第三十一話 お説教
賢者たちはアウスト王国に帰ると、疲労が溜まっていたのかケントとアイ以外は背筋を伸ばしたり腰を抑えたりしていた。
「あー疲れたねー」
「俺たちはなんもしてねーけどな」
「でも、移動だけで結構魔力消費したね」
シエラの移動は、入ったものは重力で押しつぶされたりするので、強力な身体強化じゃないと圧死してしまう。
「それをいうなら魔法を出している私の方が疲れたよ」
シエラは移動を作りながら自分の身体強化もしているので他の賢者たちに比べると疲労は段違いだ。
「でも...アイちゃんの方がお疲れだもんね...」
そう言ってみんなの視線がアイに移ると、疲労しているというより怒りに満ちていた。
その姿を見て全員は今触れてはいけないと思ったのだろうか、全員口をつぐんでしまった。幼馴染のケントでさえもアイに何も言葉をかけることはなかった。
「それじゃあ、私自分の部屋に戻りますね」
アイが会議室を出ていくと、緊張の糸が切れたのか全員は重い雰囲気から解放された。
「ねぇ、アイちゃんが怒ってた理由って...」
「十中八九ユアンだろ...」
「嫉妬って怖いね」
バーン達三人が話している声を聞きながらケントはシエラにある質問をしていた。
「なぁシエラさん、シエラさんの他にも移動を使える人っているの?」
「ん?どうした急に」
「いや...結構前に暴虐の魔女と会った時に、暴虐の魔女も移動らしきものを使っていたから...」
「あり得ない話じゃないけど、何か気になったことでもあった?」
すると、ケントは初めて移動の魔法を見たときのことを話し始めた。
「アイが連れ去られた時...ドミノ王国にユアンと二人で助けに行った時に俺暴虐の魔女の弟子と戦ったんだけど、弟子を倒し終わった後に暴虐の魔女は気絶している弟子に移動を使っていたのを思い出して...」
それを聞いたシエラは何か考え込んでいる様子だった。
そもそも移動は実現しない魔法と言われていて、入ったものは原型を留めずに出てくるので、禁忌の魔法とまで言われていたことがある。それをノーリスクで行えるとしたら...
「あの黒い羽...それとも...」
「でも...羽を使っている様子はなかったよ。詠唱はしてたけど...」
「どんな詠唱!?」
「うーん...ごめん、覚えてないんだよね」
「そっか...気がついたことがあったら教えてね」
突然の食いつきに驚いたが、あの時の記憶は移動を目の前で見た印象が強かったせいか、詳しいことはあまり覚えていなかった。
「じゃあ、俺もお先に失礼します」
ケントはシエラとの話が終わると会議室を後にした。
自室に戻ろうと廊下を歩いているとふと気づいたことがあった。
今日...もしかしたら...
現在は夕方の四時過ぎ、もう少し体を動かしたい気もするが、アイに頼みたいがあの状態では話も聞いてくれなさそうだ。部屋の前に着き、部屋に入ろうとするとクレアに声をかけられた。
「ケント様!お仕事お疲れ様です!」
「ありがと。どうしたの?こんなところで」
「ケント様とお茶でもしようかと思ってお誘いに来ました!」
ずっと笑顔の状態のクレアを見て疲れた心は少し癒されていく感じだった。
「いいよ、ちょうど暇してたし...俺の部屋にする?」
すると突然クレアは顔を赤くしはじめた。
「け、ケケケケケント様の部屋に入るなんて...破廉恥です!」
「いや...昔普通に入ってたじゃん...」
ただ、お茶を飲むだけなのにどうしてこんなにも表情が豊かになるのだろうか...そんなクレアも可愛いと思いながらケントの部屋で何事もなく二人でお茶をした。
その日の夜、ケントの思った通りユアンの呼び出しがかかった。隣には不機嫌のアイと一緒に。
「えーっと...今日呼んだのは頼み事があって...なんでアイはそんな不機嫌なんだ?」
「ふん!」
膨れっ面のアイを見るのは何回かあったが、原因はいつも不明だった。
「まぁいいや...頼み事ってのは、シーラス王国の国王フィリップに修行をつけてもらいたいんだよね」
ユアンの「まぁいいや」の言葉にアイはユアンを鋭く睨みつけた。ユアンは思わず心の中で「怖っ!」と叫ぶ。
「あいつに修行をつけんのかよ」
「できればケントがいいな。てかケントしかいないんだよ、神の加護で強いの」
「なんで俺なんだよ!アイもいるじゃん」
「あんな奴にアイに任せたら危険だろ」
「それもそっか」
一瞬、アイの表情が緩くなった気がしたのは気のせいか...?
「まぁいいよ。俺がやるわ」
「マジで頼んだ。とりあえず神化できるところまでが一番いいかな」
「お前...それめちゃくちゃ時間かかる奴だろ」
「気にすんな」
「気にするわ!...そんなことより今日の黒い雷お前だろ?」
「それ以外に誰がいる?」
思った通りの返答にケントはにやけ顔が止まらなかった。
「へぇーやっぱり心配だったんだなー」
「はっ!心配して何が悪い!」
「ぜーんぜん!むしろいいと思うよ、ほら」
ケントが指を刺した方向に目をやると、そこにはにやけ顔が止まらないアイの姿があった。
「...アイ?」
「......」
ユアンが声をかけてもアイの表情は先ほどよりも明るいが、口を開かなかった。
「なぁ...どうすればいいんだよ」
「知るか、自分で考えろ。それより、お前の黒い雷どんな効果があるんだよ」
「ん?あれか?俺は黒雷って呼んでるんだけど、あの魔法は防御系の魔法を貫通することができるらしいんだよね。だから結界とか魔力障壁なんかも貫通できる」
「めちゃくちゃじゃねーか!なぁ...今度俺と戦ってくれよ!」
「どこでだよ!」
「もちろんここで!お互い本気で!」
ケントの話を聞きながら視線をアイに移すが、また膨れっ面の状態に戻っていた。
それを見てケントは自分から「帰る」と言い出した。
「ってか俺だけ帰ることできんの?」
「できるけど...」
「ちゃんと二人で話し合えよ。明日もあのままじゃ誰も話しかけられねーから」
「わかったよ...」
そう言ってケントを現世に戻すと、この空間の中にはアイと二人きりになった。
「あの...アイ?」
「......」
「おーい!聞こえてる?」
「......」
だめだ...ここまで怒っているアイは久しぶりだ。原因はわからないけど、おそらく俺なのは間違いない。
すると、小さな声で何かを言っている声が聞こえる。耳を澄ませて聞いてみると、
「なんで私より先にフィリップを呼ぶのよ...」
と、小さな声でぶつぶつと呟いていた。
それを聞いた途端、怒っている原因は嫉妬ということがわかった。原因がわかればもう簡単だ。
「ごめんな、アイの気持ちもわからないで...」
「......別にいい...けど」
「けど?」
「しばらく会えてなかったから...さ、寂しかったの...」
その言葉を聞いた瞬間、ユアンはアイの顔を自分の胸に押し当てた。
「えっ!ちょっと!?」
「ごめんな、寂しい思いをさせて」
「ううん、今日だって助けてくれたんでしょ?ありがとう」
「どういたしまして!」
「ねぇ...もうちょっとこのままでいさせてね」
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