第二十九話 暴走
さてと...もうこれで心置きなく戦えるな...
ユアンはラウレスを前にすると臨戦態勢に入った。
やり残すことはもうない...これなら...
「さあ...力を貸してくれよ!みんな!」
自分の中にある三つの神の力を同時に引き出す。ヘラと戦った時には、二つの力を引き出すのが限界だったが今はそんなことを言ってられない。セレス達には二つの力を引き出すだけでも止められたな...
ユアンの全身から、黒、黄色、金色の魔力が同時に溢れ出る。
「があああああああああああっ!!!!」
全身の細胞がブチブチとちぎれていくのがよくわかる。それと同時に体中が張り裂けそう激痛に襲われる。痛みで意識が遠のく。二つの力を引き出した時よりも体の痛みが激しい。
「なるほどな...それが君の奥の手ってやつか...」
ユアンが変化していくのを見ながら、ラウレスも臨戦体制に入る。
もし...仮に三人の神の力を引き出したとしても俺は勝てるのか?そもそも強大な力を引き出すということはそれなりの代償があるはず...理性を失った獣になるのか、それとも...
流石に三つの神の力を引き出したユアンには全力で挑まないと自分も死ぬ可能性が十分にある。
未だユアンは苦しみに悶えながら体に変化が起こり続けている。
ユアンの意識は真っ黒な水の中にゆっくりと沈んでいく。
痛い...痛い...痛い...な...
あれ...なんで俺こんなに痛みを我慢してんだろう...
わからない...なんで...なんでなんだ...
「がぁ...がぁ...」
苦しんでいたユアンの変化は急に止まった。
「ゆ、ユアン...?」
アイは力のない声でユアンの名前を呼ぶ。
結界の外からでもユアンが苦しんでいたのはよくわかった。だけど、急に変化が止まったけれど何かが変だった。
「グオォォォォォォォォッ!!!!」
変化したユアンが大声をあげる。それはユアンの声ではなく、まるで獣のようだった。
ユアンの手には死神の鎌、それに服装も死神が着ている黒いコートのようなものだった。顔は白い仮面が付いていて表情がわからない。
「まさか、本当に獣になるとはな...」
一眼見ただけでわかる。さっきのユアンよりも確実にやばい...
死神の力が色濃く影響されてるな...だけど、雷神と女神の力も感じるとなると厄介だな...こっちも神化をしているとは言え、神が二人分。数では負けてるが、戦いかた次第ではなんとか行けるか?
獣と化したユアンはその場から一歩も動かない。
「先手必勝だな!」
ラウレスはユアンの背後に周り、持っていた剣でユアンの首目掛けて思いっきり振り下ろす。光の速さ...とはいかないが音速と同じ速度でユアンに斬りかかった。しかし、その攻撃は空振りに終わった。ラウレスの剣が地面に当たると同時に、ラウレスの顔面が地面にめり込んだ。
「何っ!?」
ラウレスはすぐに起き上がり、一旦ユアンと距離をとる。
攻撃は確かに当たるはずだった...なのに...あの速度の攻撃を交わして反撃するか?
思った以上の化け物だな...
ラウレスの額に冷や汗がでる。
『私も一緒に戦った方がいいかしら?』
「いや、今神化をといたら真っ先に俺を殺しにかかる。無闇に神化を解くのはやめたほうが賢明だな」
『そうね...そうした方がいいかもね。それにしても...あのユアンって子。何か不思議な感じがするわ...』
「不思議って...何がだ?」
『まだわからないわ...感じるってだけよ』
そこでヘラとの連絡が途切れる。ユアンから不思議な感じがするとは言ってたけど俺が見ても何も感じねぇ...
何もしないで立っているユアンに向けて巨大な真空刃を放った。結界の大きさと同じぐらいの真空刃がユアン目掛けて飛んでいく。込められている魔力量からしても、結界を一撃で破壊する威力はある。
ユアンは鎌を一振りするとそれと同等以上の斬撃が現れ、真空刃と激突する。結界の中は砂埃が舞い外からでは状況がわからなかった。
「ユアン!!」
アイの叫ぶ声も多分ユアンには届かないだろう...だけどそれを知っていても叫ばずにはいられなかった。
「こ、これは一体何事だ!?」
賢者達の後ろから聞こえた声にみんな一斉に振り向く。振り向いた先には、陛下とクレア、それに護衛で騎士団長ガルムと宮廷魔導士長のサリファが陛下達の護衛についていた。
「今...ユアン君とラウレスがこの中で...」
レインの表情を察したのか、陛下達はそれ以上聞くことはなかった。
段々と結界の中の土煙が収まっていく。様子を見ると、どうやらさっきの攻撃はぶつかり合って相殺されたらしい。
「あの攻撃を相殺するか...ますます化け物だな...」
「・・・・・・」
「何も話さない...か。まぁいい、楽しいのは確かだけどな!!」
またしてもラウレスはユアンに襲いかかるが、今度は剣を持たずにユアンのところに向かっていく。ユアンは向かってくるラウレスに向けて鎌を振るが、その動きを利用されて、ラウレスはユアンの腕を掴み、背負い投げをする。
ユアンは背中から思いっきり地面に叩きつけられる。それを見てさらにラウレスは攻撃の手を緩めなかった。
魔法ではなく体術でユアンを圧倒する。ラウレスの動きにユアンは反応できないのか、反撃すらできずに攻撃を喰らう。
ユアンの体にもダメージはあるみたいで、ラウレスの攻撃で片膝をついた。元々の怪我の影響もあるだろうが、それ以上に今のラウレスの攻撃は効いているようだった。
「もうおしまいか?ガッカリだよ。もっともっと楽しめると思ったのに...」
流石のラウレスも肩で大きく息を吸っている。ユアンにダメージを与えるなら半端な魔力じゃ通じない。全力の魔力を与え続けない限り攻撃は通用しない。
「だ......ま...れ」
微かにだが、ユアンの口から雄叫び以外の声が聞こえた。
「ころ...して...やる......」
「なんだ...話せるじゃねぇかよ!!」
ラウレスの回し蹴りがユアンの首に直撃し真横に吹っ飛ぶ。
「これで知能のない獣から知能のある獣へと進化したわけか...」
ゆっくりとラウレスはこちらに向かってくる。ユアンもゆっくりと立ち上がり、ラウレスと向かい合う。
次の瞬間、目にも見えない速さで移動しながら殴り合いが始まる。賢者でも目で追えないほどの速度で戦いが繰り広げられている。
「どうなってんだよ...」
「何が起きてるのか...僕たちにはさっぱりだよ...」
バーンとアークも悲痛の声をあげる。
「このままだったら...ユアン勝てるかもしれないよね!」
「ああ...だけどこのままいけばの話だけどな...」
「どういうこと?」
「ユアンの魔力は段々と少なくなってきている。対してラウレスの魔力はそこまで下がっていない。おそらくさっき言っていた生贄の魔力を使って未だ補充しているんだと思う」
「じゃあ...もしそれが本当だったら...」
「確実にユアンが負ける...」
「そんな...」
二人がそんな会話をしたからだろうか。その終わりは突然やってきた。
空中でラウレスに攻撃しようとしたその時、ユアンの胸をラウレスの腕が貫いた。
「ガハッ!」
ユアンは勢いよく鮮血を吐き出した。
「楽しい戦いだったぜ...最高のプレゼントをありがとな...」
ユアンは意識の中、どんどんと水の中に沈んでいく。
ああ、ここで終わりか...ラウレスを倒すって息巻いてたけど...どうにもならなかったな。
視界がだんだんとぼやけていく。どうやら本当に死が近いようだ。ったく...死んだら神にでも文句を言ってやるか...
ゆっくりと目を閉じようとしていたその時、どこからか俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。気のせいかと思いつつ、耳を済ませてみると誰か...いや大勢の人が俺の名前を呼ぶ声がする。
ゆっくりと目を開けると、目の前にはラウレスがいて、そのラウレスの腕が俺の胸を貫通していた。周りを見渡すとアイやケント、それに賢者や街の人たちが俺の名前を呼んでいた。
「て、テメェ...」
「おっ、その声はようやく意識が戻ったのか?」
「ま、まあな...グフっ!」
「しかし、これでチェックメイトだ。もう時期お前の命は終わる」
「それは...どうかな...」
俺は魔法袋からある宝玉を取り出した。神達にもらった手のひらサイズの宝玉だ。
その宝玉を見て今まで余裕を見せていたラウレスの表情は一変する。
「その宝玉をどこで!?」
「神達からもらったんだよ...もしもの時はこれを使えってな...」
「なら、なぜそれを早くに使わなかった?これを使えば俺を封印することだってできたはずだろ?」
「封印なんかで使いたくなかったんだよ...」
ユアンは持っていた宝玉を握りつぶして粉々にした。
「馬鹿だな...それを使えば俺を少しの間封印できたものを...」
「だから...封印で使いたくなかったって言ってんだろ...」
宝玉を壊した瞬間、とてつもない魔力がユアンに宿る。
「こ、これは...!?」
「宝玉の中にある魔力を利用させてもらうんだよ...この魔力と神三人分の魔力があればお前を殺せるからな...」
「もしかして...」
「そう...そのもしかしてだよ!」
ユアンは自分の体を貫いているラウレスの腕を思いっきり掴む。
「はっ、離せ!」
「嫌だね...一緒に死んでもらうよ」
ユアンの体から真っ白な光が輝き出す。
白い光が出る直前、ユアンは私のいる方へと視線を送る。そして、にっこりと笑ったと同時に結界の中で大爆発が起きた。
「ユアン!!!!!」
アイの叫び声と同時にユアンの魔力がこの世から消えた。
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