第五十三話 旅立ち
ジェロンドたちがアウスト王国を訪れてから数日後、エルクとシエラがシーラス王国へと旅立とうとしていた。
王都の門の前に賢者やラグレスたち、エルクの両親が見送りに来ていた。
「シエラ様、エルクのことどうかよろしくお願いいたします」
エルクの両親から頭を下げられ、少し照れくさそうに「わかってるよ」と言った。子孫たちに丁寧にお願い事をされるのは少し恥ずかしい様子だった。
「エルク、二年間頑張れよ!」
「シエラ様に修行をつけてもらえるなんて羨ましいな!」
ラグレスはエルクの肩をバンバンと叩く。
すると、エルクは引き攣った顔をしながら「う、うん...」と力無く答えた。
シエラはニヤニヤしながらエルクを見つめている。
その様子を見ていたケントとアイは何か嫌な予感を感じた。
「ねぇ、ケント...シエラ様の表情見た?」
「ああ...エルクには悪いが、御愁傷様としか言えねーな」
ケントとアイはコソコソと誰にも聞こえない声で話す。
エルクの眼はもうすでに死んでいる。シエラの修行は受けたことはないが、おそらくレインよりも厳しい修行なんだと思う。それもつきっきりで二年間という長い時間修行をつけてもらうと言うことは、二年後相当力をつけて戻ってくるに違いなかった。
「さて、もうお別れは済んだわね。早く行くわよ」
「は、はい!」
「まずは身体強化は常にしておいてね。最低でも1日は続けられるように頑張ってね。もし、できなかったら......どうなるかわかるわよね?」
そのシエラの言葉でケント以外の全員が恐怖を覚える。身体強化を長時間維持するのには緻密な魔力制御を必要とする。多すぎても魔力を多く消費するだけだし、少なすぎても身体強化とはいえない身体能力になるだけだ。
「今そんなに変なこと言ったの?」
ケントがボソボソっと耳打ちで話しかける。
「だってずっとよ!魔力が多い私でも流石に無理よ!」
「え?でも俺できるぞ...難しいことじゃないだろ。身体強化をずっとするの...」
おそらくこの中でずっと身体強化をできるのはケントぐらいだろう。賢者でも約半日が限度かもしれない。
「おかしいのはケントとシエラ様だけだよ!」
「そうか?ユアンもできそうだけど...」
ユアンの名前を出されたら納得せざるおえない。ユアンにできないことなんてないんじゃないかと言うぐらい完璧にできてしまう。
「ユアンはね...色々とおかしいから...」
それを聞いてケントは静かに頷く。
「それじゃあシーラス王国のことは任せてね。私が戻るまでちゃんと国を守るんだよ」
そう言ってシエラとエルクは出発して行った。二人は身体強化をしながらゆっくりと歩いている。
それを見てケントもいてもたってもいられなかったのか、私の腕を引っ張って「身体強化の練習するぞ!」と言って訓練場まで引き摺られた。リキトとラグレスも騎士団に戻り剣術の修行へと取り組んでいった。
訓練場ではいつも通り、ずっと組み手を行っている。アイの攻撃は当たらず、ケントの攻撃ばかり喰らうが、必死に組み手に食らいついてく。
「アイ、ちょっと休憩しようか」
「まだ...あと、もう少しだけ...」
休憩にしようと言ってもアイは止めることはしない。身体強化の修行の時は、アイの体力がなくなるまでやり続ける。そのせいで、休憩時間を無理やり取っても、アイは体を休めずに体を動かし続けている。だから休憩時間を設ける必要はないけど、それでも今日のアイは少し様子がおかしい気がした。
「アイ、なんかあったか?」
「別に...なんもないよ」
会話しながらでもアイの手は止むことはなかった。それよりも、どんどん攻撃が鋭くなっていく。
危うく顔面にヒットしそうだったが、ギリギリのところで避ける。
あぶねー...今のはやばかった...
集中しているのか、どんどん攻撃が鋭くなって、攻撃を避けるので精一杯になる。
まだ、修行を開始して数日、こんなに早く身体強化のコツを掴むとは思わなかった。
「アイ、次のステップに行くぞ」
そう言うと、アイは手を止めてケントの話をしっかりと聞いた。
「次は、シエラ様が言ってた身体強化を持続するやつな」
「えっ...」
一瞬アイの顔が嫌だ!と表情に現れたがすぐに元の顔へと戻った。
「とりあえず、どのくらいできればいいの?」
「んーアイの魔力だったら三日とか?」
「三日!?」
「無理そうなら減らすけど...」
三日間...普通に考えれば無理だけど、ここで弱音を吐いたらいつまで経っても強くなれない。
「やるよ!三日間維持できるようにする!」
勢いのある声にケントは、少々驚く。三日という期間は、ケントが最高維持できる期間のこと。三日間できるようになれば、もうケントと同じぐらいの身体強化になるということだ。
「俺も負けてらんないな...」
誰にも聞こえないようにボソッと独り言を漏らした。アイが三日間維持ができるようになれば、今のケントと同じぐらいになる。アイはそれで成長するが、ケントはただ、教えただけであって自分の成長することはない。なら自分でも何か考えないと。
「じゃあ、とりあえず今日は解散だな。アイは今から身体強化を維持すること。もし解けたらすぐに再開すること!いいな!」
「うん!すぐにできるようになるから、その後のメニュー考えといてね!!」
そう言ってアイは身体強化をその場でして、走って自分の部屋へと戻っていった。
「さぁてと...とりあえず約束は守ったぞ、ユアン...」
ケントは空を見つめながら言葉をこぼした。
***
アイの修行を開始してから三ヶ月が経った。あの後、アイは身体強化を三日間維持する修行は一ヶ月かかった。ケントも身体強化を維持する修行を三日から五日へと伸ばすことができた。
そして、ラグレスとリキトの修行もひと段落ついた。三ヶ月前と比べると、二人の筋肉は格段に増えていた。
二人が帰ってきたのと同時にケントはクエント帝国へと出発することを決めた。最初はどちらか二人を連れていくのかと思ったら、二人とも連れていくと言っていた。その時のラグレスとリキトの顔は絶望していた。
そして今、私は王都の正門の前で三人を見送るところだ。
「じゃあ、三人とも頑張ってね!ラグレス君は帰ったら私と光魔法の修行ね?」
「はっはい!」
「それで、リキトは帰ったら俺と修行か騎士団か選ばせてやるよ」
「えっと...ケントさんがいいです...」
最初騎士団で修行と聞いた時には嬉しそうにしていたはずなのに、今ではすっかりトラウマとなっている。
「何があったんだよ...」
「聞いたら退きますよ。まず、飯は尋常じゃなく多くて、食べたすぐに運動、筋トレ...ただの地獄です。飯なんて吐いても無理やり食わせられるし...」
ユアンからも、同じような話しを聞いたことがあった。
「それ、ほんとだったんだな...」
「本当に地獄でした...」
そう思うと少し可哀想だったと思う。だけど、剣術の技術は俺らが教えるよりも効果的なのは間違いなかった。
「まぁ、細かいことは後にして、俺らはクエント帝国に向うぞ!」
「「はっはい!!」」
「アイ、国は任せたよ!」
「うん!任せて!!」
そう言って、ケント、ラグレス、リキトの三人は王都を出てクエント王国へと旅立っていった。
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次回から新章が始まります。