第五十三話 逆転
ユアンたちが落ちたのは、王都を覆う結界の上だった。
周囲には無数の魔物や魔人が蠢いていたが、視界の端にはケント、ジェロンド、フィリップの姿があった。
それぞれが結界上で応戦し、必死に守りを固めている。
「おいユアン、どうなってんだこれ……」
「……俺ら全員、ドミノ王国からアウスト王国にワープさせられたってことだ」
(くそ……直前まで全く予知に映らなかった。ラウレスの行動は読めていたはず……ってことは、あの魔法陣は“ヘラ”が起こしたものか)
不意にラウレスの声が聞こえる。
「お荷物がたくさんいる中で、お前の“死神の力”も“透過”も使えないよな?」
「はっ! 誰がお荷物だって!」
ケントが反応するが、ラウレスは鼻で笑い、足元の結界を指差す。
「……理解できないのか? ユアンが最強と呼ばれる理由を。
死神の力? 二つのスキルを持ってるから? それもそうだが――
本当の理由は、“一人”で戦うからこそ最大限の力を出せるからだ」
そう言うと、ラウレスは思い切り足を振り下ろした。
バキッ!!
鋭い音とともに、結界にヒビが走る。中心から蜘蛛の巣状に広がり、崩壊の予兆が王都を包む。
(幸いにも住民は避難済み……だが、魔物の数は数千。魔人も混じってる。しかも厄介な連中ばかりだ)
結界が崩れるその瞬間、上空から“それ”は降ってきた。
空を裂くような音と共に、敵味方の区別なく雷の魔法が降り注ぐ。
まるで天地を貫くかのような閃光の雨。王都中央、王城に直撃した雷撃が、建物を半壊させた。
「アイ!!」
「クレア!! ヴィオーネ!!」
その光景に、ユアンとケントは同時に叫んだ。
「――隙だらけだぜ」
「――!?」
ラウレスの声が背後から聞こえた次の瞬間、斬撃が走る。
ユアンは咄嗟に体を捻ったが、胸に浅く傷が走る。ケントは完全に反応が遅れ、背中に大きな一閃を食らった。
「ぐっ……くそっ……!」
ユアンは即座に体勢を整え、ラウレスへ斬りかかる。
「どうした? さっきほどの“圧”はないな。まさか……恋人たちが心配で、動揺でもしてんのか?」
「……」
ユアンは何も言わず、死神の鎌を振るい続ける。ラウレスはそれを受け流しながら、防御に徹している。
だが、ユアンの魔力に触れるたびに、ラウレスの光剣の魔力は、明らかに削られていた。
そこへ――
「やっと追いついたで。いやー、ほんま迷ったわ」
ユアンの背後から、気の抜けたイントネーションの声が聞こえる。
「は……?」
振り返ると、そこにはケントが交戦していたはずの魔人――ハクが、ユアンの背中に手を当てていた。
「ほい、チェック完了っと。おお、これが“透過”か。ええやん、ええやん。
それと……これが噂の“未来予知”、なるほど便利やねぇ」
ユアンは即座に反撃を仕掛けるが――
「……なっ!?」
鎌はハクの体をすり抜けた。
「おっと、効かへん効かへん。せっかく力借りたんやしな? “こっち側”になったんやで、俺も」
「……よく戻ってきたな。あのまま逃げたと思ったぜ」
「ホンマはな、逃げようとしとった。でも……ちょっと、面白そうな魔力感じたからなぁ」
(状況は最悪だ。魔物と魔人は、宮廷魔導士・騎士団・賢者たちが交戦中。
フィリップはアオと交戦中で、重傷。ジェロンドさんは魔力を溜め直してる。ケントは……あの傷じゃ、しばらく動けない。
――アレを使うなら、もう“最終手段”だ)
ふと、ユアンは自嘲気味に笑った。
「……これで死んだら、次こそ本気で嫌われるかもな」
そのつぶやきは、雷鳴と怒号が響く戦場に、小さく溶けていった。




