショートボブの綺麗な女生徒、星野 雫が俺に言ってくる。
「堂路くん妹いたんだねー。へぇー」
綺麗な見た目とは少し印象が違う可愛い声で俺の苗字を呼ぶ。
「まぁな」
そう言うと俺をジッと見てくる星野。その綺麗な瞳に吸い込まれそうになる。
「可愛い?」
ジッと見てきた後に飛んできた台詞に対して少し困ってしまう。
「どうだろ? 自分の妹を可愛い、可愛くないって判断は難しくない?」
「それは……確かに」
「でも、周りの人からの評価は綺麗らしいけど」
そう言うと少しニヤついて言ってくる。
「周りから綺麗って呼ばれてる妹からお弁当作ってもらえるなんて羨ましい。ね? 室壁くん」
話をカンジに振ると「おうよ」と完士が星野の話に乗る。
「美人妹の弁当なんて、そこら辺のマニアなら高値で取引出来るんじゃないか?」
「どこら辺のマニアだよ。そのマニアは……」
「はは。でも、時人の弁当はマジで美味しそうで羨ましいよ」
そう言われると星野がご機嫌な声を出して感じに聞いた。
「そうなの? どんな感じ?」
「シンプルなお弁当だな。でも、シンプルだからこそ、見た目だけで美味しそうに見せるのは才能だと思うし、実際美味しいんだと思う」
べた褒めする完士に追撃の様に俺が言葉を放つ。
「特に玉子焼きが美味しいんだよな」
思い出しながら言うと「あ……」っと、つい完士に乗せられて褒めてしまったので、口元に手を持っていく。
「――何の反応?」
完士が怪しく俺を見てきた。
「いや、褒める気無かったから」
「別に良いだろ。褒めたって。妹さんの前じゃあるまいし」
「ま、まぁそうなんだけどさ」
そう言いながら星野を見ると、嬉しそうに言ってくる。
「へぇ。そうなんだ……。堂路くん、へぇ……。玉子焼きがねぇ……」
意味深な言い方をしてくる星野。
「なんだよ、その反応」
「いえいえ。べっつにー。ただシスコンって思っただけー」
星野の言葉にカンジが「シスコン……。くく」と笑ってくる。
このままでは俺がシスコン認定されるので、話を晒そうと違う話題を振った。
「2人は兄弟いなかったっけ?」
そう尋ねると同時に「いない」と答えられる。
「だから時人が羨ましいよ。家族のお弁当を食べれるなんてな」
「そうだね。兄弟がいるって言うなら羨ましいね。私も1人っ子だし」
「な? 羨ましいよ。星野さんは兄弟なら誰が欲しかった?」
完士の流れで出た様な軽い質問に星野は「うーん……」と少し考え込む。
「やっぱり……お兄ちゃんかな?」
チラリと俺を見た後にその理想像を語る。
「オシャレでカッコ良くて、頭が良くて頼りになって、強くて守ってくれて、誕生日にブランド物買ってくれて『お前も年頃なんだからそれくらいは持っとけ』とか言ってくれるお兄ちゃんとか憧れる」
「なんだ? その少女漫画に出てきそうな奴は」
つい星野の理想像が高すぎて言葉が出てしまう。つか妹にブランド物買うなら彼女にプレゼントするだろ。
「良いでしょ別に。それに好きな人のタイプじゃなくて、あくまでも架空のお兄ちゃんなんだから」
「それじゃあ星野の好きなタイプは?」
俺が聞くと「あ、気になる」と完士も話に乗っかる。
「好きなタイプか……。えっと……」
先程よりもガッツリ考え込んでゆっくりと語り出す。
「――身長は私よりも15センチ高くてスタイル良くて、顔はケチャップ顔が良いかな。髪型は似合ってたら何でも良いけど、短めが好き。でも長くても似合ってたら全然オッケーかな。それで、まぁ優しいのは当たり前なんだけど、たまに強引な感じで引っ張ってくれて、そこにドキっとしてね。それからそれから、いつも私の事考えてくれていて、寂しい時は口に出さなくても分かってくれて手を差し伸ばしてくれて――」
「――ストップ! ストッープ!」
反則プレイしても堂々とフィールドを駆け抜けるサッカー選手みたいに止まらない勢いだったな。
俺がサッカーの審判なら笛を鳴らしてイエローカードでも出してやりたい気分にだったわ。
これ……お兄ちゃん設定より酷い。
「――なに?」
折角人が気持ち良く語っていたのに、みたいな顔で不機嫌な声を出す星野。
「いや! おるか! そんなやつ!」
「あはは。流石にね……」
俺のツッコミの後に完士も苦笑いしか出来ていなかった。
「いるかも知れないでしょ?」
「どこにいるんだよ!? そんなピンポイントなやつ!? つちのこ探した方がまだ確率高いわ!」
俺の言葉に完士がこちらをジッと見て言ってくる。
「時人。お前ちょっと立ってみ?」
「え? なに?」
「良いから」
理由を言わずに俺を立たせる完士。特に拒む理由もないので立ち上がると、俺と星野を見比べる。
「身長は15センチ位の差。程よく筋トレしてるみたいだからスタイルも良い。顔は濃すぎず、あっさりとした顔立ちだからケチャップ顔の定義に合う。髪型は今風な髪型だし……」
呟いた後に完士が星野に言う。
「キャ! 運命の相手はすぐ側に? みたいな?」
そう言われて星野が俺をジト目で見てくる。
「――これが? 運命の相手?」
眉をひそめて言ってくる。
「なんだ? その顔は……」
「べっつにー」
そっぽ向かれて不機嫌に言われる。
「あはは! まぁあくまでも見た目は時人が近いんじゃない? って思っただけで、中身までは理想かどうかは分かんないな」
完士が軽く笑いながら言ってくるのをそのまま肯定し星野が言ってくる。
「そうだよ! 大事なのは中身なんだから。勘違いしないでよね堂路くん」
「何の勘違いだよ!」
「男子ってすぐ勘違いするから大変なんだよね」
「なんだ? そのモテてますアピールは?」
「実体験を基に話してます。モテない党路くんには分かんないでしょーねー」
ぐぅの音も出ない程の正論に言い返せない自分がいた。
そんな俺達のやり取りを完士が真剣に見てたのに気が付いたのでツッコミでも入れようと思ったら昼休みの終了を告げるチャイムが鳴り響いた。
そして、すぐに担任である、可愛い系の葛葉先生が「みんなー。座ってー」と言いながら教壇に立つ。
その言葉に皆が従い席に着いた。俺も迅速に机を元に戻して席に着く。
「はーい。ちゅうもーく」
既に注目されているのに、癖なのかパンパンパンと3回手を叩く先生。
「今日はビッグニュースがありまーす! とびきりウルトラなビッグニュースでーす」
「しってやーす」
「はやくしょーかいしてー」
「おしてるよ! 時間おしてるよ!」
先生の言葉にクラスメイト達から様々な声が投げれる。
「あー。皆知ってましたかー」
いやいや! アンタが散々嬉しそうに「今度転校生がきまーす」とか言ってたんじゃねーかよ! という心境にクラス全体がなった事だろう。
「それじゃあ呼びますねー。一ノ瀬さーん。どうぞー」
先生の呼びかけで教室に入って来たのは――。
長く美しい髪に凛とした姿勢で教壇に立つ、姫カットがとても似合う超絶美少女であった。
「はじめまして皆さま。本日より転校してまいりました、一ノ瀬 瑠奈と申します」
谷の湧水の様に澄んだ心地良い声が教室内に響き渡ったかと思えば彼女は首を傾げて微笑んだ。
その微笑んだ顔で俺と目が合ったような――気がした。